第61話「純潔と魔王」

《イスルちゃんはぁ〜、喋るとこわぁ〜いからぁ〜、わたしがぁ〜、代わりぃ〜》


 非常にゆったりとした言葉に対して、イスルは気だるさ満点であった。


「おい、そういう事だからボクよりオムサに聞いてね」


 どうもイスルの話し方に違和感が詰まったエヴァン。

 もちろん、それを解決できる方法などないのだが。


「――で、ではオムサ様お願いします」


 困惑から即座に立て直したロドルナは、オムサに促す。


《じゃあぁ〜、まずはぁ〜》


 と言いながら、これから話す事を考えるように仮面の上から口の位置に指を添えるオムサ。

 その下は縫われている閉じられた口なのに。


《『魔王』はぁ〜、『勇者』のぉ〜、対の理由ねぇ〜。『魔王』と『勇者』は同時刻にぃ〜、発現したのよぉ〜》


 もったいぶるような感じでもどかしいエヴァンだったが、ただオムサの言葉を待つ。


《そしてぇ〜、


 エヴァンは耳を疑いそうだった。


《『魔王』は『勇者』をぉ〜、『勇者』は『魔王』をぉ〜、殺せるから対なのぉ〜》


 その言葉にエヴァンは質問をしてしまう。


「では、『救世主』で『魔王』を討伐する事は――」


《殺せないわよぉ〜、代わりにエヴァンちゃんがぁ〜、殺されちゃうねぇ〜》


 クスクス、と術式から笑い声が零れる。

 エヴァンは『魔王』を討伐できない。

 その事実に崩れそうだった。


《『勇者』が生まれるまでぇ〜、待つしかないのよぉ〜》


 崩れ掛けのエヴァンを面白がるように、子どものように笑いながらオムサは続ける。


《それまでぇ〜、『救世主』は人類が滅亡しないようにぃ〜、しなきゃねぇ〜》


 乾いた脳内をいくつもの考えが巡るエヴァン。

 ロドルナは、それを放っておいて質問を投げる。


「大体、どれくらいの期間でしょうか?」


《ん〜?》


 次は首を傾げながら、考えるオムサ。


《大体ぃ〜、二百年くらいぃ〜?》


 人族の最高寿命よりも長い年数が飛び出した。


《だってぇ〜、『魔王』は魔人族だしぃ〜、寿命まで待つならそうじゃないかなぁ〜、誰かが殺してくれるならいいけどぉ〜、『勇者』死んじゃったしぃ〜》


 二百年以上に渡る『魔王』による虐殺を食い止め無ければいけない。

 それは途方もないどころか、無理な事だ。

 エヴァンは人族。

 おおよそ八十年程で命は尽き、活動できる年数も限りがある。


「今までにも『勇者』か『魔王』のどちらか片方が生き残っていたと思うのですが、その時はどうなっていたのでしょう?」


 ロドルナの質問は、沈んだエヴァンには活路とも思えた。

 どちらか片方が生き残るのだ。今と同じ状況とも言える。

『勇者』は死に、『魔王』は生きている。


《今まではぁ〜、『魔王』は殺され続けてたねぇ〜、全戦全敗だねぇ〜》


 今と同じ状況ではない。


《『勇者』が死ぬまで『魔王』は現れなかったしぃ〜、今は『魔王』が寿命で死ぬまで耐えなきゃねぇ〜》


 それしか手段がないのだ。

 絶望的状況に立たされている。

 それでも、活路を何とか見つけたいエヴァンは重くなった口を開く。


「本当にそれだけなんですか……?」


《ん〜?》


「本当にそれだけしか、耐える事しか出来ないんでしょうか……?」


 そのエヴァンの質問にオムサはコロコロと笑う。


《ふふ、一応ぅ〜、他にもあると思うよぉ〜》


「本当ですか!?」


 このまま一方的に蹂躙され、潰された死体が増えるよりも、そこから抜け出す事ができるなら、その小さな針の穴でも縋らなければ人類は滅亡してしまう。

 その言葉に希望を見出したエヴァン。


《『魔王』がもう一人生まれれば『勇者』が生まれるねぇ〜》


 絶望から抜け出す事はできなかった。


「え……」


《『魔王』と『勇者』はぁ〜、同時刻に発現するからぁ〜、『魔王』が生まれれば『勇者』も生まれるねぇ〜》


 それは窮地きゅうちと何一つ変わらない気がした。


 例えその案を採用して、実行したとして『魔王』が二人の状況と『勇者』一人と『救世主』のみ。

 もちろん、『勇者』が生まれると確定した場合だ。

 大博打にも程があった。


《被害をぉ〜、極限まで減らすならそれが一番かなぁ〜》


「ま、『魔王』を生み出す方法があるんですか?」


 エヴァンは恐る恐る質問した。

 そんな恐ろしい方法があるのかと。


《あるよぉ〜》


 オムサの顔は仮面に隠れて見えなかったが、恐らく笑っていただろう。


《『魔王の器』を『魔王』に仕立てれば『勇者』が生まれるねぇ〜》

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