第14話「もてぎの王」
ダートや筑波サーキットでのトレーニングを終え、冬休みに入った。
ある程度タイムも伸びてきて、2月と3月の予選を見据えた俺たちが休みを利用してやってきたのは栃木。
予選のコースにもなるツインリンクもてぎだ。
前日にピットの準備はしておいた。
「後は着替えて走るだけか」
「まさか学生練習用に貸切にしてくれる日があるなんてびっくりしちゃった」
隣でリュウがモニター越しにコースを見る。
まだ時間が早いのもあり、誰も走っていない。もう少しすれば高校選手権に出場するライダーがぼちぼち走り始めるだろう。
冬休みの期間を利用するのは何処も同じようだ。
「ここがもてぎ……ほぇ……」
「昨日からあんな調子だけど大丈夫か?」
「ホテルの高級感で脳天ぶち抜かれっぱなし。テンション上がるのは分かるけど上がり過ぎちゃったみたい」
「ユウキちゃんは?」
「飲みに行った」
「……帰る時に素面なら良いか」
数日はこっちに居るつもりだ。帰る時までは羽を伸ばして貰おう。
まだ出走まで時間がある。
俺たちは持ってきたポットであったかい珈琲を淹れる。
「今回はシンもツナギ持って来てるんだねー」
「ミヤビに任せられる内容じゃないからな」
「スリップストリームの感覚を掴む練習でしたよね?」
正気を取り戻したレンが会話に混ざる。
「練習する意味あるのー?」
「自分のアクセルワークとは別で加速すんだぞ。感覚掴んどかなきゃブレーキングが狂うだろ。これだからエアプは」
「あぁん? そんな感覚ぶっつけでなんとかすれば良いだけでしょうが」
「それが出来んのはお前だけなんだよ!」
「アジキ先輩でも流石に難しいと思うんですが……」
「そうなんだけどミヤビなら本当にやっちゃいそうでな」
そうやって3人で騒いでいたら。
「おうおう! まさかこんなタイミングで会えるなんて思わなかったぞ!」
ピットの出口——正面から体格の良い男が威勢良く入ってきた。
かなり短くした髪型はツンツンに立っていて、厳つさを感じるが、顔付きは明るい。
まるで昔からの知り合いのようにずかずか近寄ってくる男に、女子3人組は見事に固まった。
この反応からして誰の知り合いでもないらしい。
俺よりデカいな。怖がるのは当然か……ん? この顔はもしかして……。
俺が声を掛けるより先に、背後からスッと現れた人影にケツを蹴り飛ばされた。
「痛ってぇ!」
「順序ってものを知らないの? 幾らゴウが明るいからって見知らぬ巨体が迫ってきたら恐怖を覚えるわよ」
「勝手に突っ走って悪かったって……だからって蹴るのは洒落になってないぞ!」
黒髪でキリッとした目付き、右頬に傷があるクール女子に怒られ、ゴウと呼ばれた男はケツをさすりながら言い返す。
ゴウか。やっぱりそうだ。と言うか名前を聞いても気付かないリュウとミヤビもどうなんだ。
クール女子は喚くゴウを尻目に頭を下げる。
「突然ごめんなさい。私は
「
去年の高校選手権年間ランキング2位を取ったチームの2人だった。
———。
話を聞くと、2人は栃木県立疾風高校でレースをやっているらしく、今はまだ起きていないが、他の部員も居るとのことだ。
マシンのメーカーはカワサキ。
ライダーのイメージ通りのメーカーチョイスだ。
「俺はカワラギシン。監督をやってる。宜しくな、ゴウ」
「コラっ! 初対面の先輩になんて口を聞いてんの!」
お互いに自己紹介を終え、気さくにゴウと呼んだらミヤビに叩かれた。
「どっからどう見ても気にするような性格じゃないだろ」
いちいち呼び名を気にするようには見えない。
「だからってねぇ……」
「気にすんなってミヤビちゃん。1年早く生まれたからって偉いも何もあるもんか。寧ろこっちが敬意を払いたいくらいだ! なぁ、おシヅ? がっはっは!」
「普通で良い普通で」
このまま放っておいたらどんな扱いをされるのか分からない。
俺は名前通り豪快に笑うゴウに釘を刺しておく。
「どうしてカワラギ先輩の方が偉そうなんですか……」
「シン君は凄いなー」
「……」
レンとリュウの反応を見たシヅが俺を冷たい目で睨んでくる。
そんな顔したくもなるよな……俺のチームメンバーがこんな感じなんだから。
しかし、シヅはソレに関して追求せず、牛乳を混ぜた珈琲に口を付ける。
「カワラギさんたちはスリップストリームと予選の為の練習に来たと言ってたわね。それならゴウに付き合って貰ったらどう?」
「良いのか? 俺たち一応敵チームだぞ」
「良いさ良いさ! オレはOVERDOSEを応援しているからな! 何せ今年のチャンピオンになるライダーだ。なんとしてでも分析して勝ってやろうじゃないか!」
「あの時の聞こえてたのか……」
「ピット隣だったわよ。あいつとの問答もね」
そうだったのか。ゴウたちのチームは知っていたが、ピットまでは把握してなかった。あの日は負け確だったし。
「あいつ?」
リュウが誰のことかと考え込む。
シヅの言うあいつとは、ヨネミツのことだろう。
「案の定、嫌われてんのな」
「私は当然ゴウの応援をする。けどそれはそれとしてあいつの吠え面が見られるのなら誰が勝っても良い。その為なら併走相手くらいどうってことないわ」
「この場で言うのもなんだが、オレはここならヨネミツに負けたことがないもてぎの王。聞きたいことがあったら教えよう!」
「わあ……!」
今にも走りたそうにリュウが目を輝かせる。
「俺が出る幕はなさそうだな」
「なっ!? シンは走らないのか!?」
「リュウの練習なんだからそりゃそうだろ。練習相手が居るなら走らねーよ」
この流れでどうやったら俺が走る流れになるんだ。
スリップストリームをやるならゴウ1人居れば十分である。
そこからリュウとゴウは直ぐにツナギに着替え、プロテクターと準備を万端にして、コースへ繰り出す。
2人でもてぎを独占とは豪華な使い方だ。
ピット前を通れば突き抜けるようなカワサキの4発サウンドが響く。
「あっはー! ケイ楽しそー! モニターからのヘルメット越しでも分かる」
「まだ流しって感じですね」
「レン、真面目過ぎ。今日は気楽に見て、ゴウからリュウへのアドバイスを良く聞いておけ」
「あ痛っ!」
初日からいきなり堅苦しい分析を始めるレンの頭にチョップ。
食い入るようにモニターを眺めるミヤビたちを椅子に座って見ていたら、ポンと肩を叩かれた。
シヅだ。
「カワラギさん。話、良いかしら?」
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