第437話「活性覚醒」


【まず、動き出すのは感謝の魔女の怒号が収まってから――というのは、些か時間がかかると思う。だから、この後すぐに事を起こそう】


「は? それじゃ、あの悲鳴を直接浴びることになるんじゃ。危険すぎないか」


【危険ではある。でもそれは丸腰で行った場合の話だろう? 君は敵地に乗り込む時、何も持たず。護身用のナイフすら持たずに話術だけで乗り切れると思っているのかな?】


「そんなことは……」


 ない。とは言いきれないけども、そんな珍しいこともないのが事実。特に対の魔女が相手であれば、話術だけで難を過ごせていたら、今彼らは空中ではなく、地面に足が着いていたはずだ。


【少なくとも、感謝の魔女しかり対の魔女は君――『救世主』やその周りの人間を憎んではいるはず。そうなれば、いつだって気に入らないことがあれば今回のように我儘な癇癪を起こすだろう。殺すつもりはないにしても、間違えて殺してしまったとか言いそうだしね】


「……」


【それに、彼女達を救うというのはあまりにも傲慢かつ、強欲だよ。彼女達は、人間に絶望している。だからこそ、人々の領域から外れた神域を夢見ている。そんな対の魔女達を、この世界に連れ戻す方が余計に残酷だと、思わないかい? 『救世主』様よ。人には収まるべき器と居座る玉座があるのだよ。それがボロボロの今にも崩れそうな腐った木片でできているか、冷たいそこら辺の巨岩を削ってできた石か、羊毛を毟りとって牛から皮を剥ぎ取り更には丁寧になめす手間を掛けた玉座か。彼女達は与えられた椅子に座っていたいだけ、そうだと思わないかい】


 触手の言っていることは正しい。むしろ、そう考えない方がおかしいくらいには、筋書き通りなのだ。彼女達――対の魔女達をエヴァンが助けるのは、ただの傲慢でしかない。彼女達が救いを求めたか? 助けが必要か? ただのエヴァンの思い込みではないのか? そう考えないわけではなかった。

 だからこそ、容赦する必要がない。赦しを与えるべき、処罰を受けるべき時間はとっくに過ぎているのだから、手加減するのは本人にとって最大限の侮辱だろう。触手はそういうことが言いたいのだ。『勇者』は、裁きたいのだ。救いではなく、罪を償わせる方向で。罪を与える方法で。


「……でも、だからといって、全部が全部悪いと決めつける方がおかしいだろ。確かに、人は殺した。倫理観なんか一切ない。でも、それでも、彼女達は救われるべき存在ではあるはずだろう」


 なぜ、この場面で。作戦を話していく流れで『勇者』がエヴァンに問い掛けたのかは、彼に自覚させる必要があったからだ。

 認知していた事実と、現実を再確認し、そして力と成すため。


【そうかい? 今の彼女はただただ、人々の欲望に嫉妬する愚か者だと、見る人はそう貶してしまうくらいじゃないかい? そんな彼女でも、過去に嫌な思いをしたとして、それは彼女自身が招いた結果ではないか。受け入れ、さもなくば諦めて然るべき、だと俺は思うけど】


「それは……そうかもしれない。でも、彼女は望んで不幸になったわけじゃないだろ」


 押し問答。どちらが正しいかなんて、それこそ当人にしか分からないようなもの。今、他人同士が言い合ったところでお互いの持論が決着することはなく、不毛な話し合いとなるだけ。時間が浪費されていくだけ。

 ただ、それはあくまでも、何も意味がないとすればの話で、エヴァンにとって意味のある会話であることは確実であった。


【そうか。じゃあ、彼女に聞いてみなければいけないだろうね。このままでいいのか。はたまた、閉じ込められた魂を牢獄から救って欲しいのか。呪縛から解き放って欲しいのか】


「……お前」


【さて、意思確認は大方分かったところで、本題へと移ろう。曖昧で、決まった返事ではないにしても、君がやりたいと思うことに、俺は賛成するよ】


 エヴァンが悩んでいたわけでも、心がどっちつかずにさまよっていたわけでもない。ただ、彼は二つの考えられる選択肢を見て、どちらが正解かを導き出せずに狼狽えていたのだ。片方は、エヴァンの自己満足に過ぎず。片方は、本人を優先し周りが不幸になることを許容してもいいのか。それを許していいのか。その狭間に立っていたエヴァンを動かしたのは、他でもない『勇者』であった。


【君は本当にどうしようもない人間だよ。あれだけ、残酷なことをしている人間に罰を与えるわけでも、償いをさせるわけでもなく、手を差し伸べるなんてね。報われないよ、本当に】


「別に、犠牲になった人を蔑ろにしているわけじゃない」


 エヴァンは、真下を見つめる。曇天によって、細部を把握できるわけではないが、確かに能力研究所のある場所だけは空間が歪んで見える。王城に住んでいる国王や王妃、その他大臣といった人を『魔王』から守るための、術式だろう。空から侵入できないような障壁が、空間に歪みを生み出しているのだ。

 そこにたくさんの人が、犠牲になって犠牲になろうとしているなんて、思わないほどに。


「罪は償ってもらう。ただ、そのためには自分の犯した罪を認めてもらわなきゃいけない。だから、その手助けをするだけだ」


 仕方ないと肩を撫でながら赦すことではない。ただ、犠牲になった人のためには、ただ罰を与えるだけではいけない。しっかり反省し、悔い改めることが本来望ましい罰そのものだろう。

 しかし、それを受けてなお、触手は僅かに諦めたようなそれでも期待しているであろう声音を用いて。


【じゃ、自覚も済んだところだし具体的な作戦説明といこうじゃないか。そこの赤毛ちゃんも首を長くして、天を貫きそうだしね】


「そんなことは……!」


 否定するエミルではあったが、『救世主』の能力やエヴァンの思惑思想、やりたいことを全て把握できていない彼女にとって、エヴァンと触手のやり取りは意味不明すぎていた。だからこそ、着実に回り始めた歯車が確認できた『勇者』は、改めて語り始める。

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