第49話「魔人族とは」

 オーマは大きく息を吸い込む。


「じ、慈善の、魔女、は、強欲の、魔女、の対、としての、魔女、です。強欲、を、抑える、対、としての、存在、として、役目、を、負って、います。強欲、は、忌むべき、存在、です。人の、欲は、業が深い、ので、それを、知らし、める、のが、慈善、です」


 たどたどしい喋りではあるものの、喋る事が苦という訳では無い様子であった。

 強欲の対としての慈善。

 対の魔女と言うだけあるのだろう。ただ、魔女に関していい噂は聞かないのだが。


「で、では、慈善、の魔女、の質問は、これで、いいで、しょう」


 やはり深い能力の説明や、成り立ちなどは答えない。

 それ以上を詳しく聞こうものなら、先ほどのように殺意の込められた視線を向けられかねない。


「はい、ありがとうございます。お返しの質問はありますか?」


「で、では、魔人族、をご存知、でしょうか?」


 その言葉は、エヴァンに深く刺さる。

 冷たく尖った氷柱のような物に射抜かれたエヴァン。

 思わず固まってしまう。

 なぜ、魔人族の話題が出てくるのか、魔女や『救世主』との関連は殆どない。


 そもそも、関連などあってないようなもの。

 話の流れを断ち切ってまで、オーマ自身の質問を最優先にした強引さ、それがあって話に脈絡がないのは当然とも言える。


「ま、ま、魔人族、の、事を、どれだけ、知って、いますか?」


 エヴァンの固まった様子に、言葉を変えて質問をするオーマ。

 ここは、正直に言うしかエヴァンには選択肢がない。

 嘘をつく必要もない。何より、何か魔人族の事で得られるなら好都合。

 重い口が開く。


「一般的に流通している情報でしか、把握できていませんが、隔絶された種族だという事は。後は体力とか知力が桁外れという事くらいしか」


 知っている情報を口にしたエヴァン。

 それを受け止めたオーマは口を開く。


「で、で、では、魔人族、から、『魔王』、が、生まれる、事は、初耳、です、か」


 耳を疑った。

 エヴァンは、魔人族は『魔王』の手下や配下というのは、知っていたが、魔人族から『魔王』が生まれるのは初耳であった。


「……眷属とは違うのでしょうか?」


「け、眷属、でも、あります。た、ただ、『勇者』が、生まれれば、魔人族、内、の、誰かが、『魔王』に、なります。その、逆も、あります」


 エヴァンにとって初耳の言葉がポロポロと、零れる。

 心臓は早鐘のように身体中に響き渡る。


「ま、魔人族は、誰であろう、と、『魔王』に、なる、可能性、を、秘めた、者達、なのです」


 つまり、エティカも『勇者』が生まれれば、『魔王』になる可能性がある。

 その可能性というだけで、エヴァンを焦らせるのは充分だった。

 手下だから、配下だから、『魔王』とは関係ない場所であれば大丈夫と、楽観視していた。


 そんな事は無かった。


 いつ爆発するかも分からない時限爆弾を、大事に抱え込んだという事。そして、それに鴉の、アヴァンもヘレナもローナも巻き込んだのだ。

 罪悪感に苛まれるエヴァンへ、オーマは更に畳み掛ける。


「な、なので、魔人族も、討伐、対象、に、するべき、なのです、が、一般的、に、流れて、いる、情報だと、そこまで、重く、見られて、ないの、ですね」


 魔人族も討伐対象。

 その言葉に冷や汗がエヴァンの背中を伝う。

 エティカは紛れもない魔人族だ。角もある。

 そして、そのエティカを保護しているのは『救世主』だ。


 本来、『勇者』の代わりに『魔王』を討伐する役目を負った『救世主』が、魔人族の子どもを保護している。

 それがバレてしまった場合、どのような運命が待ち受けているか。

 それを想像するだけで、エヴァンは呼吸が荒くなりそうだった。


「や、やはり、魔人族も、討伐対象、にする、べき、ですね」


 現状、魔人族は討伐対象になっていない。

 ここで魔人族を対象にしてしまうと、エティカを守る為に協力してくれている鴉の面々にも、何よりエティカにとっても良くない。

 ならば、ここでは魔人族を対象にしないよう、促さなければいけない。


 オーマにどれほどの権力があるかは、エヴァンには分からないが、それでも可能性があるのならば、動かなければエティカがまた、孤独になってしまう。

 そう思うと、自然と落ち着きを取り戻すエヴァン。


「それは時期尚早ではありませんか?」


 魔人族を庇う様子もなく、それでいて後回しにするように、促す。

 酷く難題とも思えた。


「そ、それは、どうして、ですか」


「では、人並みではありますが、意見として。魔人族との戦力差は歴然であるのをご存知でしょうか?」


「え、ええ」


「体力や知力といった対人戦においての戦力差も大きい物です。魔人族一人に対して人族が五人でようやく相手になる、そのような相手全てと渡り合える程の戦力が、あるのでしょうか」


 人族の種族数は多いが、傭兵や冒険者、騎士といった兵士の総数は全体のおよそ三割から四割程。

 対して、魔人族全てを相手にする場合はとても不利な状況。


 何より一番の存在は『魔王』だ。

『魔王』によって滅ぼされた街や村は為す術なく、抵抗も抵抗とならず呆気なく、全滅している事実もある。

『魔王』に対してでも相当の戦力で相手するのに、それに魔人族まで加えてしまうと、今度は防衛が手薄になってしまうのだ。


 エヴァンは、その事を伝え、魔人族を対象外にしなければいけない。

 慈善の魔女相手に。

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