第441話「勇者の独白」


【そもそも、彼女達に情を持ってしまったり、罪の意識を感じてしまうのは恐れ多いではなくて、本当ならそんな余計なことを考えるな、と彼女達は鬱陶しいと思うことだろうね】


 犠牲者を一箇所に、集めていくエヴァンとエミルへ、触手の視線は一点に集中している。未だに、頭を抱えうずくまっている小さな感謝の魔女へ向かって。


【犯罪者――そう言っても差し支えないほどに、感謝の魔女や対の魔女達は人々を意のままに操ろうとすれば、命さえも犠牲にさせたり、人質にしたり、非人道的な所業でさえも簡単に行ってしまう。それって、単純に本人達に罪の意識が無いというわけじゃないんだ】


「そうなのか? 好き好んで実験とかしているように見えたけども」


【それは事実さ。ただ罪悪感がないわけではないと思う。方向性が違うだけでね】


「方向性……ね」


 エヴァンは抱える人をちらっと見ては呟く。息を辛うじてしているものの、瀕死であるのは明らかであった。なにより、生きているのが不思議な状態で……衰弱したままで放置されていたのだ。


(これじゃ、このままの状態を無理やり生かされているようなものじゃないか。今にも死にそうで、苦しみから逃れたいはずなのに、それすらも叶わない状態が続いているなんて、とてもじゃないが、度が過ぎているだろう……)


 エヴァンはそう推測した。なにせ、自分が今まで見てきた人の中にも同じような状態の人はいた。それは必ず、一時間と経たずに命は消え去ったのだ。そんな人間がそれこそ両手で数え切れないほど、床に寝っ転がっているのなら、それは感謝の魔女の実験とも考察できたのだ。だからこそ、罪悪感がないという触手の言葉は耳を疑うようなもので、実際『勇者』の言葉を疑っている。


【実験体を殺す、殺さない。無意味に苦しませて申し訳ないとか、生きたいはずだろうに実験として生涯を終えてしまうことをすまない、とか思っているわけではない。それが正常な思考だとすれば、正しい方向だとすれば、歪なものはもっと残虐な罪悪感さ】


「……残虐な、ね。どういうものか想像もつかないんだが」


【そりゃそうだろうね。俺も彼女の心を見てびっくりしたよ】


「心なんて見れるのか」


【君の能力を勝手に使っただけだよ】


 その言葉を聞いて、エヴァンは触手を白い目で見る。また、勝手なことをして。報告もなしに、と愚痴をこぼしたかったが、それで有意義な情報を得られたとすればいいのかもしれない。何せ、エヴァンの中に残っている能力の残滓を把握しているのは、魂の状態の『勇者』にしか分からない。エヴァン本人がその残滓で何かできる感覚も備わっていない以上、宝の持ち腐れなのは文字通りで、使える者がいればその者に使ってもらった方がいいのは確かだ。


【感謝の魔女はね。非常に自分勝手というか、対の魔女全員が全員、自分勝手なんだけども。彼女は、殺してしまうことに対して、嫉妬しながらこう思うんだよ

 とね】


「………………は?」


 エヴァンは理解できなかった。唖然としたエヴァンをよそに、『勇者』はどんどん見てきたことを話していく。淡々と、少し感謝の魔女への侮辱も込めて。


【自分が可哀想。自分がなぜこんな役目を負わなければいけないのか。そんな立ち回りをしている自分に申し訳ない気持ちでいっぱいなんだよ。なにせ、そこにいる人間は道具どころか、自分を苛立たせる存在なんだから、できれば関わりたくない存在と、実験をしなければいけない自分が一番可哀想だと思っているんだよ】


 方向性が違う。その言葉の真意がまさしく、それであった。犠牲者や実験体と呼ばれる人たちへの、申し訳なさじゃない。自分がこんな実験をしなければいけなくなった、過去の自分に申し訳ないと思っているのだ。

 正常ではない。率直に思ったエヴァンは、ふつふつと心の中からマグマが煮え立つような感覚を覚える。


【だから、罪悪感なんて感じなくていいし、理解できなかったとしてもしなくていい。常人でありたいならね】


 そう吐き捨てる『勇者』は、残酷なほど冷たく、徹底したほどの敵対心を備えていた。

 もちろん、それを聞いたエヴァンやエミルが、まっさきに心変わりができるなんて土台無理な話で、なるべく考えないように、犠牲者の体を運んでいく作業に没頭するしかなかった。

 そのおかげか、広大な空間に散らばっていた犠牲者を僅か一時間も経たずに、集めることができた。


 

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