第12話「ダートコース」


 週末、俺たちバイク部はミヤビの家に集まった。


 「初めまして。深作蓮華フカサクレンゲです。今日はよろしくお願いします」


 俺たちが自己紹介を終え、最後にテツの妹——レンゲが丁寧に頭を下げる。

 レンゲは黒い髪をポニーテールに結んでいて、ザ・中学生と言った見た目。

 そして、一際目立つのはその身長だ。物凄く小さい。豆腐ちゃんより小さい。

 

 「シラハより小さい……身長幾つ?」

 「143です」

 「テツの妹だとは思えないくらいしっかりしてるな」

 「良く言われます。兄は結構ぶっ飛んでますから」


 妹にすら擁護されないのか……家でもあんな感じなんだろうな。

 

 「順調に行けば入学出来ると思うので、宜しくお願いします」

 「あぁ。バイクレースに興味がある奴は大歓迎だ」


 出来ることならメカニックが欲しいけど高校生で出来る奴はそう居ない。

 何処のチームもメーカーや近場のバイク屋から協力を得ていた。

 

 「今日からダートトレーニングと聞きました」

 「ミヤビ、案内頼む」

 

 学校終わりでもう大分暗くなっている。

 軽く下見程度で終わらせよう……と思っていたのだが。


 「じゃじゃーん! ここがダートコース!」


 目の前に広がる光景に驚き、押してきたWR250Rから手が離れる。

 

 「シン君!? バイク倒れちゃったよ!?」


 隣でリュウザキがバイクを起こしているが、そんなことはどうでも良い。

 ミヤビに連れられ、畑を通って辿り着いたのは凸凹が少なく、きっちりと整備された小さなダートコース。しかも、ちゃんとしたサーキットっぽくなっている。

 これならコース通りに走るだけで右も左もコーナリングが出来る。

 その上、夜でも走れるように野球場のようなライトも置かれている。

 

 「なんでこんな場所が……」

 「なんかねーお父さんが昔ライダーになりたくて作ったんだって。お父さんのお父さんだから……アタシのお祖父ちゃんにはライダーになることもダートコースを作るのも大反対されたらしいんだけどねー」

 「結局、押しに押して作っちまったのか」


 それにしても、だと思う。大事な畑を削ってまで。

 

 「お祖母ちゃんがなんとか説得したらしいよ」

 

 選りに選って祖父さん側を説得したのか。


 「凄いですね。これが広い畑の有効活用術」

 「今はともかく当時はもっとガッツリ農業してただろ」

 「あ、そうですね」

 「そりゃお祖父ちゃんも大反対するよねー。結局ライダーになれなくて諦めたし」

 

 ミヤビがあっけらかんと言う。

 口振りからして父親は既に振り切っているのだろう。今も引き摺ってたら逆に怖いけど。

 

 「ともかく! こんな最高な場所があるならトレーニング開始だ!」


 本当は明日から始める予定だったが、これなら夜中でも出来る。

 今日はトレーニングの説明も兼ねて試運転と行こう。


 「私はどうすれば良い!?」

 「取り敢えずリュウザキは着替えてこい」

 「あそこの倉庫で着替えられるよー。レンゲも行ってあげて。アタシはここでシンを見張っておくから」

 「誰が覗くか」


 人聞きの悪いことを抜かすミヤビを小突く。

 

 「こっちもこっちでやることがあるんだ。ミヤビ、リアボックスの中から工具と金属の棒みたいなやつ出してくれ」

 「これで良いの?」

 「さんきゅー」


 ミヤビから受け取った工具で位置を低く下げたリアブレーキの上に別のステップをパパッと取り付ける。

 

 「えっ」

 

 横でミヤビで濁音混じりの声を出す。 

 その後に問い詰めたいような勢いだったが、丁度リュウザキとレンが戻ってきた。

 そこで俺が説明するより先にミヤビがリュウザキに話し掛ける。


 「大変だよシンの奴ケイを殺すつもりだよ。リアブレーキ使えなくしたんだけど」

 「そんなつもりはねーよ!」

 「そうだよミヤビちゃん! シン君は監督だよ!? そんなことする訳ない……よね?」

 「言い切れ馬鹿野郎」

 「痛い痛い痛い! ほっぺがちぎれちゃうー!」


 ちょっとした悪戯ならともかく殺すつもりかどうかの流れで疑わないで欲しい。

 そうして俺がリュウザキの両頬を引っ張っていると。


 「リアブレーキ……もしかしてマシンコントロールを上げる為でしょうか?」


 レンが呟いた。


 「おっ、正解。勉強済みか?」

 「ちょこっとだけ」

 「お前ら少しはレンを見習え。ダートの走りが上手くなってもあんまり意味ないんだよ。それと足出すの禁止な」

 「「……?」」


 リアブレーキでは大騒ぎしてた2人がなんとも言えない表情を作る。

 やったことがないとイメージ湧きにくいか。


 「取り敢えずやってみるか」

 「頑張れー」

 「うん!」


 意気揚々とバイクに跨ろうとするケイだが。


 「シン君……これだとスタンド払えない」

  

 足付きの悪さにみっともない格好で固まった。

 持ってくる前から懸念してたことだけど……やっぱりこうなった。

 身長の低いリュウザキにWRはシート高が高過ぎたようだ。


 「もっとマシなバイクなかったの?」

 「ハスラーみたいな昔っぽいトレールバイクがあれば良かったんだけどな……」


 スタンドを払ったバイクを2人で支えながら話す。

 残念ながらオフ車はこれしか持ってない。しかもこれだって街乗り用じゃなく完全トレーニング専用にイジってあるやつだ。

 

 「次からスタンド払ってから乗らないとな。どうだ? ケツずらせばなんとかなりそうか?」

 「発進停止は出来そう。えっと、足出し禁止だよね?」

 

 どうせリアブレーキは踏めないようになっている。リュウザキはそれだけ確認してからいざスタート。

 走り出しさえすれば足付きの悪さは関係ない。

 バイクに慣れる為、低速で軽くコースを回ったリュウザキが速度を上げる。

 フロントブレーキの効果で前のタイヤが沈み込む。

 足を出さないように意識を配りながらリュウザキがハンドルを曲げれば。


 「あうっ!?」


 進入で盛大にずっこけた。

 

 「先輩!?」

 「大丈夫ー?」

 「転んじゃったよー!」


 あんな転び方をしたのにリュウザキは笑っている。

 最初は怖いもんだと思うんだが……あの恐れ知らずっぷりは才能だな。

 その後も何度かリュウザキは挑戦したが、コーナリングを成功させることは1度もなく、泥と戯れあって終わった。

 明日はコツくらい掴んでくれると助かるな。




 翌日、ミヤビに叩き起こされて畳が敷き詰められた客間へ。

 夜にミヤビから勧められた漫画を読み漁っていた所為で眠い。しかも起こされる時間が8時とか勘弁してくれよ……休日だぞ。

 

 「トレーニングは昼頃から始めようと思ってたのに」

 「早起きは大事だってお祖母ちゃんに言われてるんだよねー」

 

 お祖母ちゃんっ子め。夜更かしはする癖に変なところで真面目だ。

 俺が使っていた部屋は2階だったので、ミヤビと一緒に階段を降り、客間の戸を開ける。

 

 「おはようございます。カワラギ先輩」

 「おっはよー!」

 「おはよー……?」


 俺は既に起きて待っていた2人に挨拶を返す。が、なんだかリュウザキがほかほかしている気がする。

 

 「リュウザキぃ……お前勝手に走ったな?」

 「あれ? 駄目だった?」

 

 座布団に座りながら問い詰めたらリュウザキの目が泳いだ。

 

 「1人で走って怪我されたら困る。ダートコースまで距離があるし、こんな田舎じゃ叫んでも誰も来てくれないぞ」

 「大丈夫だよ。レンちゃんも一緒だったもん」

 「レンが?」

 「すみません。昨日は薄暗くてあまり見えなかったので……ちゃんとした練習が始まる前に軽く見ておきたかったんです」

 

 どうやら誘ったのはレンの方だったらしい。

 昨日の夜じゃ分かりにくかったから改めて見たかったのか……勉強熱心だな。

 俺が怒っていると思っているのかレンはおずおずと見つめてくる。


 「いや、それなら良い。少しでも分析したいことがあったんだろ?」

 「はい。なるべく早く皆さんの力になりたいと思って」

 「それに軽くだし、30分くらいだったんでしょ?」


 朝飯を並べるミヤビが聞く。


 「そのつもりだったんですが……」

 「悔しくて1時間くらいやっちゃった!」

 「マネージャーの言うことをちゃんと聞けよ!」

 「ご、ごめん! 次から! 次から気を付けるからー!」


 ちゃんと見張っておかないと勝手にやらかして怪我するな。

 そんなこんなでリュウザキへの説教が終わり、俺たちは朝飯に箸を伸ばす。

 ご飯に味噌汁、漬物……と絵に描いたようなあっさりめな和食。朝には丁度良いし、何より味が良い。

 

 「このぬか漬けすっげぇ美味い」

 「お祖母ちゃん特製の漬物美味しいでしょー? アタシも大好きなんだよねー」

 

 これなら余裕で米がおかわり出来る。

 と、はしゃぐ俺たちと違い、リュウザキとレンは渋い顔。


 「ワタシ……ちょっと苦手かも知れません」

 「私も……」

 「ま、ぬか漬けは好き嫌い分かれるからね。しょうがないしょうがない。2人はこっちの浅漬け食べてみて。きっと美味しいと思うから」

 「ん、美味しいです」

 「美味しい! これもミヤビちゃんのおばあちゃんが漬けたの?」

 

 浅漬けは気に入ったようでリュウザキが凄い勢いで口に運んでいく。

 

 「浅漬けはアタシ。うまく出来た自信作」

 

 自分で作った浅漬けを褒められ、ミヤビは嬉しそうだ。

 

 「そうだシン君、あのトレーニングのコツとかないの?」

 「慣れるしかない。とにかく回数をこなす。あるとすれば……アクセルワークか?」

 「アクセルワーク?」

 「オンよりタイヤが滑りやすいだろ? フルスロットルでぶん回すんじゃなくて良い感じに調節してタイヤを噛ませるんだ」

 

 速度を上げるならスロットルを回せば良いと思うのが普通だが、それでタイヤが滑れば加速は遅くなるし、バランスも崩れ易くなる。

 だからタイヤと路面のグリップを自分で調節するのが重要になってくるのだ。

 リュウザキは話を聞いて何度も頭を上下させる。


 「ちょっと試してみよっと」

 「まずは転けずに曲がるところからだけどな」

 「いつまでも喋ってないで早く食べてよー。洗い物終わらなかったら練習時間減るけど良いのー?」

 「いや、俺たちもうお茶飲んでんだけど。白米何杯目だよ」

 「あれっ?」


 指摘され、ミヤビは右手に持ったしゃもじをやっと置いた。

 左手の茶碗には漫画のようにご飯が盛られていた。

 さっさと食べろよ。横でレンがドン引きしてるぞ。

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