第18話「表彰台をその手に」
無事にQ1、Q2が終わり、全ライダーのグリッド位置が決まった。
リュウはなんとか5番グリッド。ポールポジションは憎いことにヨネミツだ。
「ゴウさん、大丈夫かな」
「ここまで来てライバルの心配かよ。ま、ただのマシントラブルだし、シヅがなんとかするだろ」
指定のグリッドにバイクを並べ、最終調整。
その状況でもリュウはゴウを心配していた。
「10番グリッドってどうなの? 結構厳しい?」
直接レースに関係しないミヤビが言った。
「別にそんなにキツい位置じゃない。ゴウだったら上位食い込めると思うぞ」
9台くらいだったらスタート次第で巻き返せる。スタートミスをしてもゴウの速さなら順位を上げるのは容易いだろう。
「そんなことより自分のことをって言いたいけど、別にちゃんとタイムも出てるから言うことないんだよな。ここまで来たらリラックスして走れとしか」
「てきとーな監督だなー」
「うるせーよ。後はレンが気になる箇所を言ってやってくれ」
「は、はい。あのリュウザキ先輩、ここのセクターなんですけど——」
レンはタブレットに映したサーキットのマップを指差しながらアドバイス。
そうそう、俺は監督で指導者なのだ。細かいところはレンに任せれば良い。
知識が全くなかったはずのレンはスポンジのように情報を取り入れ、リュウに限ればライディングのアドバイスまで出来るようになった。
「レンゲも様になってきたねー」
「お前も少しは様になれよ」
「ふっふっふ。アタシはお姫様だからね。こんな美人なら居るだけで役割を果たしてる。OVERDOSEのお姫様ってこと!」
「ヤク中プリンセスじゃん」
「誰がヤク中プリンセスだコラ」
そんな下らないやり取りをミヤビとしていると、前方から視線を感じた。
誰かと思えばヨネミツが恨めしそうな顔でこちらを見ていた。
「中指立てて良いやつ?」
「気持ちは分かるけど面倒なことになっても困る」
「そっか。あいつの吠え面見るのはケイが勝ってからだもんねー!」
わざと聞こえるような声量でミヤビが言えば、ヨネミツは顔を顰める。
横のミヤビは勝ち誇ったように笑みを浮かべていた。
「ミヤビって結構煽るの好きだよな。普段屈伸煽りとかしてんの?」
「普段は絶対やらない。あいつはうちのケイを泣かせたからねー。面白そうだしここで屈伸煽りして良い?」
「恥ずかしいからやめてくれ」
名案みたいな顔してんじゃねぇよ。
現実で屈伸煽りなんかしてたら頭の病院を紹介される。仲間内ならまだ良いが、いや良くない。
「先輩たち、そろそろ戻らないといけないようですよ?」
「ほら、馬鹿なこと考えてないで戻るぞ」
「えー! もっと煽る! 煽りたいー!」
「はいはい。煽るのは年間チャンピオン獲ってからな」
「煽るのは容認しちゃうんですね……」
ミヤビを引き摺ってピットに戻ると、既にシヅたちが戻っていた。
「マシンの方は大丈夫そうか?」
「バッチリね。あの程度なら余裕で直せるわよ。タイミングがタイミングだったからQ2はちょっと微妙な終わり方しちゃったけれど」
「でもツキマチ先輩は予選が微妙でも上位に来ることが多い気がします」
「前のレースを見てくれたの? そうね。ゴウはタイムアタックよりもドックファイトで真価を発揮するタイプだから別に悲観はしてないわ」
シヅは水で喉を潤しながらしれっと言ってみせた。
とは言え、ゴウが特段タイムアタックを苦手にしているようにも見えない。苦手と真価の幅がそこまで大きくないのだろう。
それなら益々これからの道が期待出来るが……。
頭に浮かぶのは将来性が1番高いと聞いて表情を曇らせたシヅ。
その訳を考えるリソースはモニターに映る赤色のシグナルでかき消された。
『さぁ一斉に——スタートぉおおお!!』
実況の声が響き、一気にマシンが飛び出す。
スタート直後は多数のマシンが入り乱れ、外から見てると訳が分からないくらいごちゃごちゃの状況。
大混戦から一歩前に抜け出したのはゼッケン5。北海道にあるチーム『Top Speed』のライダーだった。
幾つかのコーナーを越え、リュウが安定させた順位は。
「4番手! 4番手だよ! これ良いんじゃない!?」
俺の肩を叩いて騒ぐミヤビ。
リュウの順位は4番手。かなり良いスタートを切ってくれたが、直ぐ後ろの5番手にはヨネミツが居る。ゴウは7番手だ。
まだ序盤。長い周回の中でどうなるかはまだまだ分からない。
だが、チームの名に恥じない速さで2番手との距離を離していく。ホームコースなだけあって得意なのだろうか。
1周、2周、3周、と周回数が増える。
その中でゴウが順位を上げ、6番手。
リュウも綺麗なフォームで安定した走りを見せ、4周目のストレートで前2人をぶち抜き、2番手に浮上しながらコーナーを曲がる。
張り詰めた全身がさらにきゅっと締め付けられる。
「やった! 2番手……ってどうしちゃったのシン? そんな拳握っちゃって」
「いや、超緊張する。まだ開幕戦なのに!」
本戦で監督側に立ってしっかりとリュウの走りを見るのはこれが初だ。
自分が走っている時とは違う。どうにも出来ない緊張感。
うわ……俺が走ってる時とか、好きなライダーがチャンピオン争いしてる時の監督たちはこんな感覚と戦ってるのか。
そりゃクラッシュを起こしたら頭を抱えたくなる。
「それにしても差が縮まりませんね。あの5番の方は推薦組のようです」
「去年何位だったんだ?」
「9位です」
「ギリチョンか。それにしては速いな」
あれだけ速いのなら年間ランキングがもっと高くても良さそうだが。
「大丈夫。あれが前ならリュウザキさんがトップに出るわよ」
シヅの言葉の真意を聞こうとしたその時——モニターからノイズが響いた。
ゼッケン5のフロントが流れ、コーナー侵入前に転倒。スライディングをするようにライダーとバイクがコース外に流れ出る。
自ずとリュウが先頭に立つ。
「やった! 行け行けー!」
「よっし! ヨネミツの奴、これは予想外だろ!」
あのライダーは最初は良いけど安定感がないタイプか。転ばなくても後半はずるずる順位を落としていくのだろう。
「きっと今頃ヨネミツのピットではケイがトップ!? 僕のデータにないぞ! って言ってるに違いない! 予選突破なんてデータにないぞ!? グリッドがこんなに高いなんて僕のデータにないぞ!?」
「逆に何のデータがあるんだそいつ」
「高校生だし、秘蔵のえっちな動画百選とかじゃない?」
「何の為にデータキャラやってんだよ。しかも秘蔵多過ぎるだろ」
ネットにある漫画とかのおすすめ記事みたいになっている。もっと絞れ。
「勝手にピットクルー想像してるんじゃないわよ。これがレース離れてやりたかった青春なの?」
「割と楽しい」
あっちでは空気が張り詰めっぱなしだった。
ミヤビみたいなのが居ると良い感じに気が緩んでくれる。
『おーっと! ここでOVRDOSEがトップに躍り出たぞ!』
『未だ昨年チャンピオンは4番手ですね。面白くなってきましたよ』
『ここでRice Racingのピットに音声を繋いでみましょうか』
『OVERDOSEがあんな走りをするなんて……僕のデータにないぞ!?』
ピットの映像はともかく音声まで拾われるのか……下手なこと言えないな。
「本当に居ること……ある?」
ミヤビの勝手な妄想が現実だったことにドン引きしてるシヅ。
「創作物なら良いけど実際に言ってるの見るとなんか……うん」
「痛いヤツに見えるな……」
「皆さん! そんなの気にしてる場合ですか!? 後ろの順位が変わりますよ!」
レンが興奮したように声を張る。
1番手との順位は離れていたが、その後ろはほぼ団子状態だった。
半年前があんなだった奴に負けたくないとでも思っているのか、後続がアクセルを握る手に力を込める。
2番手になったホンダのマシンを駆るゼッケン92のチーム『Soul』が迫る。
しかし、コーナーでその後ろからゼッケン29『Infinity』がインに入り込み、順位が入れ替わる。
更に次のコーナーへのクロスラインでまたもや92番が順位を元に戻した。
「良し! もっとやれ!」
後ろで熾烈なバトルを繰り広げれば広げるほど前のリュウとの差も広がる。
「残り10周……ゴウ、気張りなさいよ」
「「「部長ー! 頑張れー!」」」
トップのリュウは変わらず、後ろには92、29、そしてヨネミツの1。
団子三兄弟たちが必死にリュウに追い付こうとする中、コーナーの最中に29番がバランスを崩し、転倒。
そして、盤面が動く。
長いメインストレートを利用し、スリップストリームでヨネミツが92番の横に食らい付き、1コーナーのブレーキングで前に出る。
「まだ距離はあるけど、9周か」
「まずいの?」
「あの差を縮めるには十分過ぎる」
「ゴウ! 行け!」
「「!」」
シヅの叫びでモニターを見る。
するとヨネミツに負けじとゴウが92番の前に出て、ストレートで横に並ばれるもコーナーで完璧に頭を押さえて3位浮上。
マシンに対して身を乗り出す独特なライディングフォームでコースを疾駆する。普通は肘と肩を落とすのだが、フォームの影響で路面から肩を逃すような形になっていた。
「前乗りで良くもまぁあんなに攻められるな」
「リスキーなのは間違いないわね。でも、あれがツキマチゴウなのよ」
「そりゃ最高だな!」
「でしょ?」
シヅが自慢げに鼻を鳴らした。
『残り周回数も数少なくなってきました! トップ争いはRice Racing、Good Ride、そしてまさかまさかの新星OVERDOSE!』
『Good Rideの月待選手も攻めのライディングに切り替えましたね。少々安定感の欠ける乗り方ではありますが、それをひっくり返すのがあのライダーなんですよね』
『ですね!』
実況席の方も、観客も、何処のピットも熱気が増し始めた。
「ああ!? 先輩!」
「まだまだ行ける!」
ヨネミツに抜かれたリュウは直ぐに次のコーナーで抜き返す。
「行けええええええ! ケイ! 負けるなぁああああ!」
「ゴウは離れちゃったわね。この際3位でも上々よ! リュウザキさん! 行け!」
残り5周を切ったがお互いに一歩も譲らない。
抜きつ抜かれつを何度も繰り返す激しいドッグファイト。観客の目はそのバトルに釘付けになっている。
「くっそ……」
「最初から飛ばしてたからタイヤの消耗でラインがズレてきてるわね」
シヅの言う通りだ。
リュウのリアタイヤが消耗し、コーナーでリアが流れることが増えた。転びはしないものの、前に出ても差を広げられない。
「頼む! 耐えろ!」
「「ケイちゃんも部長も頑張れー!」」
遂にラストラップ。突き放されそうになるリュウは必死にリアをスライドさせながら追って——追って——追い掛ける。
どうせ滑るのなら自分から滑らせた方が制御しやすいと言う判断だろう。
しかし、その頑張りも虚しく後半に行けばパッシングポイントも減り、最終コーナーを抜ける頃にはヨネミツが後続との距離を広げてゴール。
続いて、リュウ、ゴウと続いてゴールした。
「「「うおおおおお! 部長ー! ケイちゃん最高ぉおおおお!」」」
「良しっ! 開幕戦としたらかなり良い!」
「くううう! 折角なら勝って欲しかったなー!」
実況の声を掻き消すほどの大騒ぎ。
ミヤビは喜びと悔しさが入り混じっているようだ。
モニターでは速度を緩めたリュウとゴウがガッチリと右手同士を握り、お互いの結果を讃えていた。
「良いわね。前より楽しいわ。2位、初表彰台おめでとう」
「3位、おめでとさん」
俺とシヅも、拳をコツンと打ち合わせた。
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