第438話「作戦とは名ばかり」
【まず初めに、エヴァン。この説明の後、あの場所へ――身の毛もよだつような不快感の居場所へ降りるわけだけど、忠告というか注意というか。警告しておく】
「この期に及んでまだ言うことがあるなら、いっそ全部吐き出してくれ」
エヴァンが抱いた不満は、最も率直で素直なもの。今ここで、不必要な会話を行うことはあまり事態が悪化していく原因になってしまう。と、考えているエヴァンにとっては、苛立ちの根源ではあった。
【まぁまぁ、そう怒るな苛立つな。簡潔に言ってあげるから。
「……は? それじゃ今までのは――」
【無意味だった、そういうことではないよ。君が彼女を助けたいという気持ちはとても大事なものさ。作戦の要を握っているからね。でも、感謝の魔女を
冷たい言葉が、エヴァンの耳元へと届く頃には大体の事情を理解できるくらい。エヴァンは、その言葉の本質を捉えることができていた。
「……つまり、
【そういうこと。勤勉の魔女の支配下にある彼女のことだ。先延ばしにしても、死にはしないだろう。せっかく増やしている手駒を失うような真似はしたくないだろうし、するとすればそれこそ、世界の根幹が捻じ曲がった時だろうし、何より俺たちには――エヴァンには、成さねばならぬものがある。どう? かっこつけてみたんだけども】
「二度としないでくれ」
エヴァンの突き放す一言に【えー】と不満げな声で返す触手は非常に幼い感性の持ち主であった。成長していないと言われればそうかもしれないが、それをエヴァンが口にしてしまえば『浮遊』の能力を解除され、地面に真っ逆さまという脅しをされるかもしれないと思うと、口にしないよう奥底へ引っ込んだ。
【それに、今すぐなんとかしなきゃいけないわけじゃないんだ。君が
「……? それはどういう」
【さ、長話もここまでだ。しっかりと俺の役目を果たさせてもらおう】
エヴァンの質問を強引に切り替えた『勇者』。そんな彼に追及できるわけもなく、エヴァンは口から出た言葉を飲み込む。
【降りてから、感謝の魔女はそうだね。これはあくまでも俺の予想だけども、怨嗟の声は止まるはずだ】
「怨嗟……ね」
【すると、君達がなぜ逃げたのかを聞いてくるはずだ。それに対して、エヴァン。君は適当な理由を言って逃れてくれ】
「適当て、そりゃまた投げやりすぎないか」
エヴァンがこぼすのも仕方の無いことではあった。作戦というのだから、ある程度変則的に動かなければいけないのは重々承知の上で、エヴァンも耳を傾けている。しかし、参加者の判断に委ねるというのは、信頼の裏返し――つまりは、大雑把な部分を他者に任せてしまう危険性は充分にあるということだ。
「もし、俺が緊張で失敗したらどうするんだよ」
【大丈夫。成功しようが失敗しようが結末に変わりないから】
エヴァンの疑問に、触手はこれまた無責任に吐き捨てる。しかし、それに対して文句を一つでもぶつけてやろうとエヴァンが口を開くよりも先に、触手はゆらゆらと揺れ動く。
【だって、君。あんだけ恨み妬み嫉みを持った奴が、君の言い訳を素直に聞き入れると思うかい?】
「……いや、思わないけども」
【だから、聞き入れたとして聞き入れなかったとして、やるべきことは変わりないんだよ。結末に変化がないんだったら、君に任せても問題ないんだ。大丈夫、失敗して殺されそうなら逃げればいいし】
「そんな簡単に言ってくれるなよ……」
エヴァンの気持ちが下降気味なのを現しているかのように、声音が下がっていく。逃げればいい、なんて簡単に言ったとして、簡単に実行できたとして、彼女達対の魔女は執念深いのは言うまでもない。それこそ、感謝の魔女の変貌からして、逃げることは得策ではない。それは間違いないだろう。
「あいつら、逃げたら何をしてくるか分からないのに……」
【まぁ、言ってみただけだよ。逃げるのは最終手段として、の話だ】
それならいいが、とエヴァンは納得いかないながらも、仕方の無いことだと諦めの境地で頷く。
しかし、そうならないのが一番ではある。逃げたらどうなるか分からない。黙する鴉に被害が及ぶ可能性だって、エヴァンの親しき者達が犠牲になることだって考えられる。それだけは絶対に避けたい思いから、エヴァンは例え最終手段だったとしても、実行するかどうかは決め兼ねている段階にあった。
【さて、そんなエヴァンから適当な言い訳を聞いた彼女はきっと、こう言うだろう。「それでも、逃げられる術があるのは妬ましい」と、そして次の標的はエミルさんになる】
「え、私……ですか」
唐突に、エミルへ対象が切り替わる。本人が考えているよりも、早くに出番があることを彼女は驚きという表現で伝える。実際、エヴァンが考えていたのはエミルの何か能力を用いて、感謝の魔女の場を切り抜けるか、いっそのこと逃げ出すか、と考えていたのだから、彼も同様に瞳が広がっていく。
しかし、そんな二人を置いてけぼりに『勇者』は語る。
【感謝の魔女は、君のような同性を毛嫌いしている――いや、拒絶しているからね。嫉妬や羨望の対象になりやすいのは容易い話さ。今まで、君にだけ当たりが強かった理由がそれだろうね。逆に、俺たちには丁寧であったからこそ、確実に君を標的に嫉妬をぶつけてくるはず】
「……そうしたら、どうすれば。私、感謝の魔女様から言い逃れできるような話術とか魔術だって未熟ですけど」
【大丈夫。そんな君に魔法の言葉を教えてあげる。それを言えば、万事快調に物事が進むようなもの。きっと感謝の魔女も思わず、二人を責め立てることなく帰してくれるような文字通り魔法の言葉をね】
そんな彼は――触手は、自信満々に宣言したのだ。そして、流れるように二人へ魔法の言葉を伝えるが、エヴァンはともかく、エミルはそんなたった一言で、状況が一変するとは思えず、信じきれないものではあった。
しかし、作戦はそれだけ、と触手が終結させるものだから、やってみるしかない。
そんな彼らは、ゆっくりと能力研究所へと降りていった。
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