第33話「桃の家具」
買い物から帰ってきた白銀の少女と紫髪の給仕は、大袋を抱えていた。ローナが持つ二つの袋には、多くの洋服がこれでもかと詰め込まれ、溢れんばかりであった。
対してエティカは、手ぶらだったが、何度も荷物を持つことをお願いしても紫髪の給仕は、それをやんわりと拒んだ。
申し訳ない。何かしなければという不安もあって、白銀の少女が
ただ、なにもしてもらわないのは、本人が気まずいだろうとエティカに扉の開閉をお願いした。
たったそれだけのお願いではあったが、白銀の少女は喜んで仕事を引き受けた。その様子は、年端もいかない子どものようで、見た目以上の幼さが現れているようであった。
そんな二人を出迎えたヘレナは大きく目を見開いた後、呆れた口ぶりで紫紺の婦女へ言葉を投げる。
「おかえり。――て、買いすぎじゃない?」
これから小さな露店でも開くのかというくらい、パンパンに詰め込まれた袋を眺める。
「ただいま戻りました。これでも抑えた方ですよ」
「抑えてそれなのね……」
とても一人の洋服じゃないと思いつつ、頬杖をつきながらヘレナは少し呆れる。
青年へ絵本を頼んだ以上、ローナも自身の役目を果たそうとする気持ちはわかるが、限度というものがあるだろう。少なくとも、成人女性一年分の衣服を買ってきたんじゃないか。
どこからそんなお金が湧くのかも不思議だった。
「ところで、ヘレナさんへ一つお願いがあります」
「えぇ、なにかしら」
かしこまった紫髪の給仕へ、頬杖で少し崩れた顔を向ける。おそらく、エティカ関連の頼み事だろう。
そう見当をつける。
「使っていない衣装タンスを貰えませんか? エヴァンの部屋にはなかなかありませんし。後でエヴァンにも頼みますが、それまでの間使わせていただきたいのです」
「あー……それもそうね」
ローナに言われて、そういえば青年のタンスはあってもエティカのタンスはなかった。
例え、白銀の少女が同じものでも構わないと言われてもそこだけは譲れない一線でもある。一緒のタンスに下着やらが入っている気まずさは耐え難いものだろう。
毎夜添い寝をしている仲を思えば今更かもしれないが、そこら辺の線引きはしておいた方がいい。
そう考えたヘレナは快諾する。
「倉庫に使っていない物がいくつかあるはずよ。良かったら、エティカちゃんと一緒に選んでもいいかもね」
「ありがとうございます。部屋に洋服を置いたら確認してみます。
――エティカちゃんも、一緒にいいのを探しましょうか?」
「うんっ! ありがとう、へれな」
ふにゃと溶けてしまいそうな笑みを浮かべる。
その可愛いらしい、愛おしい様子を確認できたヘレナは、少女へ「どういたしまして」と微笑みで返す。
そして、紫髪と白銀の二人は部屋へと向かい、荷物を下ろしに行く。
とてとて、とついて行くふわふわの髪を眺めながら、金髪の受付嬢は淹れたての
砂糖を入れていないはずが、甘く感じた。
◆ ◆ ◆
荷物を下ろした二人はさっそく黙する鴉の裏手、倉庫へとやって来た。
裏庭兼、材木置き場兼、穀物を保管している倉庫。
その少しだけ錆び付いた金属の扉をローナは押し開く。薄暗い中、小さな小窓から差し込む日の光。
その中には様々なものが散在していた。
いや、整理整頓はされているのだろう。それでも押し込む量が多いために、積み重なっていたり樽に投げ入れられていたりしている。
白銀の少女が想像していたよりもとっちらかっていた。
「えっと……タンスタンス……」
ローナがずんずんと家具の隙間を通り抜けていく。慌てて、白銀の少女もついて行くも、様々な木目の綺麗な家財道具が紅色の瞳に映る。
どれもこれもホコリを被っているが、年季の入った物だと見て分かる。
なにより、使い込んだであろう取っ手も取り替えられていて、不格好な姿をしているが、物持ちの良さを感じる。それだけ、大切に使われてきたのだろう。
「あ、あったあった」
目当ての物を見つけたローナと同じものを、エティカも視界に映す。
そして、息を飲んだ。
「いくつかあるから、エティカちゃんが決めたものにしましょ。どれがいいかしら?」
と、ローナは少女が見やすいように道を譲るが、紅色の瞳には目の前のたった一つのタンスに釘付けだった。
いくつもある中で、それだけに惹かれたような。
いや、一目惚れした時に似ている。
瞳だけでなく、意識だけでなく、心だけでなく、惹き込まれる。
「こ、これ」
ピシッと、白くて細い指が正面のタンスを指し示す。
「これにするの?」
「うんっ」
再度確認した紫髪の給仕へ、元気よく決定の意思を伝える。
エティカが選んだ物を改めて紫紺の瞳は見つめる。
(偶然かしら……)
白銀の少女が選んだものは、明るい木目の小さなタンスで、先ほど買った衣類くらいなら余裕で入るほどの容量がある。
引き出しも三つあり、そこそこの深みがある。
そして、なによりささやかな主張をしているのが、取っ手の部分だろう。
金属が打ち付けられたその取っ手は、桃の花の形になっている。
彼女はそれに惹かれたのだろう。
そして、運命的な出会いでもあるのだろう。
「じゃ、それにしましょうか」
さっさと決めて、運ぶ算段を考えるローナ。気に入らなかったら、また戻せばいいし、タンスくらいなら山ほどある。なにより、エヴァンにちゃんとした物を頼むからそれまでのつなぎだ。
再び役目を与えられたこの子も嬉しいことだろう。
かつて、ローナが黙する鴉で給仕の仕事に就いた時、ヘレナに買ってもらったタンス。それを愛おしそうに抱えながら、少女の部屋へと運んだ。
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