第54話「帰宅」
急いでエヴァンが帰ったのは、夕暮れ時であった。
サニーを北門の厩舎へ返し、そこから早足で黙する鴉へ向かった足。
芦毛のサニーからの寂しげな目が気掛かりだったが、早くエティカに会いたい。
その一心で、歩くとすぐだった。
目の前の扉の先から聞こえる賑やかな声に、エヴァンは懐かしさを感じる。
先ほどまでのロドルナやオーマとの張り詰めた空気よりも、穏やかで和やかな空気。
そこへ向けて扉を開ける。
「あら、早かったのね」
エヴァンは受付のヘレナと目が合う。
「ただいま」
「はい、おかえりなさい」
穏やかな笑顔で迎えるヘレナ。
それがどれほど温かいのか、エヴァンは形容する言葉を持たない。
「お姫様なら、いつもの所よ」
急いで帰ったのを一目で見抜いたヘレナは、エティカの居場所を示しながら言う。
そこには、小さな人形のような少女がローナと話をしていた。
「ありがとう」
「いいえ」
向かう足は自然と早くなる。
一足早く気付いたのは、ローナ。
そのローナを見て、ゆっくりと向く少女。
その頃には、少女の目の前へと到着するエヴァン。
「おかえりなさい、早かったですね」
「ああ、ただいま」
目の前の少女は、その小さな口を開ける。
「おかえり、えばん」
可愛らしい声。
エヴァンにとって一番聞きたかった声が、エヴァンの身体に響き渡る。
「ただいま! エティカ」
そう言うと、エヴァンはエティカを抱き締めていた。
「え、えばん?」
急に抱き締められたエティカは戸惑う。
それでもエヴァンは構わず抱き締める。
これまでの不安感を消し去るように、ストレスを発散するかのように。
その様子が分かったエティカは、驚きはしたものの、ゆっくりとエヴァンを抱き締める。
「おかえり、えばん」
「ああ、ただいま」
その光景はさながら数年以上離れ離れの親子を思わせたが、間近で見せつけられるローナはたまったものではない。
はあ、とローナは溜息をつく。
甘い空気。
それを眺めていた酒場の客もその様子を冷やかす。
「おい! エヴァン! お前そんな小さい子がいいのか!」
「いい感じじゃねえか!」
「ついでにキスでもしちまえ!」
中には口笛まで吹き始める者もいた。
思いっきりの冷やかし。
酒を飲んだ者の口を止められる術をエヴァンは知らない。
「うるせえ! お前らにはやらねえからな!」
それでも、抱き締めたエティカへの独占欲は見事だった。
当のエティカは、急にスポットライトを浴びて困惑していた。
しかし、その賑やかな雰囲気と声、活気に溢れた酒場。
それだけでエヴァンを癒すには充分だった。
言い争いをしているエヴァンが気付くように、ぽんぽんと、エティカは優しく叩く。
「ん? どうした?」
エヴァンと目が合うエティカ。
「ううん」
エティカは照れてエヴァンの胸に潜り込む。
ああ、その様子にローナの眉間に皺が寄っている事を知らないエヴァンは、デレデレだ。
酒場の客もその様子に最高潮。
ローナによる一喝があるまで、その冷やかしは続いた。
(帰ってこれて良かった)
それを痛感し、これからも大事にしようと誓うエヴァンであった。
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