第37話「雲隠れ」

 夜も更けて、エティカとエヴァンは自室で読書していた。

 と言っても、エヴァンの買ってきた絵本をエティカに読んでもらっているのだが、エティカは文字を読めるが、喋るのが困難な様子だった。

 それもそうだろう。拙い感じというよりかは吃逆の話し方で、一言一言喋るのに気合いを入れている雰囲気もある。

 しかし、昔からそのような喋り方ではない。

 頑張って、無理して今の話し方を維持している。

 エヴァンはそんな気がした。


 その為に、エヴァンが読み上げ、それをエティカが真似して発音する、という事をしていた。

 ベッドの上で、小さなエティカを抱き、背もたれになっているエヴァンの姿は、親子のようにも見えた。

 買ってきた絵本も、『勇者英雄譚』や『七つの魔女』といったありきたりな絵本だった。


 それを熱心に読むエティカ。

 特にエティカの興味を惹いたのが、『七つの魔女』という啓発本のような、魔女の恐ろしさを知らしめる為の本を熱心に読んだ。

 かなり珍しいと言えば珍しい。


 どちらかと言えば、『勇者英雄譚』の方が、興味を惹くかと思われたエヴァンは、少しの驚きがあった。

 読んでいる途中で、エティカはエヴァンを見る為に顔を上げる。


「えばん、まじょ、さま、てわるい、ひと?」


 エティカの純新無垢な瞳は、紅に揺らめく。


「どうだろ、俺自身は会ったことがないから分からないけど、何人、何百人と襲っているから悪い人だと思うが」


 襲っている、なんてオブラートに包んだ一言ではあったが、実際は生存者すらいないのだ。

 エヴァン自身は会ったことがない、とはいえ、人を殺している以上、悪であるのに変わりない。


「そか」


 エティカの返答はあっさりしたものだ。

 魔女を魔女様、と信仰しているので、ショックを受けるかとエヴァンは思っていたが、エティカにとってはショックでも無かったようだ。


「えばん」


「ん?」


 エティカはエヴァンへ向き直り、抱きつく。

 それもより一層。小さな力を強く。


「どうした?」


 エヴァンは驚きもせず、受け入れ、エティカの頭を撫でる。

 エティカの頭の帽子が少しズレる。


「ううん」


 エティカはそれでも、抱きついた理由を言わなかったが、エヴァンには何となく、ああ、寂しいのだ、とエティカの行動を理解した。

 撫でる手に時々、エティカの角が触れる。

 固い感触。

 小さい物だが、確かに固い魔人族の象徴はあった。


「だい、じょうぶ」


「そうか」


 それでも、力一杯エヴァンを抱き締めるエティカ。

 離れゆく時間を埋めるように。

 目の前の大切な人が、一生離れないように。

 エティカ自身に刻むように。


「すぐ、帰るからな」


「うん……」


「お土産も買ってくるから」


「うん…………」


「何があっても帰ってくるから」


「うん………………」


「最悪、邪魔してくる奴を蹴散らして帰ってくるから」


「それ、は、だめ」


 エヴァンの軽口にエティカは真面目に答えた。

 真面目で優しい子だ。


「だから待っててな」


「…………うん」


 エヴァンはそう言うとエティカを抱き締めた。

 二人を照らした月光は雲に隠れた。

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