第16話「交流」
シヅとピットに戻ったら、騒がしいことになっていた。
GoodRideの部員らしきメンバーが起き出し、ゴウの姿を見かけてなのか俺たちのピットに雪崩れ込んできた。
物の見事に男子ばかりで女子部員はシヅしか居ないようだ。
OVERDOSEとは真逆の男女比である。
そんな年頃の男子部員が群がる対象と言えば——ミヤビ、リュウ、レンの3人。高身長美人、天真爛漫、正統派年下、と文字通り三者三様の女子と会話をぽんぽん弾ませている。
それを3人で遠巻きに眺めていた中、シヅが言う。
「人気っぷりが凄いわね」
「おシヅだとあぁはならないな」
「ははっ、それな」
「「はっはっはははは!」」
「ぶん殴られたいのかしら……この男共は……」
と言いつつシヅは手を出してこなかった。出されても困るのだが。
「この場で1番の華はシンなんだがなぁ……」
「皆んながあの反応になるのはゴウが良く知ってるじゃない」
腕を組んで唸るゴウにシヅがそう返す。
「バイクのレースやってる癖に知識が止まってたり、全くない奴が多過ぎやしないか?」
「昔ほどハードルが高くなくなったのもあるかもしれないな。今じゃサーキットも増えてレースが簡単に出来る」
「将棋で言う観る将、指す将みたいなものが出来たのかもしれないわね。こっちの部員は指す将側。それもゴウと一緒にするレースが好きなだけ」
ワールドカップの日本代表戦だけ盛り上がるようなものだろうか。
ゴウのレースは必ず楽しむことを考えればワールドカップよりは頻度が多い。だが、11人は居るサッカーと違ってゴウしか見てないから他のライダーを知らない。
知っていても高校選手権上位メンバーくらいなのだろう。
……バイク興味ない奴らにそうまでさせるのか。どんな人望だよ。
「さて、会話が弾んでいるうちに……」
徐にゴウがカメラを取り出したと思ったら、そのままミヤビたちを撮り出した。
「始まった。ゴウのいつものやつ」
「盗撮が趣味なのか。ミヤビたちは大らかだけど流石に怒られるんじゃないか?」
「確かにね」
「確かにね……じゃねぇよ! 盗撮じゃない! 活動記録だ!」
全力で否定するゴウにシヅが流し目で言った。
「でもちょっとその趣味があったり?」
「ま、まあ……そう言う系のビデオは嫌いじゃ——」
「はい有罪。シヅ、股間蹴り上げで」
「おおいおいおうおい!? 待て待て待て!」
スッと立ち上がるシヅからゴウは慌てて距離を取る。
まさかシヅが本気で蹴るとは思わないが、冗談だったとしても怖いのは分かる。シヅに本気で蹴られたら不能確定だ。
「シンなら分かるだろう! やらせとは分かっていてもぐんぐん込み上げてくる背徳感が!」
「舵の取り方間違ってんだろ。盗撮趣味の説得力上げてどうすんだよ」
「小さい頃にエチエチの木なんて絵本を読んだら歪むだろう!?」
「そんな児童向けの本があってたまるか!」
名前からして確実に大人向けだ。
「PTA焚書コース間違いなしじゃない」
「作者はエゴン・シーレだろうなぁ」
「なら作者の目の前で燃やさないとな」
「誰よそれ」
意気投合する俺とゴウを見て、シヅが言った。
どうやらシーレを知らないらしい……と言うか俺もミヤビから借りた漫画に出てきたから知っているだけでそこまで詳しい訳じゃない。
寧ろゴウが素早く切り返してきたのが意外だった。
「昔の画家だ。なんやかんやあってドスケベな絵を燃やされたエピソードがある」
「へぇ、そんな画家が居たのね」
雑な説明だったが、シヅは満足そうに相槌を打つ。そこまで興味がないのだろう。
2人の間柄を見ると、それを知った上でゴウが雑な説明をしたのかもしれない。
そうして軽く撮影を終えたゴウはカメラを畳み、俺に体を向ける。
「なぁ、そっちのマシン乗せてくれないか? ホンダ機を使ってるチームは初めてなんだよ!」
「別に良いけど。ただ、転ばないでくれよ」
このタイミングなら予選に間に合うから最悪転んでも大丈夫だが。
「任せろ任せろ。もてぎの王に不覚はない!」
頼もしく胸を叩くゴウの姿。俺とシヅは目を見合わせた。
——そして何周かした後。
ピットに戻ってきたゴウがヘルメットを外す。汗まみれで幽霊でも見たような表情が出てくる。
「なんだあのマシン!? タイヤが滑り過ぎて死ぬかと思ったぞ!?」
「だから転ぶなって言ったじゃん」
「もてぎの王の名が泣かなくて良かったわね」
ゴウが目を丸くする。
「おシヅはあのマシンの特性を知ってたのか!?」
「リュウザキさんが乗っているのを見てたから。コーナー毎、速度によって加速時の手首の動きが良く見るライダーと違ってたからトラコンを切る……までは行かなくても弱めてるんだろうなとは思ってたわよ」
「メカニックは見るとこ見てるな。ま、急拵えだし、コースによって最適な制御を組み上げるより本人が直接制御出来た方が手っ取り早いと思ったんだ」
それと——
「「後は俺が電子制御好きじゃないから」」
まるで俺の思考を読み取ったかのように被せてきたシヅを見る。
してやったりと言った表情ではなく、さも分かって当然のような雰囲気のシヅに頭の中の疑問符が増えていく。
「何驚いてるのよ。昔のインタビューで全く同じこと言ってたじゃない」
「あれ? そうだっけ? あんまり覚えてねーや」
「電子制御があり過ぎると面白くないのは同意。私も嫌い。不具合でリタイア増えるのも馬鹿馬鹿しい」
俺もそう思う。トラクションコントロールは安全性上仕方ないとは思うけど、ライドハイトデバイスは要らない。
電子制御でタイムを上げようとして何になるんだろう。
「そんなに電子制御が好きならシミュレーションレースでもしてれば良いのに」
「技術の比重が軽くなるのはなんだかなー」
こんなにバイクに関して深い話をしたのは何時ぶりだろう。
俺の事情を知っている2人だからこそ気兼ねなく話せる。初めて会ったとは思えないほど親しみやすい。
ミヤビやリュウとはまた違った気安さだった。
俺とシヅが電子制御についてぶーぶー文句を言っていると、部員から解放されたリュウがこちらに移動してくる。
「ふー……喉乾いちゃった」
「おうケイちゃん! あんなバイクを乗りこなすなんて凄いな!」
「さっき乗ってましたね! どうでした!? 楽しいですよねあのバイク!」
喉が渇いたと言っていたのにリュウはゴウと同じ勢いで喋り出す。
楽しかったか、と聞かれたゴウは口を閉じたまま引き伸ばし、無言でリュウと見つめ合う。
「?」
「ん、ま、まあ……楽しいには楽しいが、オレがレースで乗りこなすにはまだまだ練度が足りない。リアのコントロールがシビア過ぎて滑る滑る」
「滑る……? 滑らせはしても勝手にはあんまり滑らないと思うんですけど」
「はっはっは! 面白いことを言うな! そんな訳……マジでか?」
ゴウは冗談だと笑い飛ばそうとしたが、リュウの反応で踏みとどまった。
「嘘じゃないですよぅ!」
ちょっと怒ったような口調でリュウが言った。
それでゴウの頭がパンクしたのか、俺とシヅの顔を交互に見る。
マシンの話で俺はともかくシヅを見たところで何になるのか。メカニックへの信頼が厚過ぎるだろうに。
「私も軽く乗ってみても?」
「良いけどヘルメットとかあるのか?」
「ここまでバイクで来てるからあるわよ」
「こらこらおシヅ。ツナギがないじゃないか」
「本気でなんか走らないわよ。軽くって言ったでしょ」
そう言ってシヅはヘルメットとグローブだけを着け、サーキットに飛び出した。
と、思ったら1周だけでピットに戻ってきた。
「どうだった? 全然滑らないでしょ!?」
自分の発言は嘘じゃない証明を求めてシヅに聞くリュウだが。
「滑るわよ」
「えぇ!?」
「普通に走る分には大丈夫でしょうけどレースと考えるならかなり。あれが滑らないって……どんなトレーニングさせてるの?」
リュウと喋っていたシヅの視線が俺に移る。
「ごく一般的なダートラトレーニングか……な」
「何よその間は。絶対一般的から逸脱してる人の間よね? ねぇ、リュウザキさんはダートをどうやって走ってるの?」
あっ、俺が言わないと踏んで質問をリュウに振りやがった。
「最近はそれで走れるようになったよ!」
リュウが指差したのは俺たちのバイク。丁度シヅが乗り終え、それより前にゴウが乗っていたレース専用にセッティングした特製マシン。
ゴウとシヅの首がゆっくりと俺の方に回る回る。
「「はぁ?」」
そんな反応をされても困る。だって試しにやらせたら出来ちゃったんだもん。
「言い訳をさせてくれ。最初はモタードでやらせたんだ。そしたら出来ちゃったからノリでCBRのニーゴーで練習させて、なんか上達して……今に至る!」
「これはキメてるな。チーム名の由来が分かったぞ!」
「シンもリュウザキさんも狂ってるわね」
「馬鹿言うな。元々狂ってるような奴がやる競技だぞ」
300キロも出る乗り物にその身ひとつでレースをするとか正気の沙汰じゃないだろう。速度は低くとも高校選手権だってさほど変わらないように思える。
自分たちで俺らを非難しておいて、「確かに」と頷く2人。
「今年の高校選手権は面白くなりそうだなぁ! 絶対に良い走りをしような! ケイちゃん!」
「もちろんです!」
その前に予選があるのだが、盛り上がってるところに水を差すのも悪いか。
ゴウのテンションに真っ向から張り合うリュウ。どっちも元気は有り余っているらしい。
俺とシヅが呆れ気味に眺めると、思い出したようにシヅが口を開く。
「あ、そうそう。提案があるのだけれど」
「ん?」
「もし本戦出場が決まったらピットを同じにしない?」
「MotoGPみたいにか? そんなことやって良いのか?」
世界戦だと同じチームに2人のライダーが居る。だから同じピット内に2人のライダーが同居していることになるのだが、こっちはチームに1人のライダーだ。
敵チーム同士でピット共有は許されるのだろうか。
尤も、世界戦も契約してるチームが同じなだけであってライバルであることに変わりはない。ピットの中に壁を作った2人も居たくらいである。
「大丈夫よ。そっちのメカニックも私がやるわ。今はまだ良いけどフル参戦になったらシンが苦労するでしょう?」
「そりゃありがたいけど」
「チームオーダーなんて考えてないし、仮にリュウザキさんが速かったとしてもセッティングをそのまま移行なんて出来ないわよ」
「まあ……そうか」
リュウとゴウでは乗り方が全然違う。ベースマシンだってドゥカティとカワサキだ。
セッティングを速い方と一緒にしたからと言って速くはならない。
実質メカニック不在の俺たちには喉から手が出るほど欲しい人材だった。
「それじゃあ、頼む」
「同じピットでレースが出来るなんて光栄だわ」
「勘弁してくれ。走るのは俺じゃないぞ」
「なんにせよ。予選、応援してるわ。頑張って」
「おおい! おシヅ! シン! こっちだこっち! 写真を撮るぞ!」
しんみりとした空気をぶち壊すのはゴウの声だ。
2台のバイクを言い感じに並べたゴウは部員に捕まっていたミヤビとレンを取り上げ、所定の位置に立たせる。
「部長、僕らは?」
「まずはこのメンバーでだ。集合写真はこの後。おシヅはここで、シンはここだ」
ハブられた部員を説得し、俺たちの位置を指定するので、素直に従う。
「さあ! 今年のレースも最高に良い走りをしよう!」
そんなゴウの掛け声に合わせてカメラマン役の部員がシャッターを押した。
これはなんとしてでも予選を勝ち上がらないとな。
2月の地方予選まできっと、もう直ぐだ。
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