第431話「みえているものとみさせないもの」
「で、金髪の……えっと、名前は」
「ヘレナです。ヘレナ・ベルヘイム」
「して、ヘレナさん。『救世主』エヴァン・レイは、どんな依頼を持って帰ってくるのです?」
挑戦的な蒼眼がヘレナの一挙手一投足、言葉の最初から最後までを見つめるようにジッと捉えて離さない。その瞳を受けてなお、恐怖の対象でもある『魔王』から睨まれている状況でも、ヘレナは平静を崩すこともなく、むしろ、どんな言葉で『魔王』を動かせるか少しだけ、下がっていた気分が上昇していく。
「エティカちゃんを人質にする間、『魔王』を討伐しなければエティカちゃんを次の『魔王』にさせる。そんな感じでしょうね」
「……」
ヘレナからの言葉に、ロイアは少しだけ考える素振りを見せ、肉感の薄い唇を開く。
「それが、なにか問題あるのです?」
魔人族でもあり、『魔王』である彼女にとって、エティカが『魔王』へと昇華するのは願ってないことでもあった。ゆえに、互いの主張はすれ違う。
「わたしは『魔王』であって、そして世界を滅ぼす使命を持っていますのです。これは生まれてから今までにも、仕方がないことだと諦めていたことです。だから、それを代わってくれる者がいるのなら進んで譲るほどには、救いを求めているのです。それが――それで、エヴァン・レイが『魔王』討伐しなければいけないことに変わりは――」
「例えば、対の魔女が考えているのは『魔王』にさせることではないかもしれませんよ」
ロイアの台詞を遮ってまで、あえて気になるような言い方を選んだヘレナ。この状況において、どちらが優勢かなんて関係なく、ただただ、この場面においては『魔王』がエティカを保護しなければいけない理由を説明することにあった。
意見の対立ではなく、可能性の提示。
「……なに?」
「ロイア様。平静に。目が怖いですよ」
一体どちら側に立っているのか分からないような発言をするローナであったが、この黙する鴉の面々と対面している中では、彼女だけ――白髪の少女だけは、味方が一切いない孤立無援の状態である。もし、議論をするならば、そのままでもいいのだが、この目的は――葡萄酒まで差し出した理由は、先述の通り、ロイアにエティカを保護しなければいけないと思わせることである。
そのためになら、味方側の立場に居座るのも、友好的かつ有効的で、円滑な説明には欠かせないものであるのだ。
「……うぅん。それで? エティカ様を『魔王』にさせないということは、一体なんのためにエティカ様を人質にするのです?」
「分かりません」
ヘレナの、自信満々の言葉に思わずロイアは目が点になってしまう。先程まで一瞬でも凄んでいた瞳は、驚愕によって開かれ、ヘレナが――金髪の身重の女性がなにを言っているのか理解できなかった。
「もっと、詳しく言うなら。私達の考えられる範疇にはないということです」
「……」
「そもそも、対の魔女が『魔王』と『勇者』が対立するようにしていること自体、回りくどく他人任せの癖に要求だけは一丁前に、傍若無人ではありませんか? 自分達ですれば、もっと自分達の思い通りになるはずが、対の魔女はそれをせず、能力を持っている者に委ねている」
「…………」
「そんな彼女達が自分の手の中に落ちてきた『魔王の器』をただただ、そのまま『魔王』に昇華させるのは当たり前過ぎる。もっと、もっと。酷いものにさせる可能性の方が高いでしょう」
根拠なんてない。ただのヘレナの想像で、ただのヘレナの妄想で、ただのヘレナの思い込みで片付けられるようなものではあるが、この言葉を――考えを投げる相手は非常に効果的な者なのだった。
誰よりも対の魔女と関わり。
嫌というほど対の魔女と関わり。
始まりを無理矢理作らされた彼女にとって、一般人が考える範疇に、範囲に対の魔女がいないことなんて痛いほど理解できるのだ。
「……一理あるです」
ポツリ、過去の出来事を思い出していたロイアには、吐き出すだけで重い声音が空気を沈みこませる。重みが違う。なにより、見てきたものが違う。
酷く理解でき、納得して、その通りだと共感してしまうほどに、ヘレナの主張は胸に響いたのだ。
「…………対の魔女は――アイツらは、いっつも最悪の結末を想定して、その中でも無意識にでも考えたくもないことを真っ先に行うのです。例えば、対の魔女がエティカ様を人質にすれば、『魔王』と『勇者』が争い続けることを面倒に思っているはずですから、自分達の都合のいい時に人間を殺して、ある程度間引きが済めば、眠らせる。なんて、道具のような扱いができるようにするはずです」
「……」
「なにより、今までの『魔王』と『勇者』の対立そのものを物珍しく観察していただけで、興味がなくなればいつだってそのつもりであったはずです。その機会を与えてしまうのは、それこそ人類だけでなく、魔人族にだって少なからず影響はあるはずです」
エティカは、紅色の瞳を徐々に伏せていく。
ある意味、自分が要となっていることはほんのりとした感覚で理解はしていた。しかし、ここまで自分の所在が人類全体に影響を及ぼし、世界根幹さえ覆すような結果になることは想像できていない。想像さえできるものではなかった。だからこそ、言葉にされればされるほど、エティカはいっそのこと自分がいなくなれば全て解決するのではないかと勘違いしてしまうのだ。
「エティカちゃん。あなたがいなくなったら、誰がエヴァンの帰りを待つの?」
ただ、そんな状態を瞬時に見抜くのが、ヘレナであって、優しく母親の穏やかな笑顔は俯き隠し通そうとした気持ちを上向きにさせる。
「……でも」
「でもじゃない。あなたはエヴァンに救われた身でしょう? 助けられた命でしょう? なら、あなたはエヴァンと一緒に生きていくか、その命が自然と消えるまでは生きなきゃいけない呪いを持っているのよ。簡単に消えればいいとか、死ねばいいとか思わないの」
「呪いとは、言い得て妙です。ふむ、確かに、先ほど考えを挙げた通り、エティカ様をこのまま放置しておくのは問題があるのです。エヴァン・レイに負けるつもりはないのですが、その後、対の魔女に殺されるか処分されることを思えば、エティカ様を誘拐しておいた方が魔人族の存亡も含めれば、賢明というものです」
人を縛り付けるのはいつだって人である。
それは呪いとして、呪縛として、苦しめるものではある。しかし、それを心地よいと思う者だっている。そのことに感動して、涙を流す者だっている。死んでいいものはいない。死んで良かったなんてない。いなくなってもいいことはない。人は生まれながらに、生きねばいけない呪いを抱えて、進んでいくのだ。真っ暗闇か。はたまた、照らされた誰かの道を。
そして、救いとは呪いから解き放つことではない。
共に支え合い、寄り添いながら転ばぬよう手を繋ぎながら歩くことを、救いとするならば、エヴァンの目指しているところはそこなのだろう。
「……ところで、ロイア様」
「なんです紫ちゃん」
「失礼なことを言って申し訳ありませんが、ロイア様も、魔人族の存亡を気にされているんですね。てっきり、簡単に見捨てるような方かと思っていたもので」
「なんと失礼です。わたしも魔人族の王です。彼ら彼女らの平穏を守るために、行動するだけの覚悟と指導者たる自覚はあるのです」
自由気ままに殺戮を行い、勝手気ままに世界をまたにかけ、我儘に淘汰していくのかと思われていた『魔王』であっても、名ばかりではないようで、しっかりとした責務を全うしようとしているのだ。しかし、そんなことが意外だったのか、周りに反応は刹那の静寂が訪れる。
「これでも、民達からの信頼は厚いのです。そんな民に二度と対の魔女を近づけさせないためなら、エティカ様を誘拐することはやぶさかではないのです」
それでも、自分が主導権を握りたいのか、そんな煮え切らない言い方をしていた。しかし、ローナから葡萄酒を一本持ち帰ってもいい、足りなければ白桃酒も持って帰ればいいと、交換条件を提示されると、菓子を貰った子どものような笑顔でエティカ誘拐作戦に即座に同意したロイアであった。威厳やら、民から信頼を集める王としてはあまりに幼い、そんな感覚の彼女でさえも対の魔女を警戒している。それだけ恐ろしい者だという事実を残し、ロイアと誘拐されるエティカは黙する鴉から離れることとなった。
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