第二章「白い光の中に」

第28話「朝の陽光」

 朝の日差しと小鳥のさえずりが聞こえてくる。

 自然と目が覚める、エヴァン。


 ふと、同じベッドで寝転がっている白銀の少女も、目を覚ましたばかりのようで揺れ動く紅色の瞳に映る。

 ああ、朝が来たのだ。

 昨日のような、幻生林の中での朝ではなく、フカフカのベッドの上で、迎える朝がきたのだ。


 なんとも言えない高揚感で、目が覚めていくエヴァン。

 しばらく、この白銀の少女を見てもいいのだが、青年の胃袋はとても正直に本人へ空腹感を知らせる。


 対して、同じく起きたばかりのエティカの目も、昨晩泣き腫らしたからか充血していた。

 その瞳にエヴァンを映すと、蕩けたように笑う。


「おは、よう、えばん」


「おはよう、エティカ。お目目真っ赤だぞ」


「え……うそ……」


 寝ぼけながらもゆっくりと身体を起こすエティカ。

 同じようにエヴァンも身体を起こす。

 久々のベッドで寝たからか、青年の身体は快調だ。


「準備すっか」


「じゅん、び」


「歯を磨いて、顔を拭いて、朝飯食べよう」


「うん!」


 意外とエティカは目覚めが良い方なのか、と思いつつ、少女と共に顔を洗いに向かう


 部屋を出て、階段を降りる。

 無論、エティカは帽子を付けるのを忘れずに。

 階段を降りると、受付にはローナがいた。


「あら、おはようございます」


「おはよう」


「ローナちゃん、おは、よう」


「はい、エティカちゃんおはよう」


 明らかにエヴァンとは違う少女への丁寧な態度に、文句を言いたくなる青年であったが、朝からそんな元気の無駄遣いは出来なかった。


 そのまま、挨拶もそこそこに裏口まで出て蛇口のある場所で、歯と顔を洗う。


 流石に客用の洗面所を使う訳にはいかないので、裏口の庭にある蛇口で済ませるのが、エヴァンの身支度の整え方だ。

 エティカも見よう見まねで済ませる。

 それも済むと、酒場まで向かう。


 昨晩の匂いが残っている酒場は、これから宿の宿泊客が朝食を食べに来て少し、賑やかになる。

 まだ、数名の宿泊客の姿しか見えない。


 そんないつもの席にエティカ、エヴァンは腰掛ける。


「おはようアヴァン」


「お、起きたかおはよう。エティカもおはよう、よく寝れたか?」


「お、おはよ、あばん。いっぱい、ねたよ」


「そりゃ良かった。少し待ってろよ、美味いのできるからな」


 挨拶もほどほどに交わし、忙しく動くアヴァン。

 それを眺めている所に、ローナがやって来た。


「暇なんですか?」


「いや、忙しいね」


「そうですか。ところでエティカちゃん、今日は帽子を被っているのね、よく似合ってるわよ」


「あり、がとう。えばん、くれた、えへへ」


「良かったわね。そんなエヴァンは、要件を聞いてもくれないそうですが」


「俺が悪かったから、そんな嫌味をエティカの前で言わないでくれ」


 少女の頭を撫でながら嫌味を言う姿は、朝の清々しい気分が台無しになりそうなエヴァンであった。


「今日、もし出掛ける用事があれば、一つ頼み事を聞いてもらえませんか?」


「それは、構わないが」


 エヴァンがそう答えると、青年へ近づき耳打ちするローナ。

 それを不思議そうに見つめる紅色の瞳。


「エティカちゃんへ絵本を買ってきて下さい。なんでもいいので」


「なんでもて……」


「そこはエヴァンのセンスの見せ所です」


 そう言うと耳打ちを辞め、少し距離を取るローナ。


「どうせ、魔獣の討伐報告に行くんですから減るものではないでしょう」


「まあ、そうだが」


 幻生林での野宿が済めば、ストラ領の冒険者組合へ魔獣の討伐報告をしに行くのが、エヴァンのルーティンだ。

 仕留めた魔獣の牙や毛皮などを冒険者組合へ持っていき、遭遇場所や魔獣の種族を報告する。


 そのために、冒険者組合へ行く用事のあるエヴァンは、ローナからの頼み事を断るつもりは毛頭なかった。

 何より、エティカのためだ。


「その間、エティカちゃんをお借りしたいのです」


 ローナの頼み事は、絵本ではなく、エティカ自身であった。


「エティカをか?」


「はい、何日も色んな人に出会うと疲れるでしょう。何よりエティカちゃんには、外向けの服もありませんし、その服のためにお借りしたいのです」


 エティカの外着のサイズ合わせで、ローナが預かってくれるのは、エヴァン自身願ってもない相談だった。

 青年には、女性用の衣服の知識もない。女性の悩みも好みもよく分からないので、ローナかヘレナにお願いするつもりだったのだ。


「分かった。……だそうだが、エティカはいいか?」


「うん! ローナ、ちゃんと、おでかけ、する」


「では、エヴァンが出掛ける頃に合わせますので、お願いします」


 そう言うと受付へ戻っていくローナ。


 できる給仕なのに、どうして口を開けば罵詈雑言なのか、改めて不思議に思うエヴァンであった。

 冒険者組合へ行き、その帰りに本屋で絵本を買う。

 その事を忘れないように用意された朝食を平らげた。

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