第22話「お着替え」

 無事、着せ替えの済んだ白銀の人形は、ぶかぶかの白い衣類に身を包んでいた。


「やっぱり、サイズに合うのが必要ね」


「そうですね。部屋着ならまだしも、外着にしては不格好ですし」


 そう結論づけた二人に対して、エティカは「これじゃダメなの?」と言いたげな紅色の瞳で見つめている。

 首元を伸ばし、匂いを嗅いでみると少しタンスに押し込まれていた香りがする。

 臭いわけではないが、なんとなく不思議な、懐かしい感じがする。


 そんな少女へ、ヘレナは提案する。


「良かったらわたしの部屋へ行きましょうか。探せばエティカちゃんに合うものもあるでしょうし」


「わたし、これ、いいよ?」


「お部屋で着るならいいけど。外に出る時とかお洒落しゃれはしておいた方がいいからね。エヴァンと一緒にお出かけする時、綺麗な可愛い恰好の方がいいでしょ?」


「うん!」


 エヴァンという名前を出せば、彼女は即答した。天真爛漫な笑顔で、紅色の瞳を期待に輝かせながら。

 青年とのお出かけを思い描いているのだろう。

 なんとも乙女らしい。


「じゃ、行きましょうか――」


 ヘレナはそう提案しつつ、一つ忘れていたものに気付いた。

 とりあえず、急ではあるが新しい畳んだばかりのフェイスタオルを一枚。それを、白銀の小さな頭を覆うのに充分だと判断すると、巻いていく。

 ぐるぐるに。それでいて崩れないように。即席ヘアキャップを作る。


「へれな、これ……」


「こうしたら綺麗な角も隠れるでしょ? わたしの部屋までこれで行きましょう」


「うんっ。ありがと」


 ニカッと笑った白銀の少女と、無表情の紫髪の給仕を連れて脱衣所を後にする。

 従業員用の風呂場や脱衣所は一階の廊下の突き当たりで、ヘレナの部屋もすぐ近くだ。

 受付へ伸びていく廊下の途中にある扉を開いて中に入る。おずおずと白銀の少女も入っていくと、なんとも甘い香りに鼻腔が刺激される。


 エヴァンの部屋より大きなベッドに、整理整頓された室内。ただ、それでも荷物の多さや、小物の多さが目につく。カーテンも純白のもので、清潔感のある印象を与えるが、女性的な甘い匂いと男性的な匂いが混合する独特な雰囲気だと少女は感じた。


 入室したヘレナはさっそくと、いくつもあるタンスの中でも濃い色をした引き出しを開いていく。

 その姿を確認したローナも続いて、その隣に置いてあるタンスの引き出しを開いて、エティカに合う洋服を探していく。


「意外とないわね」


「結構渡していましたから。あれでしたら買いに行きましょうか」


「今日確か定休日だったはずよ。一日だけローブで我慢してもらうことになるわね……」


「わたし、これで、いいよ?」


 脱衣所でも答えたように同じ言葉を二人へ投げる。その姿は、本当にそう思っているということを伝えていた。

 血眼になって探してみても、肌着くらいしか見つからないのだから仕方ないか……と。ヘレナは後悔の気持ちが湧き上がる。


 大きめの服はいくつかある。ただそのどれもがエティカのサイズに合っていなくぶかぶか。

 どうして、使わないからといって全部あげちゃったのかしら。いつか使うかもしれないじゃない。自分に子どもができた時とか必要になるかもしれないじゃない。


 ヘレナは、そう思い自身の行為を反省していく。あの時、どうせ買えばいいからと譲ったことが今になって響くとは思いもしなかった。


 そんな中でも、懸命に探すローナは一枚のギリギリ白銀の少女に合いそうなサイズの服を見つける。


「これとかどうでしょう」


 ヘレナに見えるよう広げて見せたものは、確かに少女が着るには少し大きいが、今着ているものよりかは着心地はいいだろう。

 少し地味目な装飾も刺繍ししゅうも施されていない、茶色の長袖の服。

 あまりにも可愛げがなく、懐妊祝いで譲るのもはばかれた代物。

 それをローナは見つけた。やはりできる給仕だ。


「いいわね。地味すぎるけど、どうせローブ着るし隠れるわね」


「はい、例え見えても問題ないと思います」


 ヘレナは及第点の衣類を受け取ると、さっそくと白銀の少女へ近づき体のラインに衣装を合わせていく。

 うん。少し大きいけど繋ぎならいいでしょう。

 でも、これだけ可愛い宝石なのだから綺麗な可愛い刺繍が入って服も着せてあげたい。

 そう思ったら、自然と口に出していた。


「ローナ。明日何時でもいいからエティカちゃんの服を買ってきてくれないかしら」


「明日ですか」


「えぇ、どうせエヴァンも冒険者組合へ報告に行くでしょうし、エティカちゃんの採寸も兼ねて行ってきてくれないかしら」


「分かりました。可愛い服をたくさん買ってきますね」


 金髪の女将の意図を汲み取り、紫髪の給仕は二つ返事で引き受けた。

 そんな当人である白銀の少女は、ポカンとした表情で固まっているが。

 そういえば、とそのエティカの頭を見て、もう一つ頼まなければいけないことをヘレナは思い出した。


 適当に、壁に掛けられた茶色の地味な帽子を取る。


「ローナもう一つ頼み事なのだけど――」


「はい、その帽子をエヴァンに届ければいいんですね」


「あなた……本当にできた給仕ね」


 白く細い指で受け取ったローナは、ヘレナの言いたいことを理解していた。

 熟年夫婦の会話にさえ勘違いしそうな中、無表情の給仕は自慢げに答える。


「今、エヴァンは仮眠中なので叩き起して、認識阻害の術式を掛けてもらえばいいんですよね」


「無理して起こさなくてもいいのだけど……。まぁ、そこは任せるわ。ちゃんとしたのにしなきゃ駄目よ、と伝えておいてね。わたしはもう少し服を探してみるから」


「はい、お任せ下さい」


 と、口にした給仕は足早に退室し、エヴァンの部屋まで向かう。

 取り残されたヘレナとエティカは、互いに目が合うと微笑み合う。


「わたしはもう少し探してみるから、ベッドに座ってていいわよ?」


「うん、ありがとっ」


 手持ち無沙汰に部屋を見渡し、立ちすくんだエティカへそう促すと、ヘレナは再び捜索を開始する。

 そんな二人の天井からドスンッという鈍い音が響くのは、この後すぐのことである。

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