第426話「感謝の勇者」


 邪魔。

 触手がはっきりと言ったのは、邪魔をしようと思っただけ。つまり、彼があえて触手だけの姿でも、出てきた理由はこの対話にあるのだろう。

 無機質な、感情の抑揚もない機械的な音声でも、感情は非常に悪餓鬼じみた意地悪を企んでいる悪い声をしていた。


【お前――感謝の魔女だとか大それた名前をしているらしいね。おこがましくも】


「…………えぇ、勤勉の魔女から授けてもらったものですので」


【ただ、提案している対話そのものは、エヴァンには利益が一切なく、自分にだけ得するようなものじゃないか。そういう無償の愛への感謝だとするなら納得だけども、お前がやっているのは善意の悪用そのものじゃないか】


「…………何を根拠にそんな――」


【簡単さ】


 形勢逆転。もしくは、かしこまった態度だからこそ、感謝の魔女は言い詰められているのかもしれないが、触手――『勇者』は非常に高圧的かつ優位を崩さないようにしていた。それを象徴するかのように、触手はピンと背筋を伸ばしているように一直線に伸び、感謝の魔女やエヴァンよりも高い位置から見下ろすような姿勢をとっている。


【俺は『救世主』の中にいるわけだからな。というかエヴァンとは一心同体なわけだ。お前らの言う同調というやつだ。そのお陰で、色々エヴァンが使えない能力でも俺は勝手に使ったりできるんだよ】


「……お前、そんなこといつの間に」


【暇なんでな】


 エヴァンが白い目で『勇者』を睨みつけるものの、あっけらかんとした言葉で華麗に流す。

 触手のように、掴みどころのない奴。

 エヴァンは変わらず、そんな印象を抱いていたが、感謝の魔女はそんなことを思う間もないように。


「…………そうですか。そうですかそうですか」


【つまり、勝手にお前が俺達の心を覗いていたことも、俺がどこにいるのか、どんな状態なのかを荒らしながら探していたことだって知っているんだ】


「……は? 心を覗く?」


 エヴァンの疑問も当然だろう。

 彼が世話になっている黙する鴉の女将こと、ヘレナ・ベルヘイムが所持している能力に近いものである。ただ、彼女の場合は見れば見るほど、見ようとすればするほど、非常に疲れてしまい最終的には動けなくなってしまうもので、それに似たものを感謝の魔女が持っているのだとすれば。先ほどまでの提案は、捉え方によっては罠となる。


【無制限に、無限に、対象を問わず、なんでも見える。そんな能力を使っていたんだよ。エヴァンがなんで悩んでいるのか、一瞬だけ悩んだことをなぜ感謝の魔女が気づけたのか。それは心の動きや相手の考えていることが見えるからに過ぎない。簡単な話さ】


「…………」


 触手が意気揚々と話している間、感謝の魔女は反論をせず黙ったままゆらゆら揺れる無色透明な物体を眺めている。前髪で目がどこにあるのか分からない状態ではあっても、顔は真っ直ぐと触手を見続けていた。


「だったら、さっきの提案は――」


【質問を投げる。するとエヴァンはある程度、どう答えるべきか考えるだろ。どこまで言っていいか悩むだろ。言葉を選んで、選定して、選別して、判定して、判断してなるべく話しても問題ない無難な回答を使うだろ。その間、エヴァンの中には言っちゃいけないこと、絶対に教えてはいけないことが秘められる。感謝の魔女はそれを見たいんだよ】


「…………」


 エヴァンは、『勇者』の言葉が真実かどうか相手の動向を伺うため、感謝の魔女へと視線を移すも、彼女は一切、微塵といっていいほど微動だにせず、地に根が張ったように動かず、制止していた。

 これからどうなるかを見届けるように。

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