第29話「冒険者組合」
朝食も完食し、少しの腹休みをしてから、エヴァンは出掛けた。
出掛ける間際のエティカの表情が、優れなかったのもかなり後ろ髪を引かれた様子ではあった。
しかし、このまま冒険者組合へ連れて行くのも、先日からの疲れもあって、ましてや冒険者のような雑多な連中と会うとなると、少女が倒れてしまうのではないか、と心配さえしていた。
それならローナと一緒に、服屋へ買い物に出掛けた方が良いだろう。
また、そっちの方が幾分面白いものもあるだろう。
ローナへは、出掛ける前に数枚銀貨を渡しておいたので、エティカの望む物を買えるはず。
それでも、エヴァンの内心には白銀の少女を心配する割合の方が高かった。
少し重い足取りで、鴉を出て右へ真っ直ぐ進めば、大きな組合役所と広場が顔を出す。
歩いて十数分なので、すぐに着く。
さっさと用事を済ませようと、組合に入ると、これまた大量の冒険者が集まっていた。
いくつもある受付に全て長蛇の列が出来ていて、依頼掲示板の前も人だかり。
思わず人酔いをしてしまいそうになるエヴァン。
少女がいたなら、真っ先に人混みに流されてしまったろう。
エティカと一緒に来なくて良かった、と心底感じた青年。
とりあえず、立ち止まっては時間が長引くだけなので、適当に列へ並んだ人数の少ない所に並ぶ。
昼頃に来れば良かったか、と後悔も残る。
しかし、エヴァンが一昨日に済ませた討伐をいつまでも長引かせるのも、嫌だったので仕方ないと、諦める。
長い列は蛇のようにとぐろをまく。
並んで、しばらく。およそ数十分程で、エヴァンの番になった。
並んだ間の記憶は、ほぼエティカへの心配だった。
受付の金髪の女性が、エヴァンへ対応する。
「おはようございます。あら、エヴァンさん。今日はどうされましたか?」
「おはようございます。今日は魔獣討伐の報告に来ました。相変わらず凄い人ですね」
「報告ですね、いつもありがとうございます。今日はこれでも少ない方ですよ」
これで少ない方なのか……と、げんなりしてしまうエヴァン。
「ここ最近の魔獣の被害も少ないですから、討伐依頼は少ないんですが、代わりに護衛依頼が増えてまして。何日かすればもう少し人も減ると、思いますよ」
依頼にも種類があり、内容に応じて七種類に分けられる。
魔獣を討伐する討伐依頼と。
魔獣や盗賊からの襲撃を防ぐ護衛依頼。
冒険者や他職種が、他冒険者へサポートを依頼する補助依頼。
探し人などの捜索依頼。
野生動物の狩猟依頼。
魔法の授業などを個別で教える家庭教師依頼。
最後が、エヴァンといった王国認定冒険者へ直接依頼がある、王家機密依頼の七つに分けられている。
「護衛て、そんなに多くなるんですか?」
「魔獣の減っている今、商人や旅人が他の街へ行くには絶好の機会ですから、中には旅行気分で出掛ける人もいますが」
逞しい人が増えたものだ、と感心するエヴァン。
「なので、魔獣を少しでも討伐してくれるエヴァンさんには、感謝してもしきれません。ありがとうございます」
「いえいえ、バルザックさんからの恩もありますから」
と、少し謙遜してはみる青年。
このようなやり取りを何度か繰り返しているので、幾分慣れたものだ。
実際、バルザックがエヴァンを冒険者としての籍を残してくれているおかげで、ある程度自由に動けるお礼でもあるのだ。
「それで、魔獣の収集品はありますか?」
「ああ、狼型の魔獣の牙です」
と言い、懐から黄ばんだ牙を二本取り出す。狼型魔獣の独特の鋭い犬歯。
木製の器にカラン、と音を立てる。
「ありがとうございます。確認しますので、しばらくお待ちください」
牙を持って受付の奥へ行く女性。
その奥の机の上で魔獣の皮を、顰め面で眺めていた一人の男性の元へ持って行く。
男性は笑顔で受け取ると、牙を同じように顰め面で見つめる。
しばらくすると、再び笑顔で受付の女性へ返す。
受付の女性はエヴァンの前へと戻ってくる。
「お待たせしました。狼型の個体、二体確認できました。討伐時刻と場所を教えて貰っていいですか?」
「はい、一昨日の夕方ですね、丁度日が傾く直前でした。場所は西の見張り所を、そのまま西へ真っ直ぐ進んだ先です。幻生林のかなり手前付近でしたね、入って数分くらいの位置ですね」
「かしこまりました。では、そのように記録しておきます。他に魔獣は見かけていませんか?」
「いいえ、その二体以外は全く見ていませんね。次の日の朝まで気配すらありませんでした」
「はい、ありがとうございます。しかし、よく二体も討伐できますね」
事務的な応答が済んだからだろうか、雑談へと変わりつつ、手は記録の為に筆を動かしていた。
大変器用な女性だ。
「今回は幻生林に籠る時間も短かったですから。本当は、後十体は討伐するつもりでしたよ」
見栄っ張りなエヴァンである。
本当は二体討伐するのでさえ、苦戦していたのだ。
「ふふ、私の前で見透かされる嘘はいけませんよ。銅貨でのお支払いでいいですか?」
「はい、お願いします」
と答えると女性は、銅貨八枚を木製の器へ並べた。
魔獣一体で銅貨四枚だ。
もちろん強力な個体だと、更に値が上がる。
「ご確認ください。ああ、それと、ギルド長が呼んでいましたので、この後、応接間にてお待ち頂けますか?」
「え? バルザックさんが?」
エヴァンには何の用事かは判断がつかないが、何かあるに違いない。
銅貨を急いで袋へ入れる。
「ありがとうございます」
「いえ、こちらこそありがとうございました。お気をつけて」
そのまま、受付の列を抜け、左へ進む。
入口左側にある階段を上り、二階に伸びた廊下にいくつもある、一番手前の部屋が応接間になっている。
扉を前にしたエヴァンは一応、とノックを数回。
反応がないので、そのまま応接間に入る。
「失礼します」
チラリ、と顔を覗かせるも誰もその部屋にいない。
やけに高そうな革でなめされたソファー、長いテーブルに地味ではあるものの施された装飾は、品を感じる物だ。
誰もいない空間は見た目以上の広さを感じた。
ただ、立ち尽くすのも、とは思い、扉に一番近い所に座るエヴァン。
座ると沈み込んだ身体に、思いの外驚く。
座り心地で値打ちの高さを感じる。
そう思うと、思わずソワソワとしてしまうエヴァン。
そうこうすると、扉はガチャ、と開けられる。
「おお、もう来ていたか、遅くなってすまんのう」
エヴァンへ用事のある当人の登場だ。
入って、ドカドカとエヴァンの前に勢い良く座る。
相変わらず豪快だ、とエヴァンは思うも、用件を尋ねる。
「バルザックさん、早速で申し訳ないんですが――」
「なんじゃその丁寧なのは、気色悪い普通にせい、人払いしておる」
言うことにかいて気色悪いとはなんだ、と文句を言いそうになるエヴァン。
ただ、人払いしているのなら甘えようと、切り替える。
「それで、用件て?」
「ああ、昨日の晩に言ったじゃろ、ウレベの事じゃ」
ウレベの名前に空気がヒリつく。
エヴァンの想像していなかった用件であった。
「今朝な、早速王国より、エヴァンの召集命令が来てのう」
「は?『魔王』関連か?」
エヴァンの質問に首を横に振って応えるバルザック。
「『魔王』とは何も関係がないのじゃ、魔獣関連での召集命令だそうじゃが……」
苦虫を噛み潰したような言い口のバルザック。
ここまで濁すのも珍しい姿であった。
「正直、魔獣とは関係がないように思う。魔獣なんぞこのストラ領冒険者組合に、丸投げしておるのじゃぞ。それが急にエヴァンのみの召集命令とは、おかしいと思ってな」
「まあ、確かに……。俺よりバル爺が行った方がいいもんな」
「そうじゃ、ワシに召集命令が下るのは構わん。組合の事や魔獣の事も、冒険者達のおかげで詳しい。それが、ただ一人の冒険者の、『救世主』のエヴァンに、下るのはおかしい」
眉間に皺が更に寄るバルザック。
「ワシの予感では、ウレベが関係しているのではないかと思っておる」
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