第13話「トレーニング開始」
「うーん……最初のコーナーはなんとかなってきたけど次が駄目」
「左とはやっぱり感覚が違うんですね。それなら——」
早くも1コーナーを攻略したリュウザキは次の右コーナーで苦戦している。
何度も転んでは立ち上がり、仕切り直す度にレンが自分なりのアドバイスをして再挑戦を繰り返していた。
俺はその様子を椅子に座り、ミヤビと一緒に眺めている。超厚着で。
この季節に外練見学は地獄だな……。
「ねー、これって何の意味があるの?」
「見ての通りマシンコントロールを上げる為だ。ここで完璧に曲がれればオンロードの走りは確実に上達する。逆に聞くけどレーサーレプリカでここ走れるか?」
「いや……無理でしょ。真っ直ぐ走るのすら覚束なそうなんだけど」
一拍、間を置いてからミヤビが答える。
理想はあのレーシングマシンでこのコースを走ることだが、お釈迦にされても困るのでやらない。
「それと朝も言った通りアクセルワークの向上。タイヤを滑らせずに完璧に加速する練習も兼ねてる」
「そんなのトラコンがやってくれるんじゃないの?」
今のバイクには大抵トラクションコントロールが搭載されている。
タイヤの空転を防ぐ制御装置だが。
「だからこそ自分で操る意味があるんだよ」
「どゆこと?」
「速く走りたいのにパワーを必要以上に制御されたら困る」
「電子制御は信用ならないってこと?」
「そこまでは言わない。流石にマシンパワー的にも必要なクラスはあるし」
電子制御は安全装置みたいなものだ。
逆にエンジンパワーを落とさない為、どれだけ電子制御を効かせないように走るかなんてライダーも居ると聞いたことがある。
中には電子制御がなきゃ速く走れないって奴も居るし結局はライダー次第だろう。
「勝ちに行くなら電子制御に頼りまくるのかと思ってたのに」
「あいつらと同じやり方で勝負しても勝てねぇよ。俺が求めるのは速さだ。誰よりも速く走れば全部勝てる」
「なんて言う脳筋思考……でも分かるかも」
「分かるのか」
意外だった。
ミヤビなら馬鹿にしてくると思っていた。
「だってバトロワも爆破系もなんだかんだ全員キルすれば勝ちだもんね」
「そういや脳筋ゲーマーだったな……」
うん、全然意外じゃなかったわ。
ミヤビからすれば最速だけを目指せば勝てる理論は1番好きなやつかもしれない。
頭は良いはずなんだけどなぁ……どうしてそう言う思考になるんだ?
1周回って単純理論が良くなるんだろうか。他人の思考はさっぱり分からない。
「あだっ!?」
「先輩ー! 大丈夫ですかー!?」
耳にタコが出来るくらい聞き慣れた2人のやり取り。
「おーいリュウザキ。一旦バンクさせることとか速度とかは考えずに走れるスピードでコースを回ってみろ」
「うん? やってみるー!」
リュウザキは無理なアタックを止め、遅いスピードでコースを走る。
それでもリアブレーキが使えない影響で所々バランスを崩している。が、転びはしない。
本気のアタックをあれだけやってれば簡単だろう。
「今まで最初から完璧にやろうとしてたのに意外です」
「あのままやってたら転け癖が付きそうでな」
「うっ……本番で転ぶ訳にはいかないですよね……ワタシの管理不足でした」
レンが肩を大きく落とす。
「そんな落ち込むなよ。レンは上手く走る為に色々工夫してくれてるだろ? それで良いんだよ。監督としての役目は俺が受け持つからさ」
何もマネージャーに全ての責任と管理を任せはしない。
レンだってモータースポーツのことにそこまで詳しくないのだから間違えたりするのは当然だ。
間違いがあるなら知ってる奴が直してやれば良い。
「なんかバイクのことになるとシンが頼りに見えてくる」
「なんか言ったか?」
「Z1の調子悪いから後で診てー」
「分かったよ。リュウザキがある程度このトレーニング慣れてきたらな」
「やったー! お礼にあったかい飲み物淹れてくるねー」
両手を上げて喜ぶミヤビは椅子から立ち、ハスラーに乗って畑道を走っていく。
甲高いツーストの音が実に気持ち良い。
と言うかオフ車があったのなら先に言って欲しかった。
俺が持ってくる必要なかったじゃん。
「アジキ先輩、バイクが直るの凄い嬉しそうでしたね」
「違うぞ。あれは腹減ってたから自分が飲み食いするついでに家まで戻っただけだ」
「まさかー! だって朝あんなに食べてたじゃないです……か」
それはないだろうと言おうとしたレンが俺の顔を見て、勢いを失う。
「え、本気ですか?」
「大食いだけが個性ならまだマシだったよ」
「他にも何かあるんですか……」
「テツと割と気が合う」
「あぁ……」
レンからのミヤビを見る目が変わった……気がする。
トレーニングを始めてから昼を跨ぎ、夕方も跨ぎ、夜。
「ほいっ、うわわ! おお! おおおおおおお! やった! また出来た!」
ライトアップされたコースをリュウザキが騒がしく走っている。
フルフェイスを被ってると油断しがちだが、意外にもヘルメット内の声は外まで聞こえてくる。
別に俺たち以外誰も居ないから騒いでても良いけどさ。
「こんなに早く上手くなるものなんでしょうか?」
レンが驚いているような声色で呟く。
最初こそ転んでばかりだったリュウザキは時折転ぶものの、ほぼ完璧に走れるようになった。
たった1日で。
「まさか。普通は無理だよ。途中から気持ちが追い付かなくなる」
難易度が高くて転んでも転んでも一向に上達しない。
オンロードの練習をしないでこんなことをやってて良いのか、なんて疑いまで出てきたりする。
元々1日でマスターする練習じゃないのは確かだった。
だが、リュウザキはやってみせた。
「リュウザキは転んでも転んでも直ぐにもう1回! ってやるから単純に回数が多い。後はセンスとレンの分析、アドバイスのおかげだ」
「なんだか褒められると照れますね」
「1番大きいのはこの環境だろうな……年中貸切のダートコースなんて何処探してもねぇよ……」
ちゃんとしたチームでもまさか1人だけを走らせはしないだろう。
「要因を挙げたらキリがないけど」
楽しそうに走るリュウザキを見る。
ぼちぼち休憩は差し込んだが、それでも最低限以下。休めと言っても走りたいと言って聞かず、延々と走り続けた。
あのスタミナと楽しむ心は唯一無二だろう。
出来るようになるまで転んでばっかでちっとも面白くない練習なのに。
「それじゃ、そろそろ夕飯の支度しよっか」
「ワタシ、手伝います」
「俺、手伝いません」
「手伝えないの間違いでしょ。出来たら携帯で呼ぶからケイを見ててあげなさいよ」
「じゃあ監督命令でハスラー置いてってくれ」
「はいはーい。じゃあ歩きで戻ろっか」
嫌がると思った頼みをミヤビはあっさり受け入れ、レンと家に戻る。
さて、今日のトレーニングはもう終わりにしよう。
「おーい。リュウザキ戻ってこーい」
「凄いよ! 私、出来ちゃった! コツ掴んだ!」
「分かったから一旦バイクから降りろ」
リュウザキをバイクから降ろし、リアブレーキの上にくっ付けた棒を外す。
「外しちゃって良かったの?」
それを見ていたリュウザキが不思議そうに顔を覗き込んでくる。
「こっからは全力で遊ぶぞ」
「へ?」
俺はハスラーのキックを蹴り、エンジンを掛ける。
何度かアクセルを捻ってやれば、元気の良い返事が返ってきた。
良くもまぁ、こんな骨董品が元気な状態で残ってるもんだ。
「ここからはリアブレーキもありだ。俺と追い掛けっこよーいスタート」
ハスラーに跨り、スタンドを払ってロケットスタート。
「あ! ズルい!」
後ろからリュウザキの声が聞こえ、間もなくアクセルを開ける音が聞こえてきた。
滑る路面にタイヤを噛ませ、時にリアを滑らせながらコースを走る。
久しぶりにダートを走ったけどやっぱり楽しい。この自分で滑らせたり、噛ませたりする感覚と勝手に滑って暴れるマシンを制御するのが面白過ぎる。
サーフィンもこんな感じだったりするのだろうか。
「待てー!」
「やってみようかなーサーフィン」
「何の話してるの!?」
「うわ、もう追い付いてきやがった」
不意を突いたと思ったのに。
リアブレーキを解禁しただけでこんなに走りがスムーズになるのか……走りは見えないけど。
「絶対に抜かす!」
「そうはさせるか! 抜かされたら土で目が死ぬ!」
「ヘルメット被ったら良いんじゃないかな!?」
こちとら高速乗る時以外はノーヘルだ。わざわざ家まで戻れるか。
俺はリュウザキと問答を繰り広げながらインベタでコースを回る。
ケツを振れば小回りが効いてくれるので、滑らせる前提ならオフロードの方が曲がり易い。
リア禁止でやらせていたリュウザキは追い付けまい……と思っていたのだが。
後ろのエンジン音が遠ざからない。
少しでもインを空けたら絶対に来るだろう。
背中に刃物を突き立てられているような圧だ。
「あっ、まずっ!?」
そのプレッシャーに負けてか——ライン取りがズレた。
「貰った!」
「行かせるか!」
前に出たリュウザキを直ぐに追い掛ける。
次のコーナで抜かす、と思った矢先——
「あれっ?」
前方のリュウザキがストンと落ちた。
「馬鹿お前っ!?」
コーナーの侵入でずっこけたリュウザキを轢かないように慌ててハンドルを切る。
刹那——フワッと浮いた感覚。
接地感が消えた。
乗り上げるのは避けたが、俺も転び、リュウザキの近くに体を投げ出す。
痛てて……厚着してて良かった。
「シン君、ダート速くてアドバイスも出来るなんて本当に凄い」
ヘルメットを脱いだリュウザキが力強く言う。
「あ? あぁ……トレーニングはまあネットとか見れば出てくるし、アドバイスしてたのレンだし」
「そうだ。それ!」
「どれだよ」
ダートの上、仰向けで夜空を見上げながら指示語を指示語で返す。
「私のことはずーっと苗字呼びなのに会ったばっかのレンちゃんはあだ名!」
「苗字呼びしてたらテツと被るだろ。兄妹で呼び方を一緒にしただけだぞ」
「名前の上から2文字……あ、そっか! じゃなくて、私もそろそろ苗字じゃなくて名前かあだ名で呼んで欲しいの」
「そんなこと言われても慣れちゃったしな」
ミヤビを名前で呼んでるのも入学式の時に苗字は厳ついから名前が良いって言われたからそうしているだけだ。
初手が苗字だったリュウザキはそれで慣れてしまった。
下の名前はミヤビが呼んでるし、どうせならあだ名でも考えようか。
……そうだな。
「リュウってのはどうだ? あんまり変わってない気がすっけど」
「良い! そのあだ名初めましてだよ!」
気に入ってくれたらしい。
リュウのことだから余程ぶっ飛んでない限りは喜んだだろう。
「それにしても星が綺麗だな」
「うん。茨城で見る星空が一番綺麗。三重以外の夜空を知らないけど」
「田舎ってのもあるかもな……うー、寒ぃ。もちょっと走らね?」
「その声を待っていたぁ! 走ろ走ろ!」
満天の星空を堪能し、呼び名も決まった俺とリュウは冷えた体を暖める為、再びバイクを起こし、走り出す。
難しいことを考えないでひたすら走るその時間は楽しくて。
来るであろうミヤビの着信に、何時になったら気付けるだろう。
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