第7話「つまらない」


 「ふああああああ! 楽しかったあああああ!」

 

 ヘルメットを脱いだリュウザキが汗だくのまま喜びを口に出す。

 

 「はしゃいでないで水飲んでよ。ぶっ倒れるよー?」

 「ありがとうミヤビちゃん!」


 今にも踊り出しそうな勢いのリュウザキにミヤビがスポドリを差し出す。

 笑顔で受け取ったリュウザキはこれまた凄い勢いでグビグビ流し込み——咽せた。

 そんなに乾いてるならさっさとゆっくり飲めば良いのに。

 ミヤビも苦笑いでリュウザキを見ている。


 「ぷはっ……死ぬかと思った。そろそろ十二時だし着替えないとだね」

 「リュウザキはそのままで良い。少し休んどけ」

 「へ? だって貸し切りは十二時までじゃ……」

 「別に他のライダーが居たって良いだろう?」


 何せレースは複数人で走るものなのだから。

 すると俺たちのピットに眼鏡をした長身の男性が入って来た。時間は正午に差し掛かっている。

 

 「瓦木君は居るかい?」

 「居ますよ。久しぶりです」

 

 寧ろ俺以外女子しか居ない。

 俺は直ぐに椅子から立ち上がって、眼鏡のマツモトさんに駆け寄る。

 松本さんは俺の背後でゆっくりしている二人を覗き込む。

 

 「ほうほう……まさか瓦木君がこんなことをしているとは。役得だね」

 「そんなんじゃないっすよ。一人はおまけみたいなもんですし、創部したばっかりだし」

 

 そもそもバイクの知識ある奴が全く居ない。

 

 「そう言うことにしておこうか。それで、今日走ってくれるのはあのツナギの子かな?」

 「はい! 初めまして。リュウザキケイです!」

 「これは元気な子だね」

 

 俺の後ろから飛び出してきたリュウザキの挨拶にマツモトさんは愉快に笑う。

 

 「アタシはアジキミヤビでーす。初めましてー」

 

 対してミヤビはペットボトル片手に後方で間延びした挨拶。

 あいつ本当にマイペースだな。もう少しまともな挨拶くらい出来ないんだろうか。

 

 「……」

 「マツモトさん? どうかしました?」

 「あ、いや、なんでもない。自己紹介が遅れたね。僕は松本肇マツモトハジメ。ライディングスクールをやってるんだ」

 「ライディングスクール!!」

 

 リュウザキが言葉の響きに揺られて食い付いた。一気にマツモトさんに詰め寄ったと思えば勢い良く俺の方へ首を回す。

 

 「じゃあ私に走りを教えてくれるってこと!?」

 「興奮してるところ悪いんだけど……そうじゃないよ。でも興奮した女子高生は中々良いね」

 「うわ……ちょっとシン。なんて犯罪者予備軍を招待してんの」

 「もうあそこまで口にしたら予備軍じゃないだろ」

 

 別に距離が近くもないミヤビが更にマツモトさんから遠ざかる。

 せめて頭の中に留めておけば良いのに。

 興奮した女子高生が良いなんて誰がどう聞いたって弁明出来ない。録音されてたら終わる。


 「こらこら、二人ともまるで僕を犯罪者みたいに」

 「こんな人がスクール運営してて大丈夫なの?」

 「一応明るみには出てないみたいだな」

 「まるでやってるかのような言い方は止めてくれないかな」

 「まるでやってないかのような言い方ですね」

 

 手は出してません、とでも言うつもりか? さっきのでも十分セクハラだろう。

 相手がリュウザキじゃなかったら許されてないぞ……いや、ちょっとリュウザキも引いてるな。何時の間にかミヤビの隣まで移動してる。

 このまま話していてもマツモトさんの化けの皮がベリベリ剥がれて骨まで出てきてしまいそうだ。

 

 「それで? シンはマツモトさんを何で呼んだの? アタシたちを見せびらかす為じゃないんでしょ?」

 

 良いタイミングでミヤビが話題の舵取りをしてくれた。

 

 「まあ。流石にお前らを視姦する目的はない……はず」

 「言い淀まないでくれないかな……ともかく、さっきも言った通り僕はライディングスクールをやっているんだ。それで今日はそのスクール生たちをここで走らせる」

 「それじゃあ……!」

 

 ドン引きしていたリュウザキの表情が戻り、俺に近付いてくる。

 

 「スクール生と一緒に走って良いの!?」

 「ずっと一人でタイムアタックするより本番に近いだろ?」


 一人でタイムを出せるのに越したことはないが、レースは他のライダーが居る。抜かすこともあれば後ろからすっ飛ばしてくるライダーも居る。 

 それらに対して上手く動けなければ速くはなれず、何より事故る。

 両手を上げて大袈裟に喜ぶリュウザキ。

 しかし、何故かマツモトさんは不思議そうな顔でミヤビを見ていた。


 「僕はてっきり雅ちゃんも走るものだと思ったんだけど」

 「いや、ミヤビはもう着替えてるじゃないですか」

 

 二人に合同練習の話はしていなかったので、ミヤビはリュウザキが走っている間に着替えていた。

 動きやすそうな長ズボンに紺のTシャツ、頭にはキャップを乗っけている。

 お洒落をするより機能性重視らしい。

 

 「それもそうか。じゃあこちらで準備をしてくるから景ちゃんも準備しておいて」

 「分っかりましたー!」

 

 初めはマツモトさんの性癖の所為でゴタゴタしたものの、スクールを開いているだけあって段取りは良く、直ぐにスクール生との模擬レースが始まった。

 俺はピットにミヤビを残し、マツモトさんと一緒に観客席へ。

 今日は特別にスクール生のバイクも同じ排気量にして貰った。

 

 「へぇ……あんなライダーが居たんだ」


 先程、俺たちが見たリュウザキの綺麗なライディングにマツモトさんが唸る。

 リュウザキは現在トップ。スクール生にも負けない速さで走っていた。

 だが、このレースの結果は最初から分かり切っている。

 それはマツモトさんも同じだろう。


 「感想を聞いても良いですか?」


 俺が聞くと、マツモトさんは酷く呆れた冷たい声色で一言。


 「つまらないね」

 

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