第36話「お披露目」

 エヴァンの目の前には紛れもない天使がいた。

 白銀の少女が身にまとった服装は、お淑やかな印象を与えるも、随所に可愛さのある刺繍が施されていた。

 痩せた身体には、少し大きいのかもしれない。

 それでも、目の前の少女を天使以外に表現する語彙力は、エヴァンには無かった。


 実際、目の当たりにしてから数分、まんじりともせず、黙ったままなのだ。

 放心状態のエヴァンへ、ローナは呆れて物申す。


「一言くらい言ったらどうですか」


 その一言で、引き戻されるエヴァン。

 白銀の少女は、照れてモジモジしつつも、エヴァンからの一言に期待し、不安な様子であった。

 そんな子に、一言も掛けないのは、失礼にあたる。

 何より、何も言わなければ、ローナやヘレナに文句を言われるのは、エヴァン自身よく分かっていた。


「か、可愛いな」


「それだけですか」


 心なしか、無表情のローナが、冷めた目線で見ている気がしたエヴァン。

 焦って、言葉を繋げる。


「よ、よく似合ってるぞ」


「……まあ、及第点ですね」


「お前はどの立場から文句を言うんだよ」


「もちろん、給仕としての立場からですよエヴァン」


 ローナからの評価は皮肉だった。


 給仕として、色々な冒険者から言い寄られて、声も掛けられ、褒められたからこそ、エヴァンの一言は及第点という評価を受けた。

 ただ、そんな一言でも、エティカにとっては最高の褒め言葉だったらしい。


「……あ、あり、がとう」


 エティカの白い肌が一気に紅潮した。

 茹で上がったように、エティカの紅色の瞳のように、エティカの頬は紅くなった。


「ど、どういたしまして……」


 これには、思わずエヴァンも同様に照れてしまう。

 ああ、なんと甘い空間だろうか。

 それを眺めるローナは、高級品の砂糖を舐めたような感覚に陥る。

 無表情のローナが、一層無表情になったような感覚。


「まあ、エティカちゃんが満足ならばいいでしょう。それより、エヴァンへいくつか言っておきます」


 溜め息を付きながらも、ローナはエヴァンへ物申す。


「なんだ?」


「今後は銅貨を渡してもらいたいです。銀貨だと、両替も手間ですし、数着しか買わない予定が、数十着買わなければお店もお釣りを払えない、なんて事になりますので」


「あ……」


「銀貨数枚払わなければいけない程の高価な物も、ストラには中々ありませんし、今後、同じような時は銅貨を渡して下さい」


 失念していたのだ。

 エヴァンは、基本的に一気に買い溜めして、買い溜めした物を長く使う。無くなる前に余分に購入して、しばらくは買い物に出掛けない、そんな方法を取っていた。

 その為に、銅貨を使うよりかは、銀貨で払った方が都合がいいので、銀貨で支払う事の方が多かった。

 その癖が出たのだ。


「そうか……ごめんな。手間だったろ」


「いえ、大した事ありませんよ。余った銀貨はお返しします」


 と、ローナはエヴァンへ二枚の銀貨を手渡す。


「かなり質のいい物は買えたと思うので、また部屋で確認して下さい。しばらくは大丈夫でしょうが、適度に買い直した方がいい物ですし、その時はまた声を掛けて下さい」


「ああ、助かるよ、ありがとう」


 エヴァンの感謝にローナは一切表情を変えない。

 これで、笑顔でも見せてくれれば、愛想のいい給仕として自慢になるのだろうが、とエヴァンは叶わない望みを思う。


「それと、エティカちゃん用のタンスも用意した方がいいので、早めに購入しておいて下さい」


「あー、そうか」


 エティカにとって必要な家具も用意しておかねば、いけなかったのだ。


「王都に行くついでに見繕っておくか」


「王都に行くんですか?」


 ヘレナには言っておいたのだが、エティカもローナもいるこの機会に召集状の事を言っておこう、とエヴァンは思い、口にする。


「王国からの召集状が来てな、一週間以内に王都に行かなきゃいけないから、そのついでに家具とか見繕っておくよ」


「召集状という事は、『魔王』関連ですか?」


 ローナの『魔王』という言葉に、エティカの身体が、ビクッと揺れたように見えたエヴァン。

 気のせいか、とエヴァンはローナへ視線を移す。


「いや、魔獣関連だとさ。最近の被害報告や目撃情報も少ないから、らしい」


「そんな事で、呼び出すなんて暇なんですね」


 ローナは辛口だった。


「いつ頃、出るんですか?」


「早めに行った方がいいだろうから、明日か明後日くらいに行こうと思う。その間、エティカと離れなきゃいけないんだが……」


 エヴァンは不安そうにエティカを見る。

 エティカは話を聞いているが、首を傾げていた。


「だい、じょうぶ、だよ」


 紡いだ言葉は、エヴァンを心配させまいと選んだ言葉だった。


「エティカ……」


「えばん、かえって、くる、なら、だいじょう、ぶ。ずっと、いっしょ、だから」


 エティカは満面の笑顔で、エヴァンに伝えた。

 エヴァンが思っているよりも、エティカは理解もでき、気遣いもできるのだ。


「との事です。何事もないよう、私もヘレナさんもいますし、安心して小さな少女を置いて、王都に行ってください」


「皮肉を言わなきゃ気が済まないのか」


 ただ、エティカやローナの一言に、エヴァンが安堵したのは言うまでもない。

 思わず、エティカを抱き締めたエヴァン。

 エティカは、顔を再び紅潮させ、戸惑っている様子で、エヴァンとローナへ視線が行き来する。

 それを見た、ローナは肩をすくめた。

 エティカよりも、エヴァンの方が寂しがり屋なのかと、思うような一面がその場を飾った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る