第35話「【幕間】謙虚」
エヴァンがエティカを待っている間、王都能力研究所にて三つの影があった。
研究所の奥、所長室の更に奥にある薄暗い部屋で、密会が行われていた。
一人は勤勉。
一人は謙虚。
一人は慈善。
対の魔女の内、三人がそこに居た。
勤勉は、一口、用意した紅茶を飲む。
これからの喋りで、喉を潤す必要があったのだ。
「謙虚も、慈善も、実に勤勉ですね。とてもいい事です。私が帰ってくるまでに、『救世主』へ召集状を送るとは、手回しの早さは謙虚がしたのでしょうか?」
謙虚と呼ばれた、紫髪のマッシュストレートに橙色の瞳、白いローブに身を包んだ女性は、首を横に振る。
「いや、ボクではなく、慈善が先に根回ししてたわよ」
そう言われ、見つめられた慈善は挙動不審へと至る。
緑色の髪にミディアムストレート、蒼眼の自信の無い瞳は揺れ動き、唇は震えていた。
「あ、あ、あたしは、ななな、なに、なにも」
吃逆の激しい喋り方の慈善の魔女は、謙遜する。
「あら、そうなのですか? 謙遜もほどほどにして頂けませんと、真実が包み隠され、見通しが立たなくなります。今後は控えて下さい、何より鬱陶しいです」
「ひっ……ご、ごめん、なさ、い」
「ああ、鬱陶しいとは言っても、褒めていますからね。貴方へ、そのような言い方をしろと、命じたのは私自身ですから、慈善の行動、言動は私が望んでいるものなのですよ。なので、必要以上に恐れ慄く演技なぞは、この場所に不要なのですよ」
勤勉のその言葉に、先ほどまでの挙動不審だった慈善は、非常に落ち着いた。
「あ、あたしがしました。ななな、なにかお申し付けを」
「ええ、とてもいい事ですね。その勤労なる姿勢、忠実な意思、貴方はこれまで出会った対の中でも、最高の魔女かもしれませんね」
「めめめ、滅相も」
照れているようにも見える慈善の姿を見た、謙虚は勤勉へ言葉を投げかける。
「おい、そんな事より、『救世主』へはどうするのよ。一週間以内に王都へ来るとは言っても、勤勉のあなたじゃ接触すら出来ないでしょ」
「ええ、なので、いつも通り最初の接触は慈善にお任せします。『救世主』はお人好しでしょうし、接触の方法は自由ですが、必ず接触する事が条件です。見掛けただけなんてもってのほか。対面で、話をし、同じ空気を吸わなければいけません。ああ、面倒な事です。しかし、慈善のその行動で私達は、次へと動く事ができます」
そう言われた慈善もオドオドとした態度は崩さなかった。
勤勉は一口、紅茶を飲む。
「最初に、慈善が接触、そこで得た情報でボクが能力を使用、そこら辺は変わらないのかしら?」
「はい、そこは揺るぎません。何よりも優先すべきは、慈善との接触です。それ以上の事は望みませんが、必須なのは、『救世主』の能力の全容を明かす、という事です。それが出来なければ、話になりません。ここに集まったという事も無意味になります。ただ、今後の話をするために、お茶を飲みに来た。ああ、それもいいかもしれません。友好を深めるというのもいい事です」
「そそ、それだけで、いい、の? あたしが、す、する事は」
「はい、貴方は接触し、『救世主』の名前と年齢を聞き出して、能力の全容を明かす事だけしてください。能力さえ明かしてしまえば、謙虚もいますので今後の計画が立てやすくなります」
「かか、簡単、だね。もっと、もっと、難しいのが、いい、な」
「あら、意外と強欲なんですね、では、そんな強欲な貴方へ、もう一つお願いをしましょうか。感謝の魔女が動きやすいように、過去の失敗談でも聞き出してください」
感謝の魔女という言葉に、慈善も謙虚も表情が曇る。
口を開いたのは謙虚だ。
「おい、感謝の魔女なら直接会わせればいいでしょ? わざわざ、慈善が聞き出す必要はあるのかしら?」
「ありますよ、ええ、大いにあります。皆さんご存知でしょ、感謝の魔女を。醜く、穢れ、汚れ、臭く、腐って、乱れ、集られ、廃れ、目にも毒、耳にも毒、空気も毒、足先から頭のてっぺんまでの全てが醜い、そんな子が『救世主』と接触して、過去の失敗談を果たして話すでしょうか。いいえ、話しません、ええ、話しませんね。例え、どんなにお人好しであっても、感謝の魔女はとても汚らしいのです。穢れているのです。なので、感謝の魔女の出番はまだ先です。彼女は檻の中か便器の中が一番、お似合いなのですから」
ひとまず、と勤勉は一言を入れる。
「慈善が接触後、ここで、再度情報共有をしましょう。それまでは、いつも通りに過ごして下さい」
勤勉がそう伝えると、慈善も謙虚も姿を消した。
ただ一人残った勤勉は、紅茶を一口で飲み干す。
空になったカップを置く。
「ああ、『救世主』はなんと勤勉でしょう」
物憂げな勤勉は、怪しく笑っているようにも見えた。
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