第17話「開幕、高校選手権」
俺たちは2年に上がり、1個下の代に新入生が入ってきた。レンも無事に受験を突破し、晴れて正式なバイク部の部員に。
そして、4月を迎え、やってきたのは高校選手権初戦——北海道GP。
ここ、サイロルサーキットは北海道の広さを活かした大型サーキットでメインストレートの長さが最大の特徴だ。
初参戦で予選を突破し、なんとか漕ぎ着けた本戦。
そんなOVERDOSEの正式な船出の日。俺とリュウはシヅの前で正座していた。
「言い訳を聞こうかしら?」
腕を組んだシヅが俺たち……と言うか主に俺を見下ろして、問い詰める。
何故、シヅがお怒りなのかと言えば。
「まあまあ、どんな順位にしろ予選を突破したんだから良かったじゃないか」
「良くないわよ! あんなの見せられて気が気じゃなかったのよ!?」
ゴウが宥めてもシヅの勢いは止まらない。
シヅの言いたいことも気持ちも分かる。物凄い分かる。だって、その気分を最も濃く味わっていたのは他でもない俺なのだから。
3月に行われた全国予選で、俺たちは本戦出場ラインギリギリの14位で突破した。
そうなった原因は2月の地方予選にあった。
「まさかFPのタイムが全国予選のグリッドに直接影響するとは思わないじゃん」
地方予選では本来のレースと同じようにタイムアタックをし、そこからグリッドが決まってのレースだった。まだ勝手が分からなかったのもあり、FPは軽く流してからQ1、Q2と好タイムを記録した。
だが、全国予選のグリッドはその流してしまったFPのタイムで決まった為、まさかの最後尾グリッドスタート。
リュウなら余裕だろうと思ってたからこそ本当にハラハラした。
「胃に穴が開くかと思った……見てるだけってのは辛いな」
「要項をちゃんと読みなさいよ。そうしたら防げた事態だったでしょう」
「次からはしっかりやる。だから頼んだぞ! マネージャー!」
「レンちゃん宜しく!」
「あなたたちがよ! なんで説教されてるのか分かってるの?」
更に怒られてしまった。
離れた場所ではミヤビが呆れ、レンが苦笑いしながらこちらを眺めていた。
「だから要項読めって言ったのにー。シンはそう言うところ適当なんだから」
「リュウザキ先輩、割と流されやすいところありますよね」
「シンの信頼度がそれだけ高いんだろうねー? ねー?」
「なんだよ。その含みのある顔は」
ニヤニヤしながら近寄ってくるミヤビを押し退ける。
そろそろ練習走行が始まっても良いはずだが、一向にアナウンスが流れない。
「まだ始まらないのか?」
「開会式があるんだ。もしかしたらシンたちのチームも注目株になってるかもな」
「なってない。予選ギリギリだぞ」
「それでもワイルドカードであんな結果だったチームが数ヶ月で本戦出場となれば嫌でも注目は集まるさ。あの可愛さは他にない!」
リュウ本人はともかく、そんなところで注目されてもチームとしては嬉しくない。
「このレースが終われば注目度はトップに躍り出る」
「それは楽しみだな!」
『さぁさぁ! 今年も開幕となりました高校選手権!』
外のスピーカーから威勢の良い実況が響く。
無駄に豪華な演出だと思ったが、他のスポーツで言う本部の運営だと考えたらそこまで豪華でもないかもしれない。
それはそれとして競技の規模が桁違いではあるのだが。
『昨年に引き続きチャンピオンに輝くのはヨネミツ率いるRiceRacingか! 惜しくも逃してしまったGoodRideが奪うのか!』
「注目株になってるじゃん」
「ランキング2位なんだから当然だろう! オレの実力だ! ははは!」
「それと、シンは知らないだろうけど疾風高校って名門なのよ」
加えてシヅが解説してくれる。
栃木の高校だもんな。そりゃ名門に……ん?
「ミヤビ、予選で栃木の学校って見たか?」
「んー? 何校かは見たけど速くはなかったかな。地方予選で落ちてたよ」
「それならなんで疾風高校にライダーが集中してないんだ?」
「ゴウが入った時に3年間はオレ1人が走る宣言しちゃったからね。疾風高校の名前がないならわざわざ栃木じゃなくて良いって人は多いわよ」
「関東圏は強豪揃いでもあるからな!」
そう言うことだったのか。地方予選に限れば北海道とか抜けるの簡単だろうし、その判断は分かる。
と言っても北海道にどれくらいバイク部を抱えた学校があるのか知らないが。
ともあれ多数の県からくる俺たちよりは対策も立てやすいだろう。
『坂川さんは注目のチームはありますか?』
実況の声から聞き覚えのある苗字が聞こえた。
パッと顔を上げ、シヅを見ると小さく頷く。
「想像通りのサカガワ選手よ」
「すっごい! サカガワさんが解説なんだー!」
「Moto3で2回チャンピオン取ってる人でしたよね」
「へぇー、良く知ってるねー」
湧き上がるリュウに素早く解説をするレン。ミヤビが目を少しだけ大きくする。
「その……先輩に昔のレース一杯見せて貰ったので……」
ちょくちょく眠そうにしていた日があると思った。そう言うことだったのか。
『そうですね。僕は茨城からのOVERDOSEが面白いと思いますよ。他にないホンダ機ですからねぇ』
『去年のもてぎ戦でスポット参戦した新規チームですね。あの時はとても良いとは言えない順位でしたが?』
『だからこそ、ですよ。あの時から今までそこまで長い期間があった訳じゃないのにしっかりと予選を勝ち上がってきた。走りの上達は見事なものでしたよ』
実況席から思わぬ会話が聞こえてきた。
あの言い方だと予選のどれかを見ていたことになる。
ちらりとリュウを見れば。
「サカガワさんに褒められた……! やった! やったああああ!」
「良かったな! なんだかオレも嬉しくなってきたぞおおおお!」
何故かゴウと一緒に大騒ぎ。
「騒がしいな」
「うるっさいわね」
「ツキマチさんとケイが揃うとなんだかねー」
最早慣れたと言わんばかりに軽い口調のミヤビだった。
そんな実況解説の雑談がしばらく続いた後、フリー走行が始まった。
フリー走行はその名の通りフリーなので各々タイムは気にしつつもどうやって走るのが良いのか、セッティングの調整は大丈夫なのか、序盤はその辺りを重視して走っているようだった。
フリー走行が終わり、リュウとゴウは難なくQ2進出を決めて戻ってきた。
「お疲れさん」
「お疲れ様」
椅子にどかっと座り、ヘルメットを脱ぐゴウとリュウ。
ムワッと汗の気配が漂うゴウと、フワッとキラキラした汗のリュウが顔を見せる。
「ケイは清涼飲料水のCMが出来る。ツキマチさんはデリケア?」
「俺にゴウへの言葉遣いを注意していたとは思えない発言どうも」
「「夏は股間が痒ーくなるー」」
「一緒に歌ってんじゃないわよ。それと今は春よ」
「「じゃあ春は——」」
「歌い直さなくて良いわよ!」
シヅにコツンと頭を叩かれる。
このピット、シヅと言うしっかり者が居るおかげでミヤビの相手をしなくて良いのが物凄く助かる。
ただ、これ以上やるとぶん殴られそうなのでフリー走行の反省会をしよう。
キャスター付きの椅子に座り、リュウの横まで滑らせる。
「難しいところとかあったか?」
「最初はメインストレートのスピードから1コーナーが慣れなかったけど今は大丈夫! だけど……なんか変な感じ」
「変?」
リュウは噛みきれないイカでも食べているように口をもにゅもにゅさせる。
「なんかこう、もてぎとか走る時には走るラインが大まかに見えるの。でもこのサーキットはそのラインがいつもよりもやもや? ぼやぼやする」
「……うーん?」
走るラインが大まかに見えるとはどう言うことだろう。ラインの文字通り、線となってイメージが見えるのだろうか。
俯瞰視点でもないのにそう見えるのは相当マッピング能力が高いのだろう。
どうしよう。俺の感覚と違い過ぎてアドバイスが出来ない。困ったな。
レース経験のないレンに頼る訳にもいかず、ミヤビも同様当てにならない。
「ゴウさんのラインだって偶にぐちゃぐちゃだったのに追い付けなかった」
フリー走行でリュウはずっとゴウの後ろを走っていた。
そのゴウのラインがズレても追い付けなかった。
「あー、そう言うことか。なぁ、シヅ。このサーキットって幅結構広いか?」
「そうね。高校選手権で使われるコースではかなり広いと思うわよ。他の特徴としては珍しく左右の傾斜が付いてるコーナーが多いことかしら」
「なるほどな。それでか」
これは割とQ2は期待出来るサーキットかも知れない。
「今の話の通り、このサーキットは幅が広い。それだけライン取りの幅も広がる」
「だからもやもやしちゃってたんだ」
「だからコーナリングが完璧じゃなくても、ちょっとのミスはどうにかなっちゃったりする」
それがミスしたゴウに追い付けなかった理由だろう。
そして、リュウの速度がイマイチ伸び悩み、ゴウに届かなかった直接的な理由は別にある。
「後、走っててコースが斜めになってる箇所がなかったか?」
「あったあった! あれがどうかしたの?」
「あれがあるコーナーは速度上げながら曲がれ」
俺はリュウにコーナリングを教えた時、アクセルを開けながら曲がらず、しっかりバンクさせてから曲がれと言った。
あれはライン取りと安全を重視した走り方だ。
コーナーで速度が出せるように傾斜が付いているのなら前やってた走り方をさせても大丈夫だろう。
それを聞いたリュウは顎に人差し指を当て、何度か首を縦に振る。
「あそこと……あそこと……うん、分かった!」
「だからと言ってやり過ぎは禁止。コーナリングの速度が上がればそれだけ危険度は増すし、インに付けなきゃ抜かれる恐れもあるからな」
「状況を見つつ、だね!」
「Q1が始まったぞ」
ゴウの言葉で俺とリュウが揃ってモニターを見る。
さてどうなるかと思いきや、
「「はぁ……?」」
隣に居たシヅと怒りと呆れ混じりの声が重なった。
「ははは! やっぱりこうなったか!」
「え? 何これ? どゆこと? なんでシンとシヅキは怒ってんの?」
「さ、さぁ?」
ゴウが笑い、ミヤビとレンが戸惑っている。
「多分、予選のあの状況じゃないかな?」
「あの状況? って、うわ。何あれ?」
モニターに映るのは激しいタイムアタック——ではなく、何台ものマシンが連なり、後ろをチラチラ確認しながらノロノロと走っていた。
「アタシの中に何が大渋滞してるんだけど」
大渋滞してるのはバイクだろうが。
「あれはそうだねー。前にシン君が言ってたスリップストリームって覚えてる?」
「覚えてる」
「予選でそれを使う為に速い人の後ろに着こうとしてる……で伝わる?」
リュウは自分の説明に自信がないのか、逆にミヤビに訊ねる。
「あー、タイムを出す為だけの走りってことか。それで御二方は気に入らないと」
「オレもそんなに好きなやり方じゃないな」
「怪我明けでどうしてもってなら分かるけど……はーしょーもな」
あれをやられると本気でアタックしてる時に邪魔な時がある。
思い出しただけでも腹が立ってくるな……。
「結局は1人でタイムを出せるライダーが速いのにね」
「マルティンとか」
「そうそう」
「ゴウは追われる側だろうから特に言わないけど、リュウはタイミング上手く測って走れよ。下手すると事故るからな」
ポールポジションを取れたら最高ではあるが、そこまで求めなくても良い。
せめてフロントロー……欲張り過ぎか。6番グリッド以内だな。
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