第2話「転校生」
バイクがあった俺はミヤビの言った通り、余裕で間に合った。
ギリギリに来る生徒は上級生になればなるほど多くなる。その影響で割と混み合った廊下を抜け、教室に入った。
皆んなが皆んな仲良しグループで集まっていて誰が来ていないのか分からない。
俺とミヤビ以外は全員来てそうだな。
時計を見る。
ミヤビ……間に合うか? ちょっと怪しそうだ。乗っけてやれば良かったかな。
「今日は遅かったじゃんか。さては寝坊か?」
「ちょっとやそっとの寝坊でここまで遅くはならない。色々だ色々」
俺が席にリュックを置いた矢先に話しかけて来たのはクラスで唯一の男友達である
「ミヤビちゃん来てねぇけど一緒じゃなかったのか?」
「途中まで一緒だった」
「くっそぉ! 何でクラスの女神と言っても過言じゃないミヤビちゃんと仲良いんだよ……! 入学式から早々に仲良くなりやがって!」
テツがいつものように俺とミヤビの仲を恨んでくる。
「その所為でこのクラスの男子はお前に冷たいんだぞ」
「はっ? それが理由だったのかよ」
道理で恨めしそうな目で見てくる輩が多いと思ったら原因はミヤビかよ。
だが、そんなことを言われても入学式の時に初対面の俺に話し掛けて来たのはあっちだ。
そこからは流れで仲良くなった……寧ろ、ミヤビ以外だとテツしか仲良くなれなかったから自ずとミヤビと一緒に居ることが多くなる。
俺……悪くないじゃん。
「超美人でスタイル抜群おっぱい。一年でうちのバレー部レギュラー! 更には勉強も出来るとか完璧超人過ぎる! 是非ともお近付きになりたい」
「そんなんだから相手にされないんだろ」
神を崇めるような勢いのテツにはっきり言ってやる。
前にミヤビが変に持ち上げてくる人は苦手だと言っていた。
本人からしたら普通に接してくれるだけで良いのに顔の良さとかで無駄に壁を作るから相手にして貰えない。
「きっと清廉なミヤビちゃんなら可愛くて性格の良いお友達が居るに違いない。紹介して欲しい!」
「そう言うとこだぞ。しかも清廉って……夢見過ぎだろ」
あいつは練習サボりまくってるし、家ではゲームと漫画アニメ三昧の夜更かし欲まみれ女だ。
チーム競技なのにそれでレギュラー外されないのが謎である。
すると小馬鹿にしたようにテツが笑う。
「ははっ、シンは普段距離が近いからあの神々しさも忘れてしまったんだな……悲しいな……」
「勝手に憐れむな。忘れるも何もミヤビに神々しさを感じたことなんかないぞ」
「この野郎! 喧嘩売ってんのか!?」
「絡みがダルい!」
胸ぐらに伸びるテツの乱暴な両腕を力任せに退かす。
「そもそもお前モテるんだろ? さっさと付き合っちまえよ」
「馬鹿言うな! モテ男にはモテ男なりの悩みがあるんだ! 考えてみろ……同じ学校でオレを好きな奴が複数人居て、一人を選んだら……他の子と気まずいじゃん」
「じゃあ全員どうにかしろ。幸撃学園の八岐大蛇になれ」
「おおおい! アドバイスならもっとマシなアドバイスをだな……」
その時、テツの背後にある教室の入り口に手が掛けられた。音が立つほど乱暴に。
ドアが揺れる音で教室中の視線がそこへ集中する。
「シーーーンーーーー?」
汗だくで、朝あった時よりネクタイを緩めたミヤビが俺の名前を口にしながら睨んでいた。
「うっわ、エッロ」
「聞こえるぞ」
ド直球な感想を迷わず発するテツを止める。
このままだと何を言い出すか分かったもんじゃない。
しかし、ミヤビはクラスの視線を気にせず、俺に真っ直ぐ詰め寄ってくる。
「シンの所為で汗びっちょり。せめてバイクを押して一緒に走るとか出来なかったのー?」
「出来るか!? 二百キロだぞ? 平地ならともかく坂は無理だ」
「もうワイシャツ脱ぎたい……Tシャツ持ってない?」
「持ってるけど俺の着るつもりか?」
「アタシはこのびっちょり状態から解放されたい。着てくるから先生来たら言っといて」
そこまで言われたら仕方がないのでシャツをミヤビに渡す。
バイクで出掛ける時にも使っているリュックだから着替えが入れっぱなしになっていることが多々ある。貸したシャツもバイクに乗る時用の涼しいやつだ。
……周囲の視線が痛くなった。
「そう言うとこだぞ」
テツにさっきの台詞をそっくりそのまま返される。
油断していた。ミヤビの家では服の貸し借りが平常運転だったからついここでもやってしまった。
この前は俺が借りたから今日は貸すか、と言う当たり前の心理が……!
「二ヶ月でそこまで行って未だ付き合ってないとかどうなってんだよ!」
「どうもなってねぇんだよ! はちゃめちゃに仲良い友達みたいなもんだ」
「男女間の友情なんてあるもんか!」
「テツになくても俺にはあるんだよ!」
窓際の一番後ろにある俺の席で馬鹿騒ぎ。テツが嫉妬に狂うといつもこうだ。
もう周りの皆んなも慣れてしまっていて、騒ぎまくってるこっちを見向きすらしない。各々も俺らに負けないくらいのボリュームで盛り上がっている。
そこへ黒シャツに制服スカート姿のミヤビが戻って来た。
「あれ? まだ先生来てないの?」
「そう言えばとっくに時間過ぎてるな」
言われてみればもうホームルームの時間。担任が遅刻するなんて珍しい。
クラスの面々は未だ自席に戻らないが、ミヤビは俺の前にある自分の席に座り、体をこちらに向ける。
「それでフカサク君はどうしちゃったの?」
「はぁ……黒ティーに制服スカート……眼福眼福……」
俺たちの横で椅子に座らず悶絶しているテツ。
まともに話し掛けない癖に真横でそのリアクションが取れるのは何故なんだ。
もうミヤビがするならどんな格好でも良いんだろうな。
「いつもの発作だ」
「そっか。あ、ねぇねぇ漫画読んだ?」
「一巻だけ」
「遅い遅い。もっと読んで語り合おうよー」
「明日から土日だからもう少し待っててくれ」
そうして借りた漫画の話をしていると教室の前のドアが開き、同時に担任の声。
「おーい。座れ座れ」
その声でさっきまで駄弁っていたクラスは一瞬で静まり、自分の席に。
何処からどう見ても先生と思えない金髪でジャージの担任の名は
それで良いのかユウキちゃん。
「先生また煙草ですかー! イケてますねぇ!」
テツが気さくに煙草を指摘する。
するとユウキちゃんも得意げに鼻を鳴らした。
「安心しろ。お前らの前で吸うのは毒素がないクリーン煙草だ」
「絵面がクリーンじゃない」
「安喰、何か言ったか?」
「いえ、言ってません」
俺の前でミヤビが全力で首を横に振る。
「今日遅れたのは理由がある。実はこのクラスに新たな顔が加わる。まあ転校生ってやつだな。ちなみに女子だ」
「「「うおおおおおおおおおおおおお!!!」」」
転校生が女子と聞いて男子連中は大騒ぎ。女子軍団がそれをとても冷え切った目で見ている。
「今の時期に転校生? 珍しくない?」
「入学したばっかりだもんな。家の事情か……暗い理由じゃなければ良いな」
「その時はこっちでピッカピカにしてあげれば良いじゃない」
「他人任せは良くないぞ」
「まだ決まった訳じゃないでしょ。アタシだって仲の良い友達くらい欲しいわよ」
膨れっ面でミヤビは言う。
転校生なら自分を特別扱いしないだろうと期待しているようだ。
色々と優れているのはそれなりに苦労がありそうだ。特に容姿に関しては良くても悪くても苦労するのだろう。
なまじ完璧超人に映ってしまう背景もあると思うけど。
「入って良いぞ」
「はい!」
「「ん?」」
聞き覚えのある元気な返事に俺とミヤビの声が被さり、入ってきた姿に目を見開く。
ボブカットで黒いリュック、元気と天然が服着て歩いているような転校生は先程河原で財布を落とした思い込んでいたあの子だった。
そして、汗だくだ。
「今日からこの学校に転校して来ました。
「「あーーーー!」」
「あ! 二人はさっきの! 同じ学年だったんだ!」
今の今まで学校に居なかったのか。そりゃ見覚えがないはずだ。
俺たちと会った時に敬語だったのもネクタイで色分けした学年を知らなかったからだろう。
「なんだ? 顔合わせしてたのか?」
「はい! ついさっき財布探すのを手伝って貰いました! リュックの中に入ってたんですけどね……あはは」
顔を赤らめて笑うリュウザキに男子たちの顔がとろっとろに蕩けている。
こいつら……ほんと可愛い女子に目がないな。気持ちは分からんでもないが露骨過ぎる。
その一方で、右斜め前に座るテツが俺を細目で睨んでいた。
「またか。またオレを残して可愛い女の子と仲良くなりやがったのか……」
「おい、ミヤビの所為だぞ。責任取ってテツと仲良くなれ」
テツに聞こえない声量でミヤビに言う。
「だってフカサク君、アタシが話し掛けると尊死するんだもん」
「……目に浮かぶよ」
「悪い人じゃないのは分かってるんだけどねー」
俺とミヤビがこそこそ話している間にもリュウザキは自己紹介を進めている。
好きな食べ物がハンバーガーで身長が百五十九だとか。聞き取れたのはそれくらいだ。
暴走列車のように口を走らせるリュウザキはユウキちゃんの咳払いで制止。
「そろそろ自己紹介は終わろう。最後に何故ここに来たのか言ったらどうだ? この時期に転校なんてこいつら全身不思議がってるぞ」
受け持ったクラスをこいつらと言うな。
「そうですね! わたしは高校バイク選手権で優勝する為に転校しました!」
「はっ……?」
あっ、まずい。思わず声が出てしまった。
しかし、一瞬で切り替わった教室の雰囲気に呑まれ、特にリュウザキから突っ込まれなかった。
可愛い転校生の登場で大盛り上がりの空気から一転、教室はどんよりとしたお世辞にも良いと言えない空気が流れ始める。
「えっ? えっ?」
能天気そうなリュウザキも空気の変化は分かったらしくキョロキョロと見渡す。
だが、誰も反応しない。
俺はテツの肩を叩く。
「テツの出番だぞ」
「オレ!?」
「おちゃらけたお前なら良い感じに伝えられる。頑張れ。横でミヤビが見てるぞ」
「こら。アタシを出汁に使うんじゃないよ」
「ミヤビちゃんの出汁!?」
「絶望的に気持ち悪い単語を生み出すな」
なんだよミヤビの出汁って。ただの汗じゃん。
横でミヤビがドン引きしているぞ。気付いてないのか?
「そう言うことなら任せたまえ。ケイちゃん!」
「はい!?」
「実はな、とても言いにくいからなるべく明るく言う! ここの学校にバイク部はない! 選手権開催してから一度も立ち上がったことがない! ドーンマイ!」
「へ……?」
リュウザキの表情が固まる。絵に描いたようなアホ面。
三ない運動がなくなり、高校生のバイクレースが開催されるようになったが、まだまだ浸透していない部分もある。
昔ながらの不良が多く、バイクのイメージが段違いに悪い茨城は言わずもがな。
「えぇぇええええええ!?」
リュウザキの叫びはそれはもう悲痛な叫びだった。
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