第430話「保護と庇護」


「簡潔に申し上げますと、人族を人質にしてエヴァン・レイへ『魔王』討伐をするように促しています」


「なんだ、それくらい訳もないです」


「……しかし、人質が数十名程度には」


「――それは、あくまでも一般人の感性です」


 ローナの言葉に、ロイアは嘆息気味に吐き出す。重苦しいものではなく、ただただ呆れた気分を口から流れ出てくるように。


「対の魔女が人質なんて取っているとは思わない方がいいのです。対の魔女が捕まえた人間はあくまでも、道具として利用価値があって、都合がいいように『救世主』を動かせそうだから、いい機会だし使ってやろう。みたいな考えに違いないのです」


「……」


「それに、今まで『救世主』が動かなかったことに腸が煮えくり返るような思いをしていたのは、何も対の魔女だけではないです。むしろ、今までなぜ何もしてこなかったのか。そう問い詰めたい気分ではあるのです」


「……エヴァンは」


 ロイアの愚痴は、その場を支配するには容易いものではあったが、その中でも反論を。今までのエヴァン・レイを見てきた少女は、考えが纏まっておらず言葉にするのも中々出しにくい状況、状態にも関わらず待ったを掛けた。


「エヴァンは、なんです?」


「…………エヴァンは、今まで何もしていなかったわけじゃない。むしろ、いっぱいしてきたんだと思うよ」


「……ふむ」


 具体的に、どんなところがと言いたげな蒼眼はエティカを捉える。捕らえて、囚らえる。


「だって、わたしが今ここで生きているのも、貴方よりも大きな背になれたのも、エヴァンが救ってくれなかったからだし、『魔王』を討伐することはエヴァン自身、あまりしたくなさそうだったもの」


「なにを腑抜けた考えを」


 エティカの見てきたことを、ロイアは叩き落とす。言葉の暴力。否定をもって、相手の反論をより押さえつけるものを、ロイアは――白髪の少女は、容易く行うのだ。


「いいです? 『勇者』は『魔王』を倒す。『魔王』は『勇者』を倒し、人類を滅亡まで追い込む。その『勇者』の代わりを任されたのならば、『魔王』討伐に向けて努力否冒険に出かけるべきです。それをしないのは、本来の目的を忘れるか、運が良ければ見過ごされることを願うような甘えた考えの癖に、救いを求める者を助けたところで全部を庇いきれるわけが無いのです」


「でも、エヴァンは『勇者』じゃない」


 この議論に正解があったとすれば、お互いの妥協点を見つけて、それに双方が納得するしかないが、この状況においてはエティカとロイアの考えを擦り合わせる段階なのだ。見てきたものも、考えてきたものも、本人――エヴァンを見てきたか、そうじゃないかによって主張は変わる。


「それもそうです。アイツが『勇者』を殺さなければ良かっただけなのです。それをアイツが殺してしまって役目を背負ってしまうなんて、自業自得といえるのです」


「それは……!」


 思わず、感情が昂り椅子から立ち上がり、ロイアに向けて詰め寄るエティカ。しかし、それを見た白髪の少女は、片目を瞑りながら口に人差し指を立てる。

 まるで、言わなくてもいいと。

 まるで、知っているから大丈夫だと。

 言っているかのように。


「もっとも、救いを求めているのは人間だけでないこと、一番救いを求めているのはわたしであって、『魔王わたし』なのです。エヴァン・レイは、ただ順番を間違えているだけなのです」


 勢いよく立ち上がったエティカは、ゆっくりと椅子に座り直す。感情に任せて、突発的な行動をしてしまったことに若干の後悔はあるものの、それよりも一番気になるのはエティカの反論を封じたロイアの姿である。

 なぜ、言わなくてもいいとウインクまでして、エティカへ言葉にせず態度で伝えてきたのか。もしくは、言葉にしてはいけないことでもあったのだろうか。それとも、自分の意見を押し通したいために、気勢を削いだのか。エティカには、ロイアの考えていることは分からないが、少なくとも白銀の少女の亡命がなぜ必要なのかを聞いてくる以上、彼女は欲しているのだ。

 助けるだけの理由と、助けた場合の利益を。


「なら、こうしては如何でしょう」


 そんな二人の間に入れる者といえば、紫髪の給仕――ローナ。ではなく。

 金髪の女将であった。


「彼――エヴァン・レイとエティカは恋仲にあります。今ちょうど彼は対の魔女の企みによって、王城――ラスティナ王都にいます。しばらくは、恐らく日が暮れるまでは帰ってこないでしょう。

 そして、彼はきっとこんな依頼を持って帰ってくるはずです」


 突然、ヘレナが乱入した理由は本人のみぞ知るが、もし答えへ導けるものを挙げるならば、彼女の能力がおおよその答えとなり、それがなにを見たかは言うまでもないだろう。しかし、それを口にしてはいけない。むしろ、黙っていなければいけない。そして、『魔王』自身が口にしてはいけないからこそ、ヘレナは助け舟を出したのだ。

 もちろん、いきなり口論に割り込んでしまったことにアヴァンは気が気でなく、いっそ意識を失ってしまった方が楽だと思うくらいには、不安に駆られていた。

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