第26話「常連客」
白銀の少女が大泣きしている中、酒場においてはある一つの噂で持ちきりとなっていた。
理由はただ一つ。エヴァンの隣で微笑んでいた少女は誰なのかという話題である。
「なぁ、バル爺さっきの子誰なんだい」
ゆっくりとバルザックは飲んでいた席に戻ると、同席していた冒険者が尋ねた。
そこそこの歳を食ったような皺の寄せあった顔ではあるが、筋肉もついていて屈強な肉体であることに変わりない。むしろ、歳を感じないほどの威厳さえあるようにも思う男の質問に対して、一口酒をグイッと飲むとバル爺は答える。
「あ? 嬢ちゃんだとよ」
「そりゃ見たら分かるって。エヴァンの妹かなんかか?」
「だったら、お前も聞きにくれば良かっただろうに」
バルザックの言っていることはごもっとも。そんな反応を示したが、この尋ねた冒険者の男はあくまで黙する鴉の常連であって、エヴァンとよく会話をするほど仲がいいというわけでもない。
どちらかといえば、エヴァンとローナのやり取りを遠巻きに眺めて、茶々をいれる立場の人間である。
そんな自分が急にエヴァンへ質問しに行くほど、肝が据わっていないことを自負している男は、なんとも言い難い口振りと苦虫を噛み潰したような表情で答える。
「だってよ、あのエヴァンだぜ。もし踏み込んじゃいけないことだったら、無理に詮索したら可哀想じゃないか」
人知れず、青年は想われていた。
「なにより、あの可愛い子がずっと傍にいるんだぜ? その間に割って入るなんざ無理だって」
「そんなもんかの」
「あぁ、バル爺みたいにズケズケ行く奴らばっかじゃないからな」
「その癖に、聞き耳はしっかり立てていたようじゃな」
うぐっ、と核心を突かれた男は息を呑む。
なんとも後ろめたい表情で、ピューと口笛を吹いて誤魔化す。
この男。聞きにくいと言っておきながら、ちゃっかりと耳立てて、どんな会話をしていたのか伺っていたのだ。
それを見抜いていたバルザック。本人の言う通り、まだほろ酔いにすら至っていない姿は、ある意味恐ろしくも見えた。
彼がそんな
黙する鴉を利用する者の多くは、冒険者や門番や見張りを務める傭兵である。
冒険者は依頼を受ける以前に、冒険者組合で正式な手続きを踏んでから魔獣討伐や様々な依頼をこなす。
門番や傭兵も、冒険者から集められた魔獣の活動範囲など逐一更新されていくため、冒険者組合から情報を収集し従事する。
その関係から、組合という一つの組織の需要は大きく、その長を務め、創設者一家として名高いバルザックの名前も顔も広がらないわけがない。
むしろ、ストラ領近隣の村や街にまで広まったデカい顔は、どこに収めようとも収まらないくらい。
それほどに有名で、功績を上げている者が、この黙する鴉の常連で大酒飲みであることも悪名高い。幼い子どもが見たら泣きそうな仏頂面に、まとわりつく威圧感。
並の大人でも引き攣る表情をするだろう。
だから、大抵の冒険者や傭兵は彼に頭が上がらないのだ。
「と、ところで……。さっきの子は一体誰なんだい」
「ん? 誰って、エヴァンの連れに決まっておるじゃろ」
「そんなん見たら分かるって! 問題はどんな関係なのかだよ」
「どんな関係て……。連れ以外にあるのか」
バルザックへ問い詰めた男は、大袈裟に溜め息をつく。そして、呆れるように初老の男へ言葉を投げる。
「あんな小さな子、この酒場で見たことない。ましてや近くの子どもなわけもない。エヴァンと一緒に歩いてるんだから、もしかしたらと思ってよ……」
ふと、その会話を偶然耳にした紫髪の給仕は、立ち止まり、何事かと聞き耳を立てる。
もし、エティカのことを詮索されて、せっかくの黙する鴉という居場所がなくなるのはローナにとっても耐え難い。
手にした安寧の場所を失う悲しみを少女へ与えてはいけない。
そんな想いで、いつでも仲介できるポジションを取るが杞憂に終わる。
「エヴァンの隠し子なんじゃないかと思ってよ!」
「「「隠し子だとっ!?」」」
周りの冒険者や傭兵も声を張り上げる。いや、ローナ自身も耳を澄ませていたのだが、お前らもちゃっかり聞いてたのか。
そんな白い目で辺りを見回すと、すぐさま隠し子についての話題で持ちきりになった。
「隠し子ってことは、エヴァンとうとう王都に復讐するのか?」
「いや、だったらなんで隠れてするんだよ。表立って公言しちゃえばいいだろ」
「ちょっと痩せた頬だけど、ありゃ将来は美人さんになるべ」
ああでもないこうでもないと、様々な憶測が飛び交う中、唯一の重鎮であるバルザックが、あっけらかんと口にした。
「隠し子なわけないじゃろ。あんな可愛い子にエヴァンの血が流れていると思うか」
「「「思わないね」」」
満場一致であった。痩せた体や顔つきではあっても、あれほどの輝く原石はそうそういない。
それが傍目に分かるのは、ある意味ローナの鼻も高くなるが、この場所にエヴァンがいれば怒号が飛んでいたことだろう。
結局、エヴァンの隠し子でないことはヘレナから説明され、大いに納得した冒険者達は、白銀の少女とどうやってお近づきになろうか話し合っていた。
青年と少女、二人の知らないところで自然と名前が広がっていく事態となった。
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