第50話「慈善と救世主」

「で、では、魔人族、は、見逃せ、と?」


「そこまでではありませんが、進んで殲滅しに行くには、戦力差も鑑みないと不利になるかと」


 そもそも、魔人族を殲滅できる程の戦力はないのが事実。


「ふ、不利、でも、『魔王』、が、生まれる、可能性、が、あるな、ら、対策、しなく、ては、今後、人族、含めた、人類、は、全滅、するかも、しれま、せんよ」


「対策を早くしてしまうと、無駄に消耗する可能性もありますよ。物資も人員も限りがあります。『魔王』を討伐した後の対策にした方が、無難かと」


 そのエヴァンの一言で、ふむ、とオーマは口に手を当て思考する。

 物資も人員も魔人族の討伐を視野に入れた場合、不足するのは予想できる。

 魔人族一人に対して人族五人。その際に消費される武器や防具や傭兵馬といった消費量。


 それはいつかの『魔王』討伐までになるべく消費しない方が、堅実とも言える。

 温存できる部分は温存しておき、出すべき場面で出すのが理想。

 そう思考するオーマ。


「で、では、人族以外、も、戦力、と、考える、なら、充分、でしょう」


 人族以外。

 それは、獣人族や魚人族、翼人族よくじんぞく寿人族じゅじんぞく半人族はんじんぞく、といった種族の事だろう。

 翼の生えた翼人族。

 耳が長く、森での生活を主としている寿人族。

 混血の半人族。

 それらを戦力として計算した場合、『魔王』との決戦までの人員や物資は不足分を補える。


「獣人族や翼人族はともかく、魚人族や寿人族との協定が取れたらの話ではないでしょうか?」


 現在のラスティナ王国は、獣人族や翼人族とは貿易協定は結んではいるが、『魔王』に対しての戦線協定は結んでいない。

 貿易協定が結べた以上、戦線協定も結べそうだが、問題は魚人族や寿人族。

 魚人族は『魔王』による被害も影響もなく、海沿いに暮らしている為、わざわざ喧嘩を売りに行く考えには至らないだろう。

 寿人族も森での生活を主として、『魔王』による死亡も自然として受け入れている。そんな種族が、危ない道を進むとは思えない。


「そ、そうで、すね。協定、は、難しい、と、思います。協定は、ね」


 含みのある発言。

 協定は、と意味を持たせる。


「『魔王』、に、よる、被害、が、無いから、そんな、こと、言えるん、ですよ、襲われれ、ば、嫌でも、敵視、する、でしょう」


 オーマが何を言っているか、エヴァンは理解できなかった。

 襲われれば?


「ぶ、無難、うん、無難、に。その身、に、受けな、ければ、被害者、の、気持ち、は、理解、できま、せん。そう、目の前、の、死から、逃げた、種族、です、から、うん、だから、蚊帳の外、です、ものね、そうは、いきません」


 慈善の魔女とは到底思えない発言の数々に、エヴァンは放心する。

 目の前の魔女は、『魔王』に襲われていない種族は、襲われるべきだと言っているのだ。

 被害者でないなら、加害者と変わらないと。

 見て見ぬふりを許さないと。

 正気の発言ではない。理解の範疇を超えた。


「そ、その、内、血相、変えて、助けを、求めて、きます、エヴァン・レイ、は、それを、救うの、ですか?」


 意識外にあったエヴァンを引き戻す。

 オーマからの質問に、エヴァンは意志を目に宿す。


「救います。助けます。誰であろうと、どんな事をしてきても、救済します。死んでしまっては償いもできませんから」


「…………そ、そうで、すか」


 例え、オーマの言う通りになろうとも、エヴァンの答えは変わらない。

 死んでいい人などいない。

 それは、エヴァンのエゴではあったが、確固たる意志はそこに宿っていた。

 それを確認できたオーマは、鋭い目でエヴァンを睨む。


「ま、魔人族、の、討伐、も、あたしの、一存、では、どうにも、できない、ので、安心、して、下さい」


「はぁ……」


「た、試した、と、受け、取って、下さい」


 そうは言うも、先ほどまでの非人道的な発言の衝撃は覆らない。

 魔女とは、このような正気とは思えないのだろうか。

 話すというだけで、時間が無駄に消耗した、エヴァンはそんな気分になってしまう。


「す、すみません、が、そ、そろそろ、時間、です、ので、失礼、します、ね」


 オーマはそう言うと、そそくさと立ち上がる。

 エヴァンが何かを言う前に、扉に手を掛けると、退出せず、立ち止まる。


「え、エヴァン・レイ」


 オーマはそう呼び掛けると。


「強欲は身を滅ぼしますよ」


 慈善の魔女らしく、忠告し退出した。

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