第442話「逃避行」
無事、犠牲者を一箇所に集めることはできたものの、その光景は異様であった。真っ暗な部屋の中、蝋燭によって照らされた犠牲者――男性達は、時に呼吸が浅く、目は開いているものの瞬きをしない状態であったり、顎が外れたままであったり、心臓の音がエヴァン達に聞こえるほどの爆音になっている者や、中にはあまりにも小さく生きているのか怪しいほど真っ青な者など、様々であったが、その誰もが生きていることさえ不思議な状態に変わりない。
そんな彼らへどんな魔術、もしくは能力を使うのか落ち込んでいたエミルは、僅かに好奇心で気分が持ち上がる。
「で、『勇者』さんよ。どうやって、この人達を運ぶ?」
【そうだね。空でも飛んでみるかい?】
触手がお茶目な声音で言ったことは、とてもじゃないがあまりオススメできない手段であった。
「冗談でも辞めた方がいいだろ」
【そうだね。これだけの多人数が空を飛んでいるとなれば、明日の朝刊を飾るだろうね】
「間違いなくな」
ストラ領の新聞と呼ばれるものは、毎日刊行されていない。特別な行事や、特別な出来事、危機が迫った時――ストラ領の周りに点在している村が『魔王』に襲われた時などの緊急時にのみ発行される。
もし、これだけの人間が大空を漂っているとなれば、特別な出来事として紙面に刻まれることだろう。
「なにより、エミルは高いところが苦手なんだ。できれば別の方法がいいな」
そう気遣いを声に出すエヴァン。落ち込んでいるエミルを、さらに追い込むような出来事はなるべく起こしたくない思いからで、その言葉を聞いてエミルはコクコクと赤毛を縦に揺らす。
【そうだね。よほど、怖い思いをさせてしまってごめんよ。だけど、空以外となれば――ふむ、地下を進んでいくかな?】
「地下は……え、ここからストラ領までを掘り進んでいくのか?」
それ以外にあるかい? と言いたげに触手は先端が上から下へと動く。それは、人間であれば頷きの動作に近いもので、『勇者』はそういう意図で動かしたのだろう。
「それだと――」
「それは難しいかと思います。王都の地下はとても掘り進めないほど、硬い地盤に覆われていると聞いたことがあります」
それまで黙っていたエミルは、積極的に情報提供を始めた。落ち込んでばかりではいられない。時には考えを捨て去ることも成長だと、切り替えたのだろう。
「地盤か……。それに、ここからストラ領まで掘り進んでしまったら、直接俺達のところへ侵入できるし隠れられる経路になってしまわないか?」
【確かにそうだね。わざわざ人を運ぶのに、掘り起こされていない地下を掘りながら通るなんて非効率極まりないし、なによりその道を作ってしまうのは危険だね。悪い泥棒が悪巧みをしやすく、実行も容易くしてしまうからね】
却下だ。そう言い捨てると、いよいよ、選択肢は消去法でも少なくなっていく。
「……俺の能力の残滓に使えるものはないか?」
【んー……あるにはあるけども、人数が多すぎるね。君達だけならまだしも、数百人を超えてしまうと残り物だけでは限界がある。精々、数人――五人までかな】
「随分少ないんだな」
【そりゃ、残滓だから。欠片程度のものに過度な期待を抱かない方がいいよ。『救世主』で強化したとしても、限界はあるんだ。いわゆる上限値というやつかな】
「……そこら辺はよく分からないから、別の方法か」
うーん、と唸ってみるエヴァン。しかし、それで答えが出てくるのなら苦労などしない。ただ、悪戦苦闘するエヴァンやエミルに対して、触手は子どものような声音へと変化していく。
それも、いたずらっ子のように。
【じゃあ、こういうのはどうかな? そこの感謝の魔女に手伝ってもらうというのは】
「……」
「……」
「「…………は!?」」
同時に上がった驚きの声を聞いて、喜んでいたのは『勇者』だけだろう。なにせ、感謝の魔女から逃れるための作戦を、感謝の魔女に手伝ってもらうのだから、意外なんてものではない。
無謀だと、エヴァンは率直に思ってしまったのだ。
それでも、『勇者』は自信満々に、なにか信じられるものがあるらしく、くねくねと触手らしく左右に揺れ動いていた。
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