第11話「まさかまさか」


 もてぎでのレースが終わった。

 これで今年、俺たちが出られる公式戦はない。

 俺は昼飯を食べながらトレーニングメニューを考えようと部室にやってきた。

 

 「増えたなぁ……バイク」


 部室にはレース用マシン2台とリュウザキに譲ったスーフォア、ミヤビのZ1、俺のモンスター797が置いてある。

 学校の敷地内なのに学校っぽくないこの部室の雰囲気は良い。

 バイク見ながら昼飯食べられるなんて最高だ。

 そんなことを考えていると部室の扉が開いた。


 「おっ、ここか。てっきり屋上かと思ったぜ」

 「こんな寒い季節に屋上でゆっくりなんかしてられるか」


 やってきたのはテツだった。

 口振りからして屋上を見てからこっちに来たらしい。


 「わざわざ確認しに行くなよ。バレたら怒られるぞ」

 「お前とミヤビちゃんだけには言われたくないぞ」

 「俺たちはユウキちゃんに許可貰ってるからな。まあ、ユウキちゃんが鍵開けっぱなしにしとくのも問題だと思うけど」

 

 ちなみに叔母さんからの許可は貰ってない。


 「それは置いといて。ケイちゃん、変わったと思わねぇ?」

 「あー、そうだな。なんか積極的になったと言うか」

 

 元々良好だったクラスメイトと更に深くまで関わり始めた感じだ。

 

 「オレにもスキンシップ増えたしほんと幸せだぜ……体育の時とか見たか? あのジャージのTシャツ姿! めっちゃでかいって感じじゃないけど、制服だと分からない確かな膨らみが……」

 「その目の付け所を言葉にするな。顰蹙買うぞ」

 「いや、ケイちゃんは上手く流してくれる」

 「本人に言うなよ……」


 褒めたら何でもかんでも喜ぶリュウザキのことだ。スタイルを褒められても同じような反応をするのだろう。

 だからと言って胸の話を直接するのはどうかと思う。

 

 「シンには性欲ってもんがないのか? 男なら当然の思考だろう!」

 「だったとしても直接言う馬鹿が居るか」

 「そっか……シンは尻派だもんな」

 

 そうだけど……前にテツには言ったけど。


 「なんか楽しそうな話が聞こえてくるぞー。アタシも混ぜて混ぜて」

 「うわ、面倒臭いのが面倒臭いタイミングで来た」

 

 しかも豆腐ちゃんも一緒で。

 ミヤビ、下ネタ嫌いな奴居ても容赦ないんだよな。

 

 「じゃあミヤビちゃんは男の好みでこれがあったら良いなとかある? やっぱり大きさ? いやー! 困っちゃうなそりゃ!」


 1人で何を騒いでるんだろうこいつは。

 俺の横でもとんでもない目をした豆腐ちゃんがテツを睨んでいる。

 

 「甘いねフカサク君。アタシくらいになるとテクニックの方が重要になってくるんだよねー」

 「くー! そっちかー!」

 「1人でする時くらい気持ち良くしてくれるのが理想」

 

 こいつもこいつで何を言ってるんだろう。

 お次は豆腐ちゃんが呆れた顔を右手で覆い隠した。

 ミヤビとテツが揃ってエロい話を始めるとそこまで行くか? ってとこまで行っちゃうんだよな……まあ、ある意味男女の壁がないと言えばないけど。

 テツはミヤビと話すのを慣れない方が良かったかも知れない。

 

 「ねぇねぇフカサク君。結婚した芸能人のインタビューで何人くらい子どもが欲しいですか? って質問えっちじゃない?」 

 「めっちゃ分かる」

 「真面目なインタビュー記事でそんな妄想働かせてんじゃねぇよ!」


 失礼過ぎるぞこいつら。

 

 「そう言えばミヤビはリュウザキと一緒じゃないのか?」

 「ケイなら教室で勉強してる。ほら、テスト結構ギリギリだからさー」

 「あぁ……叔母さんが無理やり編入させたからか。ここ、地味に偏差値高いんだよな。なんでテツが居るのか不思議なくらい」

 「おおい! オレは勉強出来るわ!」

 「出来るんだ……意外」

 「シラハちゃん!?」


 残念だったな。テツの周りから見た評価はそんなもんだ。

 勉強出来て、サッカー部のエースで、モテるのに……なんだか残念感が拭えないのが不思議である。

 ショックを受けているテツだが、何かを思い出したように顔を上げた。


 「そうだ。来年にオレの妹が入学してくる予定なんだけどよ。なんかバイク部に入りたいらしいんだ」

 「もう決めてるのか?」

 「単願でな。オレの話を聞いてたら興味が出てきたみたいで。サポートをしたいってよ」

 「他の部で言うマネージャーってことかな?」


 マネージャー志望か……確かに申請とかは叔母さんがやってくれるにしても監督の俺がやる仕事が多い気はしてた。

 ミヤビは居るだけで何もしないしな。

 そうなるとマネージャーは助かる。あれこれ教えて何かあった時、俺が居なくてもチームが回るように出来るかも知れない。

 

 「そしたら今のうちに部活動に参加させるか」

 「もう参加させるのか!?」

 「だって俺らが使うの学校じゃないし。サーキットに誰呼んでも俺の勝手だろ」


 前はマツモトさんを呼んだ。

 それにスポーツ推薦が決まっている生徒が入学前から部活に参加するのはそこまで珍しいことじゃないだろう。

 ……テツの妹は推薦じゃないけど。


 「次のトレーニングは一緒に見て貰うとするか。後で連絡先な」

 「可愛い妹の連絡先を男にかぁ……どうするかなぁ……」

 「だったらミヤビかリュウザキにでも渡せよ面倒くさい」


 流石にテツを挟んでやり取りをするのは勘弁して欲しい。


 「次のトレーニングって? ここ最近筋トレとかしかやらせてないよね?」

 「そろそろバイクに乗らせないとなとは思いつつ……」

 「思いつつ?」

 「場所がないんだよ。いや、あるにはあるんだけど多分邪魔になるし遠い」


 それを聞いたミヤビが不思議そうに目を覗き込んでくる。


 「場所? 筑波じゃないの?」

 「オンロードじゃなくてオフロードでトレーニングするんだよ。勿論、まともに走らせるはずもなく」

 「それで邪魔になっちゃうって訳かー」


 オフ車は俺のを使うにしても毎回毎回学校終わりにオフロードコースに行って帰ってを繰り返していたらリュウザキの体力が死ぬ。

 勝たせるなら多少の無理も、とは考えたが、怪我をされるのは困る。

 リュウザキならどんなトレーニングを課してもウキウキでやるだろう。

 しかし、気持ちと体は別だ。

 

 「それにやりたいのはダートトラックだから凸凹してても困る」


 あくまでやるのはオンロード用の練習。ジャンプ用の山は要らない。そこまで複雑なコースじゃなくても良い。

 ただぐるぐる回るだけでも十分だ。

 だからこそ、そんな都合の良いコースは少ない。

 

 「オフロード使うんだな」

 「トレーニングにも色々あるんだよ。妹に勉強するよう言っとけ」

 「そんなことよりオレは皆んなのお風呂トレーニングが見たい!」

 「部室から出てけこの色ボケ野郎!」


 テツの座っている椅子を軽く蹴る。

 こっちは真面目な話をしてんだぞ。

 

 「ダートで、凸凹がなくて、学校から遠くもなくて、自由に使っても邪魔にならないコース……」


 そんなやり取りをしている中、ミヤビが俺の言った条件を繰り返して口にする。

 

 「そんな都合の良い場所があるはず——」

 「あれっ!? ちょっと待って!」

 

 突然ミヤビが俺の言葉を遮ったかと思えば、勢い良く椅子から立ち上がった。

 なんだ? ミヤビまでテツみたいにふざけたことでも言うのか?

 と、思ったのだが、ミヤビは携帯を取り出して部室から出て行く。

 

 「これは期待して良いやつか?」

 「さぁ……ミヤビは自由気ままが服着て歩いてるような感じだから斜め上の答えが飛び出すかも」

 

 間もなく、ミヤビが戻ってくると嬉しそうに言った。


 「ダートコース、うちにあったー」

 「……斜め上だわ」


 まさかそんな台詞が飛び出すとは思っていなかった。

 週末はミヤビの家で合宿だな。テツの妹とも顔合わせをしよう。

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