第19話「優勝目指して」
表彰式が終わり、ピットで2人の帰りを待つ。
「シャンパンファイトならぬ炭酸ファイトもするのな」
「ゴウが優勝したらシューイが見れたのに」
「見てみたいけど優勝は譲りたくないな」
ゴウのシューイなんて周りはどんな反応をするのか楽しみだ。
詳しくない奴らはドン引きだろう。いや、詳しくても無理な奴は無理だな。
「シューイって何?」
その会話を聞いていたミヤビが聞いてくる。
「レースだとシャンパン、こっちだと炭酸ジュースではしゃぐだろ?」
「うん。そうだね」
「あれをブーツの中に入れて飲む」
「「うぇっ?」」
ミヤビとレンが声を重ねる。少なくとも良い反応じゃない。
「まさか新品のだよねぇー?」
「そ、そうですよね! 流石に履いた靴に淹れる訳ないですよね!」
「履いてるやつだぞ」「履いてるのに決まってるじゃない」
口を引き攣らせて固まる2人。心底嫌そうな顔をしている。
シューイはオーストラリアだと割と有名な儀式らしく、バイクよりF1の方がやっているイメージがある。
と言うかジャックミラー以外がやってるのを俺は知らない。バスティアニーニもやってたかな?
「やるのは構わないけど俺は誰かの奴を飲むのは無理だ」
「「「ケイちゃんのなら喜んで!!」」」
「シヅの前で良くもまあそんなことが言えるな」
「そうね。ゴウのシューイを無理矢理にでも流し込んでやろうかしら?」
シヅに突き刺さるような視線にGoodRideの部員たちがブルっと震える。
ん……? 喜んでるやつもいるな? 上級者しかいないのかここの部員たちは。
それを見ていると約1名、同じようなことを言いそうな顔が嫌でも思い浮かんでしまう。
ミヤビたちがドン引きしてたり、部員たちがシヅに怖がる中、その空気感をぶち壊す2人が帰ってきた。
「やったよシン君! 2位だよ2位!」
「最後に追い付けなくて悔しかったなぁ! ケイちゃんとヨネミツにもっと食らい付きたかったぜ!」
リュウとゴウの帰還で一気にピットが騒がしくなる。
リュウはパタパタと俺のところへ駆け寄ってきた。
「シン君のおかげだよ! 最後は逃げられちゃったけど」
「ま、十分だろ。ラストスパートは勝負仕掛けないと逃げられそうだったのか?」
「ううん、そう言う訳じゃなくて。なんか楽しくなっちゃった」
「何やってんだよ。後ろずっとべったりくっ付いて、仕掛けるのをラストラップまで待ってれば勝てたかもしれないんだぞ?」
「あ! そうだった!」
「でも良くやったよ。次からも上位目指すぞ!」
「うん!」
リュウは全ての筋肉が緩み切った朗らかな笑顔を見せる。
「いやぁやっぱりケイは良くやるよー。アタシが認めただけある」
「えっと、どう言う視点なの?」
「やりましたね先輩! いきなり2位は凄いですよ!」
レンがぱちぱちと手を鳴らせば、ゴウとシヅたちも続いてリュウに拍手を贈る。
拍手の海に囲まれ、リュウは顔を赤らめながら後頭部に右手を回す。
あの馬鹿に素人には無理だと言われ、ワイルドカードでも結果が出せなかったリュウにとって、この賛美はどれだけの嬉しさが溢れるのだろう。
それに俺も物凄い嬉しかった。
教えているライダーが良い結果を残すのはこんなにも嬉しいのか。ライダーをやっているだけじゃきっと味わえなかった。
——もっと速くしてやりたい。
そんな気持ちが胸の奥から溢れ出してくる。
そしてもう1つ、ある思いが——
「はっ! 残念だったなリュウザキ。やはり勝ったのはおれだったな」
なんか後ろから声が聞こえてきた。わざわざ出向くとか暇人か?
「本当にワクワクする走りを見せて貰ったわ。これからもゴウのライバルとして宜しくね」
「次こそオレが前に出てやるぞ! 競り合いは得意だ!」
「なら大逃げかましちゃおうよー。ねー、ケイ?」
「レイニーさんばりの独走見せちゃうからねー!」
「やってやれやってやれ。シュワンツタイプに勝つには逃げるのが1番だ」
「「「ケイちゃんファイト!」」」
「おい! お前らオレのチームだろう!?」
間抜けな輩の声は聞こえないフリ。
はしゃいでいたリュウとゴウ辺りは本当に気付いてないのだろう。
気付いているのはあれを無視したままで良いのか、と右往左往するレン。後は顔からして絶対分かった上でガン無視しているであろうミヤビとシヅ。
「おい!! シカトこいてんじゃねぇぞ!!」
遂に俺たちの騒ぎ以上の声で叫び、リュウとゴウがその方向へ体を向ける。
続けてミヤビとシヅが呆れと怒りを混ぜ合わせた様子で声の主を睨み付けた。
「馬鹿みたいに騒ぎやがって。このおれに負けた癖になぁ!」
やっと話を聞くであろう状況になり、ヨネミツが声高に宣言した。
何処までもリュウを下に、自分が上でないと気が済まないのかこいつは。
怒り心頭を余裕で超えそうな勢いのミヤビと、今にも暴力が出そうなシヅが動くより先に口を開く。
「うるさい奴だな。お前さぁ、レースのルール知ってんのか?」
「は? なんだお前」
「残り11戦。まだ開幕戦。最初の調子が良くても他のライダーにずるずる引き摺り落とされるライダーは一杯居る」
「何が言いたいんだ?」
「今年はリュウがチャンピオン獲んだよ。その玉座から蹴り落としてやるから覚悟しとけ」
俺の言葉を聞いたリュウが体の前で両拳を握る。随分と可愛いファイティングポーズである。
「後半から追い上げてチャンピオンになるライダーも居るわね」
「今年こそ、オレが勝つぞ」
俺たちやシヅとは逆にゴウは明るくライバル宣言。
そこまで好きじゃないと言っていたが、あの態度で接してくる奴にこの対応が出来るのは大人だなと思ってしまう。
泣き出してしまった前回と違い、自信を失わないリュウに面食らうヨネミツ。
2位まで上がってきたのに焦って心でも折りに来たのか?
だとしたら馬鹿だな。あの時の自信がないリュウとは違う。
ここに居るのはトレーニングと皆んなからの称賛で確固たる自信を身に付けたライダーだ。
「お前が何処まで目指してるのか知らねぇけどさ、お山の大将やってて虚しくないのか? このグランプリでイキリ散らかしててさ」
高校選手権を勝つことだけに尽力してるのならそれでも良い。だが、その先を見据えているのであれば通過点でしかない。
だって俺らの歳で既に世界選手権に参戦してるライダーは多くいるのだから。それにこのグランプリはまだまだ発展途上でレベルが高いとは言えない。
こんなプライドの高そうな奴が先を見てないとは思えなかった。
「高校選手権に留まってる劣等感の表れか?」
「うるさいうるさい! 黙れ! 劣等感もクソもあるか! とにかくお前らなんかに負けるものか! その自信叩き折ってやる!」
図星だったらしく、ヨネミツはみっともなく怒りを爆発させる。
自分から煽りに来た癖に何キレてんだこいつ。後、お前らなんかとか言ってるけどリュウは一応世界王者の弟子だぞ。
俺に指導の才があるかどうかは分からないが。
「私は折れないよ。次は絶対に勝ってみせる」
才があるかどうかはリュウが証明してくれる。
そうして面倒臭い奴を全力で追い返した後の2戦目。
ヨネミツがトップ、ゴウが2位でリュウは4位で、ギリギリ表彰台には届かなかった。
まぁ……そう言うこともあるか。仕方ない。
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