第3話「バイク部設立」


 「安喰は一限目終わるまでに制服をちゃんと着ておけよ」


 一限目はユウキちゃんの授業だからミヤビの格好は許された。

 それだけ言ってユウキちゃんは授業の準備をするのに教室から出て行く。

 厳しいように見えてゆるゆるなユウキちゃんはともかく気の毒なのは……こっちだよな。

 隣の席で放心状態のリュウザキ。

 ミヤビが目前で手を振る。


 「大丈夫ー?」

 「はっ!? 大丈夫! うん! 全然!」


 うん、全然大丈夫じゃない。バイク部がないのが相当ショックだったらしい。

 

 「それはそうと朝はありがとね。えっと……あ、あ……アクウちゃん!」

 「うん。違うねー」 

 「あれ!? えっと……えっと……」

 「気にしないで。怒ってないわ。この名字、地元の人以外で一発正解したのシンしかいないからー」

 「そうなんだ……」

 「アタシはアジキミヤビ。名字だと厳ついから名前で呼んでくれると嬉しいかな」

 「じゃあよろしくね! ミヤビちゃん!」


 そんな二人の微笑ましいやり取りを眺めていたテツが気持ち悪い笑みを作り出す。

 

 「はぁ……顔が良い子たちは見てるだけで病気が治りそうだぜ」

 「それで治ればこの世から病は消滅するよ」


 SNSで良く見るぞその文言。

 推しの影響で寿命が伸びたなんて言う奴も居た。

 テツの病気もそれで治ってくれれば一番良いのに……特効薬も人を選ぶと言うことか。


 「おいシン。なんか失礼なこと考えてるだろ」

 「今に始まったことじゃないぞ」

 「ちょっ! おま!? 何時からだ!?」


 会った時からに決まってるだろ。このチャラ男。

 こんなちゃらんぽらんなのにモテやがって……羨ましいのに羨ましくないのはこれが初めてだ。

 その時、視線を感じて横を見る。

 うっ……。

 思わず顔を引いてしまった。

 横でリュウザキが目を輝かせながら俺を見ていた。高校生らしからぬ純粋過ぎるその視線はめっちゃ眩しい。

 

 「河原で助けてくれた人だよね!」

 「あぁ、カワラギシンだ」

 「カワラギ……じゃあシン君! あの時はありがと!」

 「んで横のこいつがフカサクテツト。テツトなのにサッカー部のエースだ」

 「なんだその紹介!? 名前関係あるか!?」


 馬鹿野郎、テツトと言ったら野球だろう。

 お誂え向きに漢字まで一緒なんだ。きっと親は野球少年に育って欲しかったんだ……なのに。


 「こんなヤリチン王子に育ってしまって……!」

 「おい! 勝手に何を思い浮かべてんだよ!? オレは経験ねぇぞ!」

 「楽しそうな人だね。よろしくね! ヤリチン君!」

 「「ぶはっ!」」

 

 俺とミヤビで同時に吹き出す。

 

 「シン! お前の所為だぞ!? こんな可愛い子に爽やかな笑顔で何言わせてんだよ!」

 「……?」


 テツが取り乱している理由が分からないリュウザキは目をパチパチさせる。

 笑いが止まらねぇ。あれほど爽やかなヤリチンは初めて聞いた。

 全く嫌らしく聞こえないのが凄い。

 

 「あのなケイちゃん。ヤリチンってのはとんでもない下ネタなんだ。あまり大声で言うのは良くないぜ」

 

 俺たち四人だけに聞こえる声量でテツがリュウザキに教える。

 テツは下ネタとしか言ってないが『ヤリチン』の響きと下ネタと言う情報が組み合わされば大体予想は出来るだろう。

 案の定、リュウザキは顔をほのかに赤らめながら口を開く。

 

 「そうだったの!? じゃあなんて呼ぼうかな」

 「普通で良いよ普通で! あ、でも出来れば下の名前が良いなぁ……テッちゃんとかアリだな」

 「あーあ。気持ち悪さ出ちゃったよ」

 「顔は良いのにちょっと残念なとこあるよね」

 「ちょっとじゃないぞ。ミヤビ」

 「「あはははは!!」」

 「うるさいわ! 別に良いだろ!?」


 リュウザキはそう言われたら直ぐに実行するタイプだ。

 それを分かっててやってるから気持ち悪く見える。

 後、なんでお前は一対一だと駄目なのに集団だとミヤビに口聞けるんだよ。

 もしや視線を他に移せばいけるのか……?


 「じゃあ、テツ君」

 「ぷっ……提案拒否られてやんの」

 「下の名前でも御の字だぜ」

 

 テッちゃんとはいかずともテツ君で満足らしい。

 めげない奴め。


 「そう言えばさ、ケイは何処から来たの?」


 自己紹介が終わったところでミヤビが聞いた。

 バイクレースが盛んな県は他に幾らでもあるのにわざわざ茨城に来た。と言うことは茨城よりも更にバイク文化の薄い場所だろうか。

 待てよ? それだったらこのタイミングで来る意味がないぞ。来るんだったら入学と同時で……。

 疑問の答えを出すより先にリュウザキが質問に応じる。


 「三重県から来たんだ。とっても良いところだから是非遊びに来て」

 「三重!? 嘘でしょ!?」

 「栃木と並んでモータースポーツの最大手じゃねぇか……」


 三重県と言えば鈴鹿。

 鈴鹿と言えば鈴鹿サーキット。

 鈴鹿サーキットと言えば八耐。

 レースでもかなりの盛り上がりを見せる大イベントが夏に行われる。過去に世界選手権でも使われていたサーキットだ。

 だが、これで話の顛末が見えてきたぞ。


 「うん。三重県で一番バイク部が強い学校に行ったんだけどね……素人女のシートなんかある訳ないだろ。さっさと失せろ。って言われちゃったんだ」

 「偉そうに。よっぽど腕に自信がある奴なんだろうな」

 「わたしと同じ新入生で米満隆一ヨネミツリュウイチって人だよ」

 「誰だよ」「誰?」

 「三重の話だしやっぱり知らないか」


 初めて聞く名前だ。大したことないんじゃないのかそいつ。

 てか、態度が腹立たしいな。高校バイク選手権のルール上仕方ないとは言え、もっと言い方ってもんがあるだろうに。

 

 「それでどうしようか悩んでた時にここの学園長に誘われたんだ。走れるって思ったら嬉しくて嬉しくて」

 「でもないのよね。新しく作るってことかなー?」

 

 学園長に誘われて……バイク部を新しく作る……嫌な予感がしてきた。

 

 「おーい、お前ら授業始めっぞー。席戻れー」


 ユウキちゃんが戻って来たことで話は中断。

 それからと言うものミヤビはほぼずっと寝っぱなし。リュウザキは他の生徒に取り囲まれ、俺たちが話す隙は見当たらなくなってしまった。

 質問ラッシュに戸惑いながらも笑顔を崩さずに接しているのは素直に凄かった。

 昼も引っ張りだこで人気者ムードが消えたのは放課後。


 「ふぅ……」

 「大分お疲れだねー。転校生は人気者になっちゃうよね……分かる分かる。お腹減ってない? お菓子食べる?」

 「ありがとう、ミヤビちゃん。とーっても美味しい!」

 「おお、そんな感謝されるとは思わなんだ」


 リュウザキのリアクションは大きい。身振り手振りも表情もフルに活用する。

 これをテツがやると腹が立つほど大袈裟に見えるだろう。だが、リュウザキはそう感じない。

 どちらかと言えば幼い子どもを見てるようで微笑ましい。

 顔が良いからか。きっとそうだ。可愛さは全てを解決する。

 

 「ミヤビ、俺も」

 「はいはい。どうぞー」


 ミヤビの持っていたタケノコの川を口に放り込む。

 今、教室には俺たち三人だけしか居ない。

 テツは部活。放課後に教室で屯するメンバーはコンビニに行っている。

 

 「皆んな元気なんだね」

 「イロモノばかりなんだろ」

 「そんなことないよ。とっても個性的で良いと思う」


 他の奴らはともかくテツを個性的だけで済ますのか。


 「こりゃミヤビ人気がリュウザキに越されるのも時間の問題だな」

 「アタシは別に良いけど。神様みたいな扱い好きじゃないしー」

 「扱いは変わらないと思うぞ。寧ろ悪化する」

 「えっ……」


 明るく誰でも分け隔てなく接する等身大の人気者が出てきたら手の届かない高嶺の花の価値は上昇するだろう。

 ん? この言い方だとリュウザキが下みたいで嫌だな。

 つまりは人気のベクトルが違うと言うことだ。


 「……廊下が騒がしいような」


 リュウザキが呟き、俺も耳を傾ける。

 パタパタと鳴っているのはシューズの音。誰かが廊下を走っている。

 段々と教室に近付いてくる。

 その慌ただしさは紛れもなく奴だ。


 「ミヤビ! 今日こそ練習に来てもらうから!」

 「えぇー! やだー」

 

 ドアを激しく開いて教室に入って来たのはリュウザキよりも小さい高野白羽コウノシラハ

 なんでも小学生の頃からバレーのクラブチームで一緒だったリベロらしく、ミヤビ同様一年でレギュラーを勝ち取っている実力者。

 

 「豆腐ちゃんも懲りないな」

 「豆腐ちゃんって言うな! ミヤビをこんなにして……! がるるる!」

 「俺の所為じゃねぇわ!」 


 それでも豆腐ちゃんは聞く耳持たず、ミヤビにしがみついて唸る。

 お前は獣か。

 

 「えっと、この小さい子は?」 

 「小さい言うな!」

 「あっ、ごめん」

 「って……ごめんなさい! 初めましてだった。カワラギの所為で理性が」

 

 俺との距離感のままリュウザキに怒声を飛ばした豆腐ちゃんが頭を下げる。

 

 「あたしはコウノシラハ。よろしくお願いします」

 「リュウザキケイ。よろしくね! シロちゃん!」

 「距離の詰め方が陽キャ……! 可愛い!」

 

 俺とミヤビは下の名前でテツと豆腐ちゃんはあだ名にちゃん付け。

 堅物……でもない豆腐ちゃんが一瞬で絆された。

 リュウザキ恐るべし。


 「まさか来なくなったのはリュウザキちゃんが原因!?」

 「転校生だぞ」

 「それでか。見たことない訳だ」

 「ところでどうしてシン君は豆腐ちゃんって読んでるの?」

 

 納得している豆腐ちゃんの横でリュウザキが聞いてきた。

 

 「高野豆腐。後は小さいからちゃん付けだ」


 それとは別に会った当初、ミヤビが部活に来ない理由を俺の所為だと決め付けて敵視してきたので、その意趣返しも含まれている。

 意趣返ししか含まれてないまである。

 もう誤解は解けてミヤビのゲームに一緒に付き合わされてる仲だと言うのに扱いが一向に変わらない。


 「豆腐ちゃんも可愛くて良いね。わたしもそう呼ぼうかな」

 「えっ……辞めて」

 「そんなに嫌なんだ」

 「こんなだけど悪い子じゃないから仲良くしてあげて」

 「やっぱりあたしにはミヤビしか居ない……」

 

 あーあ。面倒臭い女ムーブ始まったよ。

 リュウザキはちょっと苦笑い気味。

 真面目に見える豆腐ちゃんも良く見ると結構変なところがある。特にミヤビのことになると顕著だ。

 

 「ふふっ、二人は仲良しさんだね」 

 「付き合いが長いからねー。小学生の時からずっと一緒」

 「良いなぁ。皆んな三重に置いて来ちゃったから羨ましい」

 「故郷を懐かしむの早くね?」


 そんな話をしているとまたもや教室のドアが開いた。

 クラスの奴らが戻って来たのかと思ったが、ドアの側に立っていたのはジャージの金髪教師。ユウキちゃんだった。


 「お? 帰ってなかった。ラッキーラッキー」

 「ユウキちゃんじゃん」

 「学校では先生と呼べ先生と。ちゃんと名字でだぞ」

 「どっちも一緒だろ」

 

 名字も名前も一緒なのにどう名字で呼べば良いんだ。

 

 「それはそうと学園長から呼び出しだぜ。龍崎と真は学園長室な」


 嫌な予感が当たった。

 学園長からの呼び出しに驚きながらも軽い調子でリュウザキは言う。


 「えー! なんだろ? わたし、なんかしちゃったかな?」

 「リュウザキはこれからするんだよ」

 「?」

 「何それ面白そう。アタシも行こーっと」

 「えぇ!? ちょっと部活は!?」

 「なんとか言っておいてー」


 全ての説明を豆腐ちゃんに押し付け、ミヤビが俺たちの横に並んだ。

 あんなに必死こいてミヤビを部活に戻そうとしているのにこの扱いは流石に気の毒だな。

 時間が時間だからか説得を諦め、とぼとぼ体育館に向かう。

 悲壮感の漂う豆腐ちゃんの背中。


 「良いの? 凄い悲しそうだけど……」

 「そうだよね……シラハも呼ぶかー!」

 「あれっ?」

 「お前が行くんだよ」


 サボりを増やしてどうするんだ。

 結局、と言うか案の定、ミヤビは部活に行くことなく学園長室に。

 俺が二回ノックして、ドアを開ける。


 「入るぞー」

 「シン君、大胆」


 返事も待たずに入る俺の横でリュウザキがパーで口を覆う。

 驚きつつも足並み揃えて入ってくる辺り最高権力者を怖がってない。

 あの学園長に誘われて来たと言っていたし、何度か顔を合わせてるんだろう。なら怖がる要素はないな!


 「いらっしゃい。あら? 安喰さんも一緒?」

 「お邪魔しまーす!」

 「朝早かったのはリュウザキ関連だったんだな。ユキコ伯母さん」

 「あっ! だから名字が一緒だったんだ!」

 「そう言えば俺の名前を聞いた時に一瞬固まってたな」


 瓦木由紀子———俺の母親の姉で幸撃学園学園長。

 今、俺が住んでいる家も伯母さんの家だ。


 「実は俺も他県から来たんだ。静岡からな」

 「じゃあわたしと一緒だね! 静岡かー良いなー。お茶が飲みたくなりますなぁ」

 「そこは鰻とか焼きそばじゃないんだな」

 「それも美味しそう!」

 「こほん……」

 

 伯母さんの咳払いで盛り上がりを見せた静岡話がぴたりと止まる。

 

 「イチャイチャしちゃってぇ。シンったらぁ」

 「してねぇわ」


 だからそのニヤついた目を辞めろ。


 「まさか初日でここまで仲良しになってるとは思わなかったわぁ。真ちゃんはもう分かってるでしょう?」

 「そりゃあ、まあ」

 

 バイク部のない高校にバイクレースをしたい転校生。しかも学園長直々のスカウトでやって来ているのだからこれからの話は分かる。

 けど、横の当人は何も分かっていない顔である。


 「龍崎さん」

 「はっ、はい!」


 学園長の真面目なトーンにリュウザキの声が上擦った。


 「ここ、私立幸撃学園は只今を持ってバイク部を設立するわ」

 

 元から明るい表情を崩さないリュウザキの顔が更に輝きを増す。

 目がキラッキラに、宝石みたいに輝き、言葉を失う。

 

 「ほんと……ですか?」


 絞り出すような声。


 「ほんとのほんとよ。何の為にスカウトして来たと思ってるの」

 「やったあ! バイクバイク! レースに出られる!」


 学園長室でも構わず大はしゃぎのリュウザキ。

 伯母さんはそんなリュウザキを暖かい目で一瞥した後、俺を見た。


 「分かってるよ。俺も入れって言うんだろ」


 バイクが好きでもリュウザキみたいにレースまで興味を示すライダーは多くない。

 だからこそあんなにやる気があるなら走らせてみたくなってしまう。


 「帰宅部でバイク通学してるくらいバイクに詳しいもんね。シンは」

 「それで? 他のことはどうするんだ? 顧問とか居ないと厳しいと思うぞ」


 高校バイク選手権は全国各地のサーキット十二コースを回る。

 普段の練習もそうだが、バイクを運びながら俺たちを乗せる車両を運転出来る人がフリーで居ないと活動出来ない。

 しかし、伯母さんがそこを考えていないはずもなく。


 「大丈夫よ。移動諸々は優希ちゃんに任せる。顧問は一応私がやるけどあくまで手続き関連のみね。チーム名とかバイクの手配とか指導とかは全部真ちゃんに任せる」

 「つまりは俺が監督か」

 

 軽めのメカニックも兼ねないといけなさそうだ。

 そこで俺の頭に疑問が浮かんだ。部活動に関する疑問だ。


 「ん? でも部活って三人以上じゃなかったっけ?」

 「そうなのよ。誰か居るかしら?」

 「はいはーい! そう言うことならアタシやりまーす!」

 「はっ? ミヤビはバレー部だろ」

 「学園長、兼部はアリですか?」

 「んーーーーーアリ」

 「そう言うと思ったよ。バレー強い学校なのに適当過ぎるぞ学園長」


 そんなこんなで新たにバイク部が立ち上がった。

 初期部員は俺、リュウザキ、ミヤビの三人。

 学校のバイク人気から考えるにこれ以上増えることは恐らくないだろう。

 もしミヤビたちの追っかけが来たとしても邪魔なだけだから全力で拒否しよう。

 俺は心に固く固く、決めた。

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