第8話「飯屋にて」


 筑波サーキットで試走と言う名のトレーニングが終わった。

 俺はバイクで来ていたのだが、帰るのが面倒臭くなり、ミヤビが皆んなで飯に行こうと言うのでユウキちゃんのトラックにバイクを乗せて相乗りだ。 

 高校の最寄り駅近くで馬鹿でかいトラックを停めて貰い、降りる。

 

 「さんきゅー、ユウキちゃん」

 「おうよ。真のバイクは学校のガレージで良いのか?」

 「それで良いや。じゃあまた、こんなところにずっと停まってても邪魔だろ」

 「気を付けて帰れよー」

 

 それだけ言い残してユウキちゃんがトラックを走らせる。

 

 「ありがとうございましたー」

 

 遠ざかっていく荷台にリュウザキが頭を下げる。

 何処までも丁寧だ。ミヤビなんか適当に手をひらひら振っているだけなのに。

 そしてミヤビはもう良いだろう、と手を止め、元気に叫ぶ。

 

 「さてさて、ではケイの勝利を祝って打ち上げと行きましょー!」

 「やったー!」

 「それでここか。初めて入るなこの店」


 元々バイク通学で駅の近くに来ないとは言え、全く知らない中華料理屋だ。

 食べるの大好きなミヤビがお勧めするくらいの店ならテツか誰かの口から聞いててもおかしくないのだが……妖屋……『あやかしや』って読むのかこれ?

 正直入りたいと思うような店名じゃない。

 そもそも中華料理やかも怪しい。それっぽいのは看板や店の色が赤と言うだけだ。

 

 「アタシお気に入りの店だ。安心しなさいな」

 

 疑念が顔に出ていたらしく、ミヤビが俺に向けて言った。

 ミヤビを信じていない訳じゃないけど……稀にいたずら心を見せてくるからなあ。

 だが。

 

 「リュウザキの祝賀会が目的なら大丈夫か」

 「それじゃ入りましょっかー」


 ミヤビを先頭に店内に足を踏み入れる。

 外装の派手さと裏腹に内装の壁は白を基調としていて、落ち着いた雰囲気。テーブルが赤いのを除けば定食屋っぽい。

 入り口に付けられた呼び鈴がカランカランと音を立て、ミヤビがそれに続く。

 

 「こんにちはーっ!」

 「おっ、ミヤビか。いらっしゃい。ダチも一緒とは珍しいな」


 ミヤビの声で厨房の奥から黒髪黒目の店主と思しき人が顔を出す。

 

 「他の客も居ないし何処でも座ってくれ。おーいお前ら、ミヤビが来たぞ……つーか客が来てんだぞさっさと店頭立てよ!」


 客の前でも構わず怒鳴る店主の声を聞きながら四人席に腰掛けた。

 ミヤビが慣れた手つきでメニュー表を開き、テーブルに置く。

 メニューを眺めていると正面に座るリュウザキがうきうきで話し掛けてくる。

 

 「なんか良いよね。このちょっと隠れ家感あるお店」

 「分かる。店主の客に配慮しない感じも逆に良い」

 

 客が居るのに店員に怒鳴り散らすなんて滅多にない。

 しかし、それすら良さだと思えてしまう。

 それに怒鳴ってはいるが、店主から嫌な感じが全くない。怒声もほんのり戯けた様子に聞こえる。

 

 「お前らなぁ! ぶっ飛ばすぞ!」


 ……いやこれ本気だな。戯けてないな。

 ミヤビは厨房の奥での騒ぎを気にせず、メニューをペラペラと捲っている。常連様は慣れっこらしい。


 「おすすめとかないのか?」

 「中華料理店だからラーメンでも麻婆でも全部美味しい。全メニュー制覇はしてないけど味は大丈夫! アタシが保証する!」

 「私は定食にしよっかな。回鍋肉に青椒肉絲……それとも定番の餃子? どれもこれも美味しそうだよぉ……」

 

 中華料理特有の品物の多さにリュウザキが楽しそうに頭を抱える。

 日本人がやってる中華料理屋だからなのかラーメンのバリエーションが多い。馴染みのあるラーメンばかりで助かる。

 本場の人がやってる店だとやはり味とかがあっち寄りだったりするんだよな。

 その点、この店はラーメン屋寄りかもしれない。サイドメニューが濃過ぎてラーメンなしでもどうにかなりそうだけど。

 

 「二人共決まったー? もうお腹ペッコペコだから早く頼んじゃいたい!」

 「私は大丈夫だよ。シン君は?」

 「ん、俺も決まった」

 「クロトさーん! 注文ー!」

 「カウンター席じゃないのに俺を呼ぶなよ。おーい、シズリ。注文取ってきてくれ。ミサキたちも調理の準備しとけ。相手はミヤビと元気な学生だぞ」

 

 相手と来たか。ミヤビが慣れているように店長もミヤビの胃袋のことはよぉく知っているようだ。

 すると店の奥から真っ白な髪に真っ白な肌、淡く水色がかった着物を着た店員らしき女性がこちらへ向かってくる。

 あれがさっきシズリと呼ばれていた人か?

 やけに人間離れしているように見える。


 「注文は?」

 「ケイからどうぞー」

 「えっと、私はこの青椒肉絲定食でお願いします」

 「青椒肉絲定食が一つね」


 店員にしては感情が希薄で冷たい。

 

 「味噌チャーシュー麺大盛と炒飯……後は餃子で」

 「うぇっ?」

 「味噌チャー、炒飯、餃子……」

 「アタシは坦々麺と唐揚げとエビチリと麻婆豆腐定食の大盛りでー!」

 「うぇえっ!?」

 「麻婆は辛くないやつで良いのかい?」


 ミヤビの注文を聞き、口を大きく開けて固まるリュウザキ。

 店員は済ました顔で辛さを聞き返し、ミヤビが頷いた。

 普段からお菓子をポリポリ齧ってるのもそうだけどミヤビは健啖家だ。俺も食べる方だが、それ以上を行く。

 そうして俺がリュウザキの反応を笑っていると——


 「妾は広東麺が良いのぉ」


 俺の隣に突然金髪の女が現れ、店員にそう声を掛けた。

 

 「うお!?」

 「えっ!? 誰!? と言うか何処から!?」


 四人席で俺の向かい側にリュウザキとミヤビが座ってるから隣には誰も居なかったはずで、座ったとしても気付く。気付かないはずがない。

 正面ではミヤビがクスクスと笑っている。

 店員も特に驚かず、寧ろゴミを見るような目付きで金髪女を見下している。

 

 「店長、食堂に虫が入り込んでいるが」

 「タマモか……もうそろそろクビだなぁ」

 「店長ぅ! 虫で妾と断定するのはやめてくれんかのぅ!」

 「だったら少しは虫と判断されないように働け。俺より先にシズリに追い出されるぞ」

 「注文は取り終えた。ほら、行くぞ」

 「分かった! 分かったから無理矢理引き摺らんでくれぇ……雪女のぉ!」


 店員が金髪女の襟首を掴んで力任せに連行する。


 「賑やかな店だな……妖屋って名前はそう言うことだったのか。雪女なんて見るのは初めてだぞ。あっちは妖狐か」

 

 それならあの登場の仕方にも説明が付く。が、となるとさっき店主が言ってたの言葉が物凄く気になる。

 そのままの意味で捉えればミサキと言う一人が居て、その他大勢だろう。

 だが、ここの従業員が妖怪だと考えると七人ミサキの可能性がある。そんな危ない奴らを雇って大丈夫なんだろうか。


 「ここ、お酒が解禁されるの夜だから昼間はそんなに人居ないんだよね。居たとしてもアタシたちみたいな学生は入ってこないから静かだし」

 「従業員たちの方が騒がしそうだもんな」

 「それはもう慣れちゃったから気にならない」

 「待って待って。シン君受け入れるの早過ぎない? 妖怪だよ?」

 「ここ日本だぞ。居るだろ」


 人前に出てこないだけで居るだろうとは思っていた。

 もしかすると人間社会に完全に溶け込んでいる妖怪も居るんじゃないか? 雪女のあの容姿なら余裕だと思える。妖狐も耳と尻尾はそのままだったが、鳥羽上皇の歴史を見る限り、隠そうと思えば隠せるのだろう。

 リュウザキは驚きと感心が混じったような息を吐き、店内をぐるりと見回す。

 厨房からは腹が鳴りそうな音が聞こえてくる。


 「店長さんも妖怪なの?」

 「クロトさんは普通に人だよー。なんか昔からあれ系に好かれちゃう体質らしい」

 「へぇー、流石茨城だね」

 「流石は茨城だよな」

 「おいこら。二人共茨城をなんだと思ってるんだ。素晴らしいとこなんだぞー!」

 「俺は嫌いじゃないぞ。ただ、移動手段がないと不便過ぎる」

 

 ある程度はバイクで回ったが……やはり田舎。だだっ広い癖に何もないのだ。

 水戸ならマシ程度かな。つくばも栄えてたけど、なんだかんだバイクか車が欲しくなる感じだった。

 

 「それにはアタシも同意」

 「ミヤビちゃんの家すっごい遠いもんね……」


 一度、あの距離を歩いたリュウザキが乾いた笑いで応じる。

 

 「あーあ、アタシもバイクの免許取ろっかなー」

 「えっ! 取ろう取ろう! 一緒に乗ろ! バイクはないけど!」

 「うん、最後の一言で一緒に乗れるかどうか怪しくなっちゃったねー。でもアタシも公道走れるバイクないんだよねー……そうだ!」


 ミヤビが俺を見た。

 嫌な予感がする。


 「ねぇねぇシンさぁ、アタシが一発試験で大型取ったらバイク欲しいなっ! ケイのも一緒に」

 「とんでもねぇのを集ってきやがったな……」

 「Z1とZ2持ってたよね。Z2で良いからさー」

 「馬鹿言うな。Z2はイジり倒してあるんだぞ。譲るならZ1だ」

 「言ったなー! 絶対貰う!」

 「あんな骨董品より絶対新し目のバイク乗った方が良いと思うけどなぁ……」


 俺は偶然叔母さんの知り合いから譲り受けて乗ってるけど……自分で買おうとは思わない。

 それにZ2こそイジったのもあり、愛着があるがZ1は放ったらかし状態。

 俺が普段使いしてるのはスーフォアかメグロK3かオフ車で、偶にZ2を走らせているくらいだ。

 どうせメインで乗る予定もないのでZ1が欲しいと言うのならくれてやる。バイクとしても乗ってくれる人が持っていた方が良いだろう。


 「リュウザキは?」

 「いやいやいや! バイクなんて貰えないよ! それなら実家から運ぶよ!」

 

 リュウザキは両手を前に突き出し、ワイパーのように振る。

 俺はゆっくりミヤビに視線を移す。

 

 「これが普通の反応だ。ミヤビも見習え」

 「でもさ、貰えるんだよ? ケイも貰っちゃおうよ。ね?」

 

 懲りずにミヤビはリュウザキの耳元で囁く。

 こいつ……その見た目と甘い声で囁くとか男なら即落ち……いや、下手したら同棲相手でも落とせる。とんだ悪女が居たもんだ。


 「月夜はやめとけよ」

 「いきなり何の話? 狼男?」

 「坊や、それを言うならせめて悪女のワードでも出してあげたらどうだい?」

 

 そこへ雪女さんがワゴンに乗せた料理を運んできた。

 

 「雪女さんは分かるんすね」

 「長いこと生きているものでな。古い歌が好きかい?」

 「親の影響ですけど」

 「坊やは良い感性を持っているようだね。嫌いじゃないよ」


 雪女さんは料理をテーブルに並べながら冷たい表情を溶かし、微笑む。

 無表情が目立つ印象だったけどちゃんと笑うんだな。顔が良いからテツあたりは平常心を失いそうだ。

 でもなんかドキッとするよりは安心する優しい笑顔だった。あれが年上の余裕か。

 それはそうと、


 「存分にゆっくりしていきなさい」


 並べられた料理がどれもこれも美味そうだ。

 俺たちは三人で顔を見合わせる。もう食べたくて食べたくて仕方がない。


 「話の続きは食べながらするとして……まずはケイの勝利を祝って——いただきまーす!」

 「「いただきます!」」


 まずはレンゲで味噌ラーメンのスープを一口。

 美味い! 中華料理屋のラーメンなのに濃くて甘めなスープの中にピリッと辛さも感じる。

 これはラーメン屋と比較しても余裕で通じる美味しさだ。

 

 「うっま……!」

 「美味しい……! 味が凄い丁度良い!」

 「でしょでしょー? ラーメンは本気で定食系は安定感極めてる感じなんだよね」

 

 店の良さを説明するミヤビは坦々麺と麻婆豆腐を同時に食べ進め、合間にエビチリと唐揚げを挟んでいる。

 

 「ミヤビちゃんすっごぉい……良くそんなに食べられるね」

 「三大欲求はしっかり満たしていかないと! エビチリと唐揚げはケイとシンも食べて良いよー」

 「唐揚げもーらい」

 「私はエビチリを……はぁ、美味しい……」


 エビチリを食べ、とても満足そうに頬を手で押さえるリュウザキ。

 唐揚げも唐揚げで中々パンチの効いた味だ。うん……確かにミヤビは良くこれだけ食べられるな。俺は量は行けても油で死ぬ。

 

 「話は戻るけどリュウザキはバイクどうする? 俺が持ってるやつで良けりゃ遠慮しなくて大丈夫だぞ」

 「遠慮するよ……それにミヤビちゃんが一発試験で受かったらの話なんだよね?」 

 「ミヤビは受かるぞ。期末のテストを忘れたのか?」

 「あっ……」


 夏休み前最後の定期テストでミヤビは学年トップだった。

 授業中ずっと寝てて真面目に受けてなかったミヤビが、だ。本人曰く、電車の中で教科書を読んできただけらしい。

 そんな天才肌のミヤビなら学科は通る。間違いなく。

 実技もなんだかんだ受かっちゃうんだろうなぁ……今日もサーキットを走り切ってたし。

 

 「リュウザキは中免しか持ってないんだったか。スーフォアでも良いか? あんまり中型持ってないんだよ」

 「……本当に良いの?」

 「ま、馬鹿みたいに持ってても乗れなきゃ意味ないし。大事に乗ってくれよ?」

 「うん! ありがとう!」


 ミヤビが免許を取るのが何時かも分からないのに決定事項になってしまった。

 これから始まるバイク生活の話でミヤビとリュウザキが盛り上がっている。

 その様子を眺めながら味噌ラーメンのスープを味噌汁代わりに炒飯を口に運ぶ。麺は全て食べ切ったから残りはゆっくり食べられる。

 そして、話を膨らませつつ、三人で食べ進めているとスマホの着信がなった。叔母さんからだ。

 と言うことは……。

 ミヤビとリュウザキが俺を見る。


 「あ、もしもし——二人共一緒に居るよ——分かった。伝えとく」

 「アタシたちにも関係ある話? なになにー?」

 「どっちかと言うとリュウザキがメインの話」

 

 俺たち全員に関係がある時点で部活のことなのは察しているだろう。

 

 「朗報だぞ。十一月のレースに俺たちのスポット参戦が決まった」

 「やったー!」

 「よーし! 今日みたいな勢いで勝っちゃおう!」


 リュウザキは両手を上げて盛大に喜んだ。

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