第25話「一日のおわり」

 エヴァンの夕飯も済むと、早々に白銀の少女と二人で部屋へと帰る


 あまり長居するのも、ローナやアヴァンに申し訳ないのと、ここまで来るのに色々な事が起きて、疲れているであろうエティカを早く休ませようとしたからだ。


 部屋の場所を教え、エヴァンの部屋へ入る時には、様々な道具に興味が湧いていたが、今では落ち着き、青年と一緒にベッドへ腰掛けていた。

 そんなエティカへエヴァンは、帽子と辞書を持ってくる。


「こ、れ?」


「そうそう、これが術式を掛けた帽子で、こっちがローナはもう使わないらしいから、エティカへ辞書のプレゼントだって」


 エヴァンからそう言われ、エティカは両手一杯に受け取る。


「あり、がとう」


「どういたしまして。と言っても俺は、帽子に術式を掛けるくらいしかしてないんだがな」


「ううん、うれし、い」


 エティカがそう言って愛おしそうに抱きしめる姿が、エヴァンには少し小さく見えた。


 エティカは貰った帽子を試しに被ろうと、フードを下ろす。

 小さな黒の角が覗く。

 それを隠すように帽子を被ると、少し頭より大きな帽子がエティカの目元まで邪魔をする。


 それをちょい、と持ち上げ、エティカは照れくさそうに。


「どう?」


 ああ、何と可愛い姿だろうか。


 天使のようだ、とエヴァンは見惚れる。

 出逢った頃のような、泥と傷だらけの彼女は、今や綺麗な人形のようであった。


「可愛い、よく似合ってるぞ」


「え、えへへ……」


 恐らく、エティカにとって何度も言われた言葉であっても、エヴァンに言われた事の方が、何倍も嬉しく、照れてしまうようであった。

 少し、モジモジと肩を揺らすエティカ。


 そのまま、エティカの様子を脳内へ保存しても良かったのだが、切り替えは必要だろうと、エヴァンは切り替える。


「それを忘れずに被るようにな、この部屋で帽子を外す分には、大丈夫だろうが」


「うん」


「その辞書は、結構高い物だから大切にな」


「うん」


「……というか、エティカは辞書読めるか?」


 純粋な疑問だが、交流のない魔人族が人族の言葉で書かれた辞書を、読めるのか。

 もし読めなければ、エヴァンが教えるだけなので、特段な問題でもないのだが。


「ちょっと、だけ、なら、よめる、よ」


「そうなのか?」


「しゅーる、が、おしえて、くれた」


 それなら、問題はないのか、とも思ったが、辞書なので難しい字も書かれている。それなら、結果的にはエヴァン自身が、読み聞かせするようにした方がいいのではないか、と思い至る。

 本来なら絵本の方がいいのだろうが。


「そか、じゃあこれからは、俺がエティカに色々教える番だな」


「……ありが、とう」


 エティカがどれほどの事を知っているかは、分からない。それこそ、何も知らないのだろう。

 ならば、エヴァン自身や鴉の、事情を知っている者が、今まで教えていたしゅーるの役目を引き継げばいい。


 エティカは一人ではないのだから。


 幻生林で一人彷徨う事はもうしなくていいのだ。

 その事実。そして、しゅーるはもういない、という悲しみが再びエティカにもとに訪れる。


 知らない街へ来て、知らない人に出会う。それが恐怖でもあった。


 それでも、温かく迎えてくれた。身体を拭いてくれ、身なりも整えて、温かなご飯も用意してくれた。

 それが、形容しがたい温もりで、エティカの胸から溢れてしまう。


 エティカには、その溢れてしまうものを止める術を知らない。

 だから、紅色の瞳から涙として溢れてきた。


「えばん……」


「いいよ」


 エティカのその姿を見たエヴァンは、両手を広げた。


 エティカはすぐに飛びついた。

 もう声を抑えなくてもいいのだ。


 エティカの大きな泣き声を聞くのは、エヴァンは初めてだったが、抱きしめる小さな子はとても小さく、頭を優しく撫でる。


「えばん……えばん……」


「大丈夫。一緒にいるからな」


 そのまま大泣きのエティカを抱き締めたエヴァン。


 泣き疲れたエティカが寝息をたてるまで、長く、それほどに孤独だった事を示唆しているようであった。

 エヴァンが想像しているよりも、孤独で、誰よりも堪えていたのだろう。


 どうか、この子の孤独を埋める。癒し、救えるよう最善を尽くす事を誓うエヴァン。


 そんな二人を月陽が照らす。

 照らされた白銀の髪は、雪のようで、寂しく見えた。

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