第60話「純潔」
これからいよいよ始まろうとした時、エヴァンは思わず流れを止めてしまった。
「あの、お二人と書記の名前をお聞きしても?」
謙虚の魔女や純潔の魔女と呼ぶのは些か抵抗のあったエヴァン。
名前くらいはいいだろう、円滑に話が進むなら、と思ったが、謙虚の魔女は大きな舌打ちをする。
「……イスルよ」
渋々といった言い方ではあったが、名前も打ち明けずそこで話が停滞してしまう事の方が気怠いと思ったのだろう。
イスルが名前を告げた後、純潔の魔女が続くかと思われたが、ロドルナが先に喋り始めた。
「こいつはベルトルト」
短く、そう言った。
ロドルナもきっと面倒臭いと思いながらも、話が途中で止まり脱線しない為に、仕方なく言ったのだろう。
「……」
イスルと書記のベルトルトの名前は聞けたが、純潔の魔女は一向に口を開く気配が無かった。
「あの、純潔の魔女様のお名前は?」
「ああ、ちょっと待って」
エヴァンの問いにイスルはそう答えると、純潔の魔女の喉元へ手をかざす。
それも一瞬で、すぐに手を離すと、かざした場所に円形の術式が小さく青い光を放った。
《ありがとうねぇ〜、イスルちゃん優しいぃ〜》
不可思議な声が響いた。
無機質で、感情の一切こもっていない無感情な、肉声とは思えない声が術式からエヴァンに届いた。
「いいから、名前言いなさい面倒臭い」
《あぁ〜、そうだねぇ〜》
純潔の魔女が喋る度に光を放つ術式。
魔女は魔術を簡単に、魔法のように操ることができる。
オーマの言っていた事を目の当たりにしたエヴァン。
数時間以上掛けて刻む術式を手をかざした数秒で、刻んだ事。
それが、どれだけのエヴァンの想像を超えるのか、エヴァンは固まるしかなかった。
《初めましてぇ〜、純潔の魔女のぉ〜、オムサですぅ〜。よろしくねぇ〜》
非常にゆっくりとした喋り方のはずなのに、聞こえる声が無機質過ぎてエヴァンを違和感が包む。
《本当はぁ〜、いっぱい声を聞かせたいのよぉ〜? でもぉ〜、声を聞いちゃうとぉ〜、死んじゃうからぁ〜、ねぇ〜》
と、言い続けるオムサは唐突に仮面に手を掛ける。
仮面に手を掛けたオムサは、仮面をゆっくり、見せつけるように外していく。
エヴァンの心臓を冷たい風が吹き付ける。
綺麗な純白の布の目隠し。
鼻は程よい高さがある。
しかし、それより下はエヴァン自身、目を疑った。
《わたしぃ〜、喋れないんですよぉ〜》
オムサの口は閉じられていた。
一文字に隙間なく
口を開けることも叶わない程に綿密に。
《声をぉ〜、聞くとねぇ〜、皆ぁ死んじゃうのぉ〜、だからごめんねぇ〜、死んだ姿が見たいけどぉ〜、ざぁんねん》
オムサはそう言い終わると仮面を付け直した。
エヴァンは彼女がなぜ術式で会話をするのかも、理解できた。
肉声で無ければいい。
筆談よりも簡単に術式を刻む作業だけで喋れるのだ。
だから、術式を使って会話するのだろう。
相手が死んでしまわないように。
それよりもエヴァンの死んだ姿を見たい、というのも狂気の発言ではないか、と恐怖心がエヴァンを揺さぶる。
「おい、これでいいかしら」
イスルのその言葉で、飲まれそうな心を引き上げる。
「はい、ありがとうございます」
と、言いつつも言葉尻が震えないよう気を付けるしかエヴァンには出来なかった。
その様子が確認できたロドルナは再び口を開く。
「気を取り直し、『魔王』に関しての情報共有から始めましょう」
未だにオムサの顔が真っ直ぐエヴァンを捉えて離さないのを、エヴァンは挙動不審になりそうな気持ちを抑える。
「まず最初に、『魔王』に関して知っている事を話していきたいと思いますが、エヴァン・レイから言ってもらいましょう」
思わず「は?」と言いたくなったエヴァンではあったが、二人の魔女以外にもロドルナも気を付けなければいけなかった事を思い出した。
エヴァン自身の地位が危うくなればいい。
進行役という役目に就いたのも、エヴァンを不利にさせやすいからだろう。
有益な情報を出せず、『魔王』に対して有効な対策や意見を言えないようにしやすいから、という理由で進行役を志願したのだろう。
エヴァンに対しての根は深いようだ。
「そうですね、一般的な情報しか得られていませんが、『魔王』は『勇者』の対としての存在で、七つの魔女と関わりがあるとも」
エヴァンの七つの魔女という発言で、イスルの視線は一層厳しくなる。
「後は、魔人族と関わりがあるのではないか、といった一般的に流れている情報しか分かりません」
その言葉が聞けてほんの少し満足になった、ロドルナは次の者へ発言権を移す。
「では、次はイスル様でよろしいでしょうか?」
「あー、ボクは話さないよ」
移るはずだった発言権が宙に浮いてしまう。
「え、では……」
困惑したロドルナへ。
《わたしがぁ〜、話しますよぉ〜》
オムサが発言権を掴み取った。
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