第34話「お姫様」
目当ての物を買ってきたエヴァン。
鴉に帰り、受付のヘレナに挨拶した時には、既にエティカもローナも帰ってきていた。
とりあえず、と数冊の絵本を抱えて帰るのは、少し気恥しいエヴァンであったが、帰ってしまえば、そんな羞恥心とも別れを告げる。
しかし、帰ってきたのはいいが、エティカとローナの姿は見当たらなかった。
時刻は既に昼頃。
酒場で適当に時間を持て余しているローナの姿くらいは、あると思っていたので、受付で依頼書とにらめっこしているヘレナに青年は尋ねる。
「ヘレナ、エティカ達は?」
「ん? あの二人なら、貴方の部屋よ。買ってきた服のサイズを合わせてくるそうだから、入らないようにね」
「ああ、そうなのか」
それなら、と適当に時間を持て余すエヴァン。
乙女の時間を邪魔するわけにもいかない。
そんな甘い空間に、男が入ってみることがどれだけ恐ろしいことか。
そこら辺の魔獣よりも
ただ、買ってきた服がどんな物なのか、気になるエヴァンではあったが、わざわざ紫髪の給仕を怒らせる必要はない。
なにより、覗いた時白銀の少女はどんな思いをするか。
それを考えただけで、自然と興味は薄れつつある。
呆けるよりも、ヘレナに伝える事があるのをエヴァンは思い出した。
「ヘレナ」
「ん? 何かしら」
「今日、冒険者組合に行った時、王国から召集状が来てな。一週間以内に、王国へ行かなきゃいけなくなった」
「え?」
驚くヘレナに召集状を見せるエヴァン。
それを受け取ったヘレナの驚いた顔はおさまらない。
白い紙に書かれた文字を、あっという間に最初から最後まで確認が済む。
王国が出したもので間違いなかった。
「確かに、王国からのだけど、どうして召集状が?」
「魔獣関連の話が聞きたいらしい。最近の被害報告の少なさとか、気になるんだろう。お偉いさんは」
「そう……。いつ頃
「王国からだから、あんまり待たせてしまうのも、と思って明日か明後日には向かうつもり」
「そう……」
その言葉を聞いて、ヘレナの表情は曇る。
青年が王都に行くのは
「エティカちゃんはどうするの? 連れて行くの?」
「いや、流石に王都でどれくらい捕まるか分からないから、一緒には無理だな」
魔獣関連での召集とは言え、王都に着けば、あれやこれやと引っ張りだこになるのが、いつもの事だ。
なにより、バルザックの言っていた対の魔女との接触があるかもしれない。
召集状をわざわざ送っておいて、なにも無いのは一番だが、なにが起こるかは分からない。
それにエティカを巻き込みたくない。
そんな本心が
「まあ、それもそうよね……。エティカちゃんには、ちゃんと説明するのよ。ただでさえ、一緒にいる時間も短いのだから、不安にさせては駄目よ」
「ああ、ありがとう」
ヘレナの注意で改めて、エヴァン自身がエティカと過ごす時間が少ない事を自覚した。
つい先日保護したばかりで、触れ合う機会も少ない。
しっかりとした時間を作らなければいけない。
何より、ストラ領を案内するつもりでもあったのだ。
それが、冒険者組合や王国からの召集状など、一緒にいられる時間が短い事について、エティカへ謝らなければいけないだろう。
「あんまり一緒にいないと、そっぽ向くかもしれないわよ」
「エティカがか?」
「エティカちゃんも、ローナもよ」
珍しい人物の名前が上がり、驚くエヴァン。
あの無愛想で、無表情で、エヴァンには毒を吐くのが当たり前の給仕が、青年と一緒にいないからと、拗ねたりするのだろうか。
エヴァンには疑問であった。
「ローナが? そっぽ向くのか?」
「そっぽも向くし、あっちもこっちも向くわよ。ローナだってまだ十六歳なのよ」
それを言われると、エヴァンも十七歳ではあるが、そんなに歳の差もない。
「あの子も完璧じゃないし、王都から帰る時のお土産は、ちゃんとしたものにしなさいよ」
「もちろん、そのつもりだけど……」
日頃の礼やエティカへの気遣いも含めて、ささやかかもしれないが、用意するつもりだった。
だが、それよりもエヴァンにとっては、ローナがそっぽを向く事の方が気になっていた。
ローナが完璧でないのは、理解している青年ではあるが、そっぽを向くというのがどういうものなのか、理解できないエヴァンであった。
その様子が、目に止まったヘレナは、心の中で溜息をつくのであった。
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