第10話「龍崎景」


 私には完璧じゃないけど嘘が分かる。

 だからと言って相手の考え全てが分かる訳じゃないけれど、表情や声色で本心じゃないことくらいはなんとなく分かる。分かっちゃう。

 最初は分からなかった。

 でも小学生の頃、誰とでも仲良くする私への悪口を言っている現場を見ちゃった。

 その日からだ。


 「ケイちゃんって良い人だよねー」


 これは嘘であり本当になった。

 この子の好きな男の子と仲良くしていた時は嘘で、関わる回数を減らしたら嘘じゃなくなった。

 そうして私はクラスメイトと深くまで関わるのを減らし、お父さんのバイク友達と関わることが多くなった。

 おじさんたちはバイクに興味を持つ私にとても良くしてくれて、レースにも出してくれるようになって、何より居心地が良かった。

 昔のレースをこれでもかと言うほど見て、色んな話をした。

 段々と私の中にあるライダーになりたい気持ちは大きくなった。

 でもある日、お父さんたちに聞いてみたら。


 「景ちゃんがプロのライダー? おおう! なれるさ!」

 

 その言葉を聞いた瞬間、心臓がエンジントラブルを起こしそうになった。

 嘘だった。

 他の皆んなも同じで、肯定してくれたお父さんは嘘じゃなかったけど自信がなさそうだったのが今も脳に焼き付いている。

 それでも諦めずに高校で部活に入ったと思ったら。


 「素人が乗るシートなんかない。さっさと失せろ」


 ヨネミツ君にそう言われた。これは嘘でもなんでもなかった。

 もう私じゃどうにも出来なくて。

 そんな時、お父さんがとある人を見つけた。

 カワラギ学園長。ここから離れた茨城の私立高校を取り仕切ってる偉い人。

 

 「レースで速くなりたいの? ならウチに来ない?」


 私はその願ってもみない誘いに乗った。


 ——そして。


 今日、初めて高校選手権の舞台に立てた。

 嬉しかった。

 嬉しかった……はずなのに。


 「身の程知らずを自覚したか? それがお前の実力だ」


 それだけ言い残して去っていくヨネミツ君。

 悲しい。

 涙がボロボロ溢れてくる。私の体は何処か故障しちゃったのかな。

 結果は20位。3人転んだから完走組で最下位から2番目。

 全く歯が立たなかった。どれだけ頑張ってアクセルを捻っても、上手くコーナリングをしても、抜かされるばかりで距離は縮まらなかった。

 ミヤビちゃんなら何か言葉を掛けてくれると思っても。


 「っ……」


 目を逸らされちゃった。

 でも変に慰められるより良いかも知れない。

 もう諦めちゃおうかな。


 「ねぇ、シン君」

 

 もうどっちでも良かった。

 お前はレースを辞めた方がいいと言われても、勝てると言われても。

 諦められる分、バッサリ切り捨ててくれた方が良いかも?


 「私じゃ……やっぱり、勝てないのかな……」


 本当は言いたくないから上手く言葉が繋げなかった。

 キャブが詰まっちゃったみたい。苦手なことを電子制御出来たらどれだけ楽かな。

 ずっと黙り込んでいたシン君はやっと口を開けてくれた。


 「リュウザキはこれからどうしたい?」

 「あ……え?」

 

 質問を質問で返されて思考が止まる。


 「この高校選手権でチャンピオン取れればそれで十分か? それとも将来、プロのライダーになりたいか?」

 「私は……」


 考えるよりも先に口が動いた。


 「——プロのライダーになりたい」


 さっきのキャブ詰まりから、自分でも驚くくらいすんなり口が動いた。


 「分かった。俺が来年、必ず高校選手権のチャンピオンを取らせてやる」


 シン君は気難しい顔から優しく微笑んで、力強く宣言する。

 それは紛れもなく本心だった。

 嘘じゃ、なかった。

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