第10話「金貨と魂」

「え!?」


 エティカの持っていた物は、紛うことなき金貨だった。


「エティカ、どこでこれを?」


「しゅーる、が、わたして、くれた」


「そ、そうなのか……。あまりその金貨を他の人に見せないよう、しまっておいてな」


「うん」


 そう言ってゴソゴソと金貨をしまう。

 下手な冒険者よりもお金持ちの子を、背負っている事実に青年を襲っていた眠気が吹き飛ぶ。


 魔人族の流通貨幣かへいかどうかは分からないが、ストラ領を含めた多くの領土で流通している貨幣は、エティカの持っている【ラスティナ硬貨】である。


 種類も銅貨、銀貨、金貨とあり、それ以上は宝石で取り引きされているが、宝石まで取り扱うのは一部の上流階級の者だけ。

 なので、銅貨、銀貨、金貨を取り扱うのが商人の基本で、非常に多く流通しているのが、庶民の味方の銅貨である。


 銅貨一枚でパンを購入でき、ある程度の品は銅貨で買える。

 冒険者の依頼でも銅貨が報酬となっている事が多く、銅貨二、三枚で宿屋に泊まることもできる。

 だからこそ、銅貨を持っている者が大半を占めていて、それこそ銀貨を持つ者はもっと少ない。

 金貨を持つ者も限られた一部。


 その限られた一部に小さな女の子がいるとは、想像していない事態だったエヴァンであった。

 そんな物珍しい金貨を小さな女の子が、持っていると知られると、良からぬ事を考えるやからは必ずいる。

 誘拐やらスリ、そういった事件に巻き込まれるかもしれない。


 何より、しゅーるさんが渡してくれた形見のようなもの。

 それが奪われてしまうのは、避けたいところ。


(お守りにしてみるか)


 青年はそう思い至った。

 小さな布で巾着きんちゃくを作って、そこに入れるのでもいい。なんにせよ、裸で持つのは控えた方が懸命けんめいだろう。


 ああ、まさかお金持ちの子だったとは、と驚きを隠せないエヴァン。

 なら、何故、父親は衰弱死させられたのか。金持ちだったからなのか、誰かの恨みを買ったのか、青年には理解できなかった。

 魔人族の事はほとんど知らない事が、これほどまでにもどかしい思いをするとは、到底思えなかった。


 列が進むにつれ、焦燥感しょうそうかんつのるエヴァンではあったが、エティカは近付く門の大きさに目を引かれる事や、すれ違う人々を目で追うのに忙しい様子だった。


 特に目を引くのが獣人族だ。柔らかそうな毛並みの者もいれば、エヴァンよりも大きな身体の者、耳が大きい者も、頭に生えた耳など色々な姿の者がいるからだ。

 眺めるだけで興味をそそられる。エティカの見てきた世界が、いかに狭いのか分かるようであった。


 そんなエティカの興味が、あっちらこっちらと移っている間、質問をされれば答える姿は、ストラ領へ旅に来た親子のように見えた。


 チラリと、覗く白銀の髪が陽光を反射する。

 対してエヴァンの髪は、相対的な黒色で、親子にしては不思議だな、という印象を与える。


 獣人族の耳の事を「かわいいね」と。エヴァンへ興奮した様子で、話し掛けていたエティカであったが、気になっていたことを青年へ質問として投げかける。


「えばん、の、『きゅうせい、しゅ』て、なに?」


 予想外のタイミングで、予想外の質問が来て、ウッ、と息を飲むエヴァン。さっきまで、獣人族の耳は色々な耳があって可愛い、と言っていたので落差も相まってだ。

 ただ、エヴァン自身のことでもあるので、気にはなるのだろう。


「そうだな………。"能力"ていう不思議なチカラなんだが、能力て分かるか?」


「ううん」


 首を横に振る振動が、エヴァンへ伝わる。

 能力が一般常識でないことが、青年にとってはあまりにも意外で少しばかり固まる。

 魔人族以外には一般常識。ということは、魔人族には能力が無いのかもしれない。いや、『魔王』という存在がいるなら、それはないだろうという結論に至る。


「えっと……。能力ていうのは、簡単に言うと魂みたいなものだな」


「たましい?」


「そう。産まれた赤ん坊が一番最初に、産声ていう大声を出すだろ? その時に、能力を一緒にとるんだ」


「うん」


「それは産まれてくる全員一緒で、みんな能力を持って声を出す。だから、能力は魂のようなものて捉えれてな。逆に能力を失うと、魂が無くなるとも言われているんだ」


「みんな、もって、る? えてぃか、も?」


「多分、エティカも持ってるはずだぞ。ただ、発現してないだけだと思うが」


「そ、か」


 胎児たいじであった者が、この世界に産まれた証拠として大きな産声を上げ、呼吸する。


 その時に能力を獲得するのだが、能力との適合が上手くいくと早く能力が発現し、能力の発動に必要な条件を省略して発動する事ができる。

 と、同時に得られる恩恵も大きすぎて、身体への負担が大きくなる。


 そんな全人類が所持している能力も、魔人族の認識とは違いがあるそうだ。

 魔法とは違い、多様性溢れる個性のようなもの。エヴァンにとってはそんな認識。

 ただ、多様性がありすぎて難点もある。


 能力が魂のようなものと呼ばれるのが、産声と同時に獲得すること以外にも、能力を発現した者の性格や人格が、その所持している能力に引き寄せられるのでは無いか、という点である。


 料理系の能力を得た者は料理人へ。商売系の能力を得た者は商人へ。悪性のものを得た者は犯罪者へ。

 二つの能力を持つ者はかなり珍しく、数千人に一人もしくは数万人に一人しか生まれない。

 たった一つの能力を持って産まれてくる。


 そういった事も相まって魂という認識になっているのだ。


「それで、『救世主』というのは俺が持っている能力だな。有名なのが、『魔王』とか『勇者』とかあるんだが、それと似たようなものだな」


「ほへ~」


「だから、俺の能力は助けを求めた者や、救いの必要な者の願いを叶えることができる能力で、状況に合わせた力をくれるんだ」


 ぽかん、とした表情のエティカ。思考が止まった様子ではあったが、そこは魔人族。エティカ自身の理解力もずば抜けていたのか、少しの時間があれば理解はできた。


「じゃあ、えてぃか、えばん、のおかげ。ありがとう」


 柔らかく、優しい声音でそう言った。

 どうしてこの子は、自身が大変な状況なのに、お礼や感謝ができるのだろう。

 親を亡くし、たった一人の状況であっても、礼を言える余裕があるのだ。


 並大抵な精神力ではない。エヴァンがいるので天涯孤独てんがいこどく、というわけでは無いが、そうでなくとも悲しみで余裕は無くなる。

 特に見た目からしてエティカは幼い。相当な無理をしているのかもしれない。

 もしくは、痩せた身体以上に痩せ我慢しているのかもしれない。


「どういたしまして。エティカは凄いな」


 そう思うとエティカのその身に隠した意志はとてつもなく固いのだろう。

 強がりなのかもしれない。


 それでも、強がりでも痩せ我慢でも、エヴァンに心配を掛けたくない。

 それは幻生林を抜けてすぐに、ギブアップしても背負われることをエティカが若干抵抗した時に、エヴァンは薄々感じていた。

 もっと言うなら、大丈夫と、心配を掛けないように無理をした辺り。


 魔人族の成熟の早さ云々よりも、そういった気遣いにエヴァンは凄いと感じた。

 自分がエティカの背丈くらいならば、山へ行っては悪さをし、畑を踏み荒らし、拾ったそこら辺の木の棒を聖剣のように振るっていただろう。


「すごく、ないよ」


 少し上擦った声のエティカ。

 謙虚けんきょさもあるとは恐れ入った。これにはエヴァンも、自身の幼少期の悪ガキっぷりを思い返して恥に浸る。

 当のエティカは照れたのか、一層青年の背中にしがみついた。

 しがみついたが、それ以上に恥ずかしさも増した。


「お熱いですね」


 そんな二人へ、凛とした涼しさを感じる声が掛けられた。

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