第9話「ストラ領」
ヴェルディと別れ、木材で組まれた柵を進むと、少しずつ前方に見えていた大きな石造りの門が、近付いてくる。
それと同時に、行き交う行商人の荷馬車ともすれ違う事が多くなり、いよいよストラ領にやってきたのだと、実感するエヴァン。
対して、すれ違う荷馬車の積荷や、荷馬車を引く馬、行商人の格好など、好奇心の行先は常に新鮮なエティカは、キョロキョロと見回し、先ほどまでの疲れを感じさせない興味津々な状態だった。
「気になるか?」
「うん!」
間髪入れずに返答。エティカの好奇心は、同年代の子たちよりも強いのかもしれない。
そんな今にも飛び出しそうな元気が溢れていた。
「ストラは色んな冒険者がいる街なんだが、すれ違う人たちもよく見ると、色んな人がいるだろ」
「うん! みみ、がある、うろこも、みえる」
「そうそう。獣人族や
「ほへ~」
少し気が抜けたように
その声は変わらずふわふわとしていた。
冒険者は討伐依頼などをこなすため、物品などの
そのため、安く素早く手に入るものが好まれ、質も良ければ上々。そんな品は王都では、全くと言っていいほど売れないが、ストラ領では間違いなく売れる。
ストラ領で稼ぎを確保し、より高価な仕入れができるようになれば王都へ移る。そんな商人が、多く集まる場所でもあり、行商人の羽休めの場所にもなっている。
だから、多くの荷馬車が行き交い、獣人族や魚人族の商人も訪れる街となっているのだ。
「ぼう、けんしゃ、もいっぱい?」
「ああ、俺みたいに宿を下宿先にしている冒険者もいるけど、そもそも冒険者は、同じ場所に居続けるの難しいから」
「そう、なの? おうち、ない」
「色んな街や村に、依頼で何日も留守にするから。そうなると依頼報酬より家賃の方が高くなるし、それなら野宿や宿を借りた方が安く済むしな」
「ほへ~」
冒険者が多いと宿屋や飯屋も多くなる。そうなると野菜や魚などの食料の流通や、武器や防具も消耗するので、鍛冶屋への仕入れも増えてくる。
そうやってストラ領は、着実に発展してきた。
無論、人が増えれば依頼も相対的に増えるので、色んな地方から来る新人冒険者も増える。人も物資も増えた街。
そんな活動拠点の場所にもなったのだ。
「からす、が、えばんのいえ?」
「そうそう。ご飯のうまいところ」
「お~ぉ」
「ご飯は好きか?」
「わかん、ない。あじ、うすかった」
味が薄いのか、とエティリカの食事事情を青年は想像する。
魔人族は長命な種族で、平均で百五十年は生きるとされている。人族が六十歳、長寿で八十歳まで生きるのに対してだ。
そんな長命ともなると、食事も質素なものになるのだろうか。
もしくは薄味が長寿の秘訣なのだろうか、と。
魔人族は『魔王』の能力によって寿命を伸ばされ、更には幼少期の成長が、他種族よりも早く成熟する。そして青年期が一番長く、老年期が短くなる。
これは『勇者』との戦いの中で、組み換えられた遺伝子のようなもので戦闘に早く、長く参戦出来るようになった。身体能力も知性も高い。それも全て『魔王』に
獣人族よりも
しかし、
それほどに種族数は少なく、繁殖能力も低い種族である。
そんな魔人族みな全て、人族を含めた他種族全人類へ殺意を向けているというわけでは無いと。エティカを見ていると、そう思いたいエヴァンであった。
今、背負っている子は他と何一つ変わらない、ただの子どもなのだ。
「ご飯食べるにしても
「ん?」
「俺と昔から一緒にいる奴でな。鴉の店主をしているんだが、エティカの目みたいに、赤い髪なんだぞ」
「へ~!」
「一緒に女将さんもいるんだが、この人はちょっと苦手でな」
キョトン、とした顔のエティカ。
もちろんそんな顔は、エヴァンには見えない。
もちろん苦虫を噛んだような顔も、白銀の少女には見えていない。
ストラ領に近付くほど、土が徐々に硬くなる。行き交う人と荷馬車で、踏みしめられた土だ。
それを実感する頃には、大きな石造りの門も近くなる。
その門の前にできた行列に、青年は
荷馬車と行商人と旅人の長い列だ。
「ひと、いっぱい!」
それに反して、エティカは素直な反応を示した。
ああ、彼女のような素直さがエヴァンにもあれば、と。
少女の無邪気さは救いのようだった。
げんなりとした気持ちに
もう少しで、行列の最後尾につく。
エヴァンが例え、幻生林で依頼とは関係なく魔獣を討伐していようと、列には並ばなければいけない。
冒険者専用の列がある訳でも、冒険者だから列を追い越して、ストラ領に入ることができるわけでもないのだ。
しかし、王都から来る王国関係者は、列に並ぶことなく入ることができるのだが、青年はそんな許可証を持っていなかった。
(これでも『勇者』の代わりなんだが……)
無論、『勇者』の代わりだからこそ、王国から優遇される提案があった。だが、それを蹴ったのはエヴァン本人だ。
「自分は『勇者』の代わりであって、ただの冒険者」と。
提案を受け入れていれば、王都へ定住していたはずなのに。
自由が無くなるから、と蹴ってストラ領で暮らしているのだ。
だからこそ、行列に並ばなければならない。
「エティカ、ここから長くなるけど大丈夫か?」
「うん、だい、じょうぶ!」
今、青年達が並んでいる西側の門の他にも、東西南北それぞれに大きな門がある。そのどれも
ただ、西側は幻生林の近くを通るルートがあるため、他より列は短いはず。
そのはずが、ここ最近の魔獣による被害報告が減っているため、あえて、この幻生林の近くを通過するルートを選ぶ者もいるだろう。
その結果、列の長さはエヴァンの予想よりも、長くなっていたのだ。
しかも、荷物の検査や身分証明、通行料の支払いなどで予想よりもかなり長くなる。
ふと、すれ違う人がエヴァンの姿を見ると、驚愕の表情をしていたのが、目に付いたエティカは不思議に思い質問した。
「えばん、ゆうめい?」
「え?」
「えばん、みるひと、おどろく」
「あー…………と。そうだな…………」
なんと説明すれば、と思案する。色々な事があってから青年は有名になっている。
ストラ領に入れば、すれ違う人が驚いたりすることは少なくなるのだが、ストラ領以外の所から来る旅人だったりは、驚いて顔を伺うのが、度々ある。
だからこそ、どのように説明すべきか悩んでしまう。
「俺は冒険者なんだけど、冒険者じゃないみたいな感じで有名というか…………」
「ん?」
言い
ふと、一向に進む気配が見えない長蛇の列を見て、一から説明するか。とエヴァンは少し咳払いをし、説明する。
「普通の冒険者は、依頼をこなして稼ぎを作る。それこそ幻生林にいる魔獣討伐だったり、幻生林への調査の護衛だったり」
「うん」
「俺はそういった依頼をこなさくていい冒険者で。『救世主』として『魔王』を倒さなきゃいけないから、依頼をしなくてもいいのが理由なんだ」
「うん」
「代わりに王国からの討伐依頼とかやらなきゃいけなくて、その依頼の報酬がまた凄くてな……」
「そう、なんだ。おかね、もち?」
「そうそう、大金持ちだな。普通に王都で楽に暮らせるくらいていう噂が広まってな。何でこのストラにいるんだ? って驚かれるんだよ」
「ほへ~」
実際には様々な理由で、驚かれているのもある。
青年という『救世主』が来たという事は、『魔王』関連で何かあったのか、とか。
王都で暮らしていると思っている人間は、何でここに? といった疑問やら。
実物を見るのが初めてで、驚く者もいる。
中には話し掛けてくる者も過去にはいた。
いくつもの村や人々を救ってきたが、同じように救えなかった者もいる。エヴァンがいることで、守ってくれると思う者もいれば、エヴァンがいると『魔王』が来ると、思う者もいるのだ。
全人類の『魔王』への恐怖が根強い以上、そういった理由で驚く者の方が多い。
「おかね、て、これ?」
ふとエティカが握りしめていた物をエヴァンに見せた。
小さな手に乗っていたのは、金色に輝く硬貨だった。
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