第4話「レースに関する知識とか」


 新たな部活が始まり、俺も入ることになった。

 何処のメーカーからバイクを提供して貰うか。

 どんなチーム名にするか。

 活動出来る部室のようなものはどうするのか。

 競技の規模が規模なので、準備が色々必要だ。だから早々には動けないと思っていたのだが……。


 「わぁ! 凄ーい! 部室ってよりはガレージかも」

 「五月くらいに慌ただしかったのはこれだったのか」


 リュウザキが転校してきた翌日の放課後。

 先生らが車で出入りする裏門付近に立派なガレージが建っていた。

 バイクの大きさなら二台は余裕で入るスペースに加えて会議用のテーブルと椅子にホワイトボード。 

 壁掛け工具やその他整備に必要な備品が揃えられている。

 伯母さんのことだから壁掛け工具は見栄えの良さで選んだに違いない。

 個人的には普通に工具箱が良かった。


 「では監督。今日は何をしましょう!」


 椅子に座ったリュウザキがピッと真っ直ぐ手を挙げ、戯けた様子で言う。

  

 「ではまずレースに関する知識の確認からだ」

 「ノリノリじゃーん」

 「監督呼びが新鮮でつい。悪くないな」


 部長ともまた違う呼び方は妙に心地良い。

 リュウザキが言っているからだろうか。ミヤビかテツに言われたら嫌味を真っ先に疑いたくなる。

 

 「監督! 監督! 監督!」

 「なんだ?」

 「えへへー。呼んでみただけー」

 

 なんだろうこの愛おしい生き物は。本当に同じ人間か?


 「シン! ケイはアタシたちで絶対に守ろう!」

 「そうだな」


 堪らずミヤビが椅子に座ったまま隣のリュウザキを抱き締める。

 ミヤビにハグされたリュウザキも口元を緩め、ご満悦……ん?


 「ミヤビちゃん苦しいよー。……ちょっ、本当に苦しっ」

 「ミヤビストップ。そのままだとリュウザキが死ぬ」

 「ごめんごめん。抱き締め方が悪かった」

 「う、うん。なんとか失神しなかったよ」


 話の腰を折るどころかリュウザキの首が折れるところだった。

 気を取り直して、俺は話を進める。


 「まず、これだけは頭に入れておいて欲しい。サーキットはバイクを乗る上で一番安全で一番危険な場所だ」

 「うんうん……うん? どう言うこと?」


 リュウザキの反応は案の定ピンと来ていない様子。

 ミヤビの方は……理解しているだろう。


 「安全な理由は明白だ。一般道とサーキット、何が違う?」

 「えーっとえーっと……分かった! 飛び出してくる歩行者とか居ないから誰かを刎ねる心配がない!」

 「うーん……そっちかぁ……」

 「ケイは優しいねー」

 「あれ? 違った?」


 方向性自体は合っているが、自分より他人の心配をする答えが出てくるとは思わなかった。

 

 「それも含めて障害が少ないってことだな。対向車が居なければ交差点もない」


 全員が同じコースを同じ方向に走るレースでかもしれない運転をする必要はない。

 その点では最も安全だと言って良い。


 「ただし! 一般道と違う危険性がある」


 さっきクイズ形式にしたからもう良いか。


 「それが速度だ。レースで一位を狙うんだからそりゃ皆んなフルスロットルでアクセルをぶん回す。トップスピードで転倒したら? 転けた後に後続のバイクに轢かれたら?」

 「……死んじゃう」

 「そうだ。俺たちが使うのは市販車250ccニーゴーベースだけどそれでも二百に近い速度が出る。怪我の可能性は高いし最悪死ぬ」

 

 軽量化されまくったMotoGPマシンでも死亡事故は多数起きている。

 最高速との兼ね合いもあるのだろうが危険な競技であることに変わりはない。

 治る怪我ならまだしも治らない怪我とか死を背負う覚悟くらいは持って居ないと俺も前向きに監督が出来ない。

 と言うか生半可な覚悟の奴を指導したくねぇ。


 「それでもやるか?」

 「うん! わたしはやるよ!」

  

 曇りなき眼で俺を見据える。相当バイクに入れ込んでいるらしい。

 これは断れない。そんな顔を見せられたら意地でも勝たせたくなってしまう。


 「にしてもバイクへの入れ込みが強いな。やっぱり小さい頃に八耐とか見てた影響なのか?」


 実家が三重なら何かのきっかけで八耐を見たのがきっかけだろうか。親が好きだったとかも有り得る。

 しかし、リュウザキは首を横に振った。


 「ううん、違うよ。WGP」


 まさかの世界グランプリ。


 「キングと呼ばれたケニー・ロバーツさんの走りがもう綺麗過ぎてね……その頃からずっとずーっとバイクのレースに出たいなぁって思ってたの。八十三年のスペンサーさんとのバトルなんて伝説だよ」

 「中々に古いライダーが好きなんだな……ちょっと予想外だった」


 キングケニーなんてあだ名があるしレジェンドオブレジェンドみたいな存在なのでレース好きなら知っていても変じゃないが、それがきっかけと言うのが凄い。

 初手世界グランプリとかどんな検索したらそうなるんだ。

 しかも八十三年って最終的にはロバーツが僅差で年間チャンピオン逃してる年。

 負けてる年を伝説と言えるあたり本気でロバーツが好きなことが分かる。

 いやまあ、あの年はどっちのライダーが好きでも伝説か。

 

 「じゃあフラッグの話も分かるのか?」

 「分かるよ」

 「アタシは知らなーい」

 「数合わせじゃんミヤビ。説明する必要あるか?」

 「でもわたしもおさらいしておきたい」

 

 リュウザキがそう言うならしておくか。

 俺はホワイトボードに黒のペンで四角を描き、その中に赤いペンでバッテンを描いた。

 歪な四角になってしまった。

 バッテンの方はまぁ……良かろう。


 「絵心ないなぁー」

 「俺以下のミヤビに言われたくない」

 

 基本なんでも出来るミヤビだが絵だけはヘッタクソだ。

 てか、今はフラッグの説明なんだからデザインが分かればそれで良い。


 「これがレース途中で雨降ってきたら使われるレッドクロスってやつだ」

 「後は赤と黄色の縦ストライプがオイルフラッグだったよね?」

 「落下物とかを知らせたりな。それと知っておくべきはイエロー、レッド、ホワイトか?」


 個人に対してさっさとピット戻れのブラックフラッグなんかもある。

 ただ、あれって相当ぶっ飛んだ違反走行しないと振られないから俺の感覚だと珍しいイメージだ。


 「んー」


 リュウザキは顎に人差し指を当てて考えを巡らせるように唸る。


 「赤は中止、黄色は追い越し禁止……白ってなんだっけ?」

 「MotoGPとか高校選手権だとドライから雨、雨からドライの時の車両乗り換え出来るぞーって合図だ。これは覚えとけよ……?」

 「今、覚えたから安心!」

 

 リュウザキのノリが軽いからちょっと心配になる。他のフラッグの意味をしっかり理解してたので多分大丈夫だと思うが。

 一通りフラッグの説明と確認を終え、軽くミヤビにも説明しておいた。

 他に確認しておきたいことは……高校バイク選手権の日程とかルールとかだな。リュウザキはそれすらも把握してなさそうだし。

 だが、その前に聞きたいことがあった。


 「リュウザキはレース経験どんくらいなんだ? やっぱり三重ではポケバイのレースとか出てたりしたのか?」 

 

 前の学校ではヨネミツとか言う輩に素人女のシートはないなんて言われたらしい。

 これだけレースに興味津々で、普通にレース見てるだけなら把握してなさそうなフラッグにも詳しい。

 まさか本当に知識だけってことはないよな?


 「ポケバイは乗ったことないかな。わたしが出たことあるのはよんミニのレースだよ。モンキーとかNSFとかグロムとか!」

 「相変わらずチョイスが渋い」

 「ヨンミニ……あのちっこいやつかー。結構乗ってる人居るよね」


 カスタムするのにも最適で若い人からの人気もあればベテランライダーからの支持も厚く、通なバイクの種類と言える。

 排気量の関係上維持費もそこまで高くならない。

 ただし、カスタム費用がびっくりするような金額になってる場合もある。

 

 「お父さんが昔からの友達とレースやってたからわたしも参加させて貰ったの。勝っても負けてもすっごい楽しかったよ」

 

 レースのことを思い出したリュウザキは屈託のない笑顔を見せる。

 勝っても負けてもか……ともかく、サーキット経験があるなら細かいことを説明しなくて良いな。

 

 「全然素人じゃなくない?」

 「レーシングチーム出身じゃない奴は全員素人なんだろ」


 居るんだよな。そうやって自分は特別感出して周りを下げようとする奴。

 

 「やっぱり……女だと難しかったりするのかな……」

 「そんなことないぞ」

 「そうなの?」


 悲しんだかと思ったら一言でリュウザキが立ち直る。


 「ST600で活躍してるのも居ればMoto3クラスに参戦した市販車レースチャンピオンライダーも居るぞ。日本人でスポット参戦した例もある」

 

 まだ最高峰クラスでの活躍はないが、そのうち出てきてもおかしくない。 

 バイクに乗る時の男女差なんて詳しく調べたことがないので分からねぇけど体格については大丈夫だろう。GPライダー結構小さい人一杯居るしな。

 それに筋力は体格と違って鍛えられる。


 「そう言えばケイは身長幾つ?」

 「百五十八。中学生の頃は大きかったけどそっから伸びなくなっちゃった」

 「一応平均くらいはあるのか」


 ミヤビがデカい所為で小さく見えていた。


 「ダニと一緒だからヘーキヘーキ。問題は体力だな」

 「体力? 大丈夫! レースが疲れることは知ってるよ!」

 「違う違う。レーススケジュールの話」

 「レース……スケジュール……?」

  

 スムーズだった口の動きが錆びついた。

 なんでだろう。持っている知識の偏り方が酷い。

 興味のないことは全く知らない調べないタイプの人種だ。

 

 「それではシン先生の高校バイク選手権ルール解説行きましょー!」

 「レッツゴー!」

 「二人のノリが謎だけどなんか楽しい!」

 

 ミヤビに乗せられた勢いのまま概要を話す。


 「まず使用車種。これはニーゴーの市販車ベースでレース用にミラーとか取り外した物を使う。セッティングとかは各自で好きなように。何処のメーカーを使うかも高校の申請次第だ」


 高校バイク選手権での使用車は申請さえすればメーカーから支給される。

 このモータースポーツ人気に肖り、海外メーカーもこのレース用にニーゴーのマシンを販売したりしている。

 だが、悲しいことに国産メーカー以外で出走した記録はない。

 

 「ねぇねぇシン君! ヤマハとスズキのどっちにするの!」

 「なんでその二つ限定なんだ……ってロバーツ親子か」

 「そうそう! カラーリングも黄色と黒のインターカラーで乗りたいなぁ」

 「俺が手配しておくから来てからのお楽しみだ。チーム名も決まってないしな」


 折角ならカウルにチーム名くらいは入れたい。

 バイクの手配にマシンカラーのデザイン決め、チーム名とやることが多い。


 「チーム名はちゃんとまともなのにしてよ。えっぐい中二ネームとか後々恥ずかしくなってくるぞー?」

 

 人を小馬鹿にするようにミヤビが言う。

 

 「じゃあチームダークネスドラゴンで」 

 「えっ」

 「冗談だよ。リュウザキが最初に入った学校のチーム名はどうだったんだ?」

 「RiceRacingライスレーシング。ヨネミツ君のお父さんの会社がスポンサーなんだって」

 「高校生の大会にスポンサーとかあるの?」

 「一つだけは認められてる。でもあんまり多くない。強くて目立たないとスポンサーになる意味ないから」

 

 その多くはバイクのカスタムパーツを作ってるメーカー。次点で高校生に人気なエナドリの会社だったはずだ。

 何処に行ってもエナドリは強い。

 世界レベルでもほぼ確実にスポンサーになっていて、ミヤビの話ではプロのゲーミングチームのスポンサーにもなってるらしい。

 

 「そんでレースのルールだけどまず予選が二月と三月にある。前年度の年間ランキング上位十校が残留で他の十四校をもてぎを使った予選で決める」


 二月が地方予選。各地方から三校ずつの代表を決め、三月の予選で本戦出場チームを決める。北海道は東北と一緒、沖縄は九州と併せた計七地方から。

 

 「本戦は四月の中旬からだ」


 開幕戦が四月中旬———北海道。

 二戦目が五月中旬———広島。

 三戦目が六月中旬———静岡。

 四戦目が七月上旬———福島。

 五戦目が七月中旬———岩手。

 六戦目が八月上旬———兵庫。

 七戦目が八月中旬———岐阜。

 八戦目が九月中旬———愛知。

 九戦目が十月中旬———群馬。

 十戦目が十一月中旬———栃木。

 十一戦目が十二月上旬———三重。

 最終戦が十二月末———栃木。


 ホワイトボードに書き出し、最後の三戦を赤丸で囲む。


 「この最後のもてぎ、鈴鹿、もてぎの三戦は超盛り上がる……らしい」


 俺は見に行ったことがないから分からん。

 スケジュールを見て期待を膨らませるように食い入るリュウザキとは裏腹にミヤビは嘘でしょと言わんばかりの唖然顔。

 ミヤビが言いたいことは分かる。


 「これを高校生に強いるの……? 無理じゃない?」

 「まあ待て、説明がまだ途中だ。別にこのスケジュールを一人で走り切れって訳じゃない。部員なら誰がどのレース参加しても良いんだ」

 「このコースはこの人。俺は雨苦手だからお前に任せるーみたいな?」

 「そんなところだ……な」

 「何その歯切れの悪い返事」


 ミヤビが目を細める。


 「皆んな世界戦に憧れてるのかフル参戦したがる奴が多い」

 

 やっぱりレース好きなら全コース走りたいし、それでチャンピオンを取りたいのだろう。その気持ちは理解出来る。

 本気で勝ちに行くなら二人か三人くらいライダーを用意しておくのがベストだと俺は思う。

 一人をエースライダーとして、もう一人を苦手コースもしくは雨が強いライダー。

 三人目は怪我などで出られなくなった時の二番手。

 多いことに越したことはないだろうがマシンのセッティングが面倒臭そうだから最大でも三人が丁度良いはずだ。

 

 「良かったなリュウザキ。全コース走れるぞ」

 「えっ!? 良いの!?」

 「俺は走る気ないからリュウザキしか居ないだろ」

 「アタシも走りたいんだけど」

 

 リュウザキだけが走るようなことを言えばミヤビが噛み付いてきた。

 ぽりぽりとコーラ味のタバコみたいなラムネを咥えながらの抗議に真剣さが感じられない。

 ミヤビの性格はある程度把握している。多分真面目に走る気がある。

 だとしても。


 「バレー部のエースがバイクレースで怪我して出られませーん! になったら顧問ガチギレするぞ」

 

 うちのバレー部結構名門だからな。

 しかし、ミヤビはうざいくらい得意げに鼻を鳴らす。


 「ふっふっふ。大丈夫。転ばなければ良いだけの話!」

 「だってよリュウザキ。どうする?」


 正直俺はどっちでも良い。

 ただしリュウザキはレースに出る為に遥々三重から転校してきた。

 だから俺はリュウザキに選択を委ねる。

 半分半分か、疲れた時のバトンタッチ要員か……リュウザキの出す答えはきっと。


 「ごめんミヤビちゃん。わたし、フル参戦したい!」

 「やっぱりそうなるかー。でももし何かの事情で出られないとかだった任せて。バッチリ勝っちゃうから」

 「その時は任せるよ! それで初レースは!? マシンとか踏まえると九月くらい?」

  

 現在、六月。

 確かに今から準備を始めたら初レースが三ヶ月後は妥当なところかも知れない。

 

 「来年」

 「……ん? それで初レースは?」

 「現実逃避しようとするな。予選も突破してないのに出られるはずがないだろ」

 「そ、そんなぁ……」


 物凄い勢いでリュウザキの肩が落ちた。

 うん……虐めてる訳じゃないのにすっごい申し訳ない気持ちになるな。

 事実とは残酷である。

 次の休みにでもバイク用品店に行くか。ツナギとヘルメット、グローブ……買い揃える物は多い。

 それらを見るだけでも気分が上がるだろう。

 しかし、レースに関しては俺にも良く分からない。高校バイク選手権のルールを細かいところまで把握していないからだ。

 ワイルドカードとかないのか?

 もしあるのなら一度くらいは走らせたいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る