第8話「拡声」

(うわ、あいつ今日の当番かよ……)


 駆け寄ってくる人物へ興味が移るエティカに対して、エヴァンは少しげんなりとしていた。

 寝不足の頭に目の前から駆け寄ってくる者の声は、あまりにもうるさすぎて気が滅入るのだ。


 幾分いくぶん、足取りも重くはなるが、ある意味他の者でなかっただけ良かったのではないか、と楽観的に考える。

 駆け寄ってくる者は、うるさいながらもエヴァンとそこそこの付き合いで、ある程度話が通じやすい相手でもある。


 聴力を失いかけるほどの大声が難点なのだが。


 数メートル先であっても、大声で「おーい!!!」と叫ぶ必要があるのか、疑問になるほどのうるささに眉をしかめるエヴァン。

 少しワクワクしているのか、知的好奇心か、駆け寄ってくる者を見つめるエティカ。

 大声の主はカチャカチャと防具が、当たる音を鳴らしながらエヴァンたちへ近付くと。


「おはよう!! 今日は意外と早かったな!!! もう帰ってこないのかと心配したぞ!」


 怒号のような大声で、空気を揺らしながらそう言った。


 彼はヴェルディ・アストレイア。

 朝日に照らされた金色の髪に碧眼へきがん

 エヴァンと同い歳の傭兵団所属の青年だ。

 元気が取り柄と周りからは言われているが、実際には声量が大きいだけで、有り余る元気が溢れ出ている訳では無い。


 エヴァンがストラ領に来てからの知り合いで、エヴァンの下宿先である宿へ、度々夕飯を食べに来る。

 声がうるさいからと渋い顔をするエヴァンではあるが、傭兵団の中では一番話がしやすい相手でもあるので、内心では見張りがヴェルディで良かったと思っている。


「少し声を抑えてくれ。こっちは寝不足だぞ」


 ヴェルディはある程度、近くまで来ると立ち止まる。

 同じようにエヴァンも立ち止まる。


「おお、それはすまん! 昨日はからすで飲んでいてな。大酒飲みの爺さんと飲んでいたら、いつの間にかぐっすりでな!」


 鴉とはエヴァンが下宿している宿の呼び名で、宿屋兼酒場となっている。日も暮れると大賑わいの冒険者が、集う場になっている。

 それだけでなく、冒険者の依頼が集まる掲示板を設置している珍しい宿屋となっている。


 正式には黙する鴉。呼び名は鴉。

 エヴァンの親友夫妻が、主として経営云々をしている宿屋である。


「姉さんに起こされたら朝でな! 急いで来たわけさ!」


「だからそんなに離れてるのか」


「おう! にんにく増し増しだぞ!」


 仕事前日に、口臭がキツくなるものを食べるとは何事だ、と白い目をするエヴァン。


 それとなく距離を置いて立ち止まったのも、臭い匂いが迷惑にならないように、と配慮したのが理由らしい。

 それでも鼻を利かせてしまうと漂ってくるので、手遅れな気もしたが、軽口もほどほどに気持ちを切り替えるエヴァン。


「……それで、報告な。魔獣は二体討伐、狼型の個体。川辺まで見たがその個体しか確認できなかったから、他は奥に潜んでいるのかもしれない」


「そうか! 最近魔獣の被害やら、発見報告が少ないのも何かの前兆かもしれないな! うむうむ。いつも助かる! 俺たちだと出てくるのを、しばくくらいしかできないから」


 傭兵団は門番やら見張りやらで、幻生林から出てきた魔獣から街を守るのが最優先事項であって、森へ進んで入って魔獣討伐はできないのだ。


 だから冒険者が討伐に行き、傭兵団は街を守る。

 そういう仕組みになっていて、こうやって魔獣討伐の報告をして情報共有をしている。

 魔獣によって多くの村が被害に合った。それを未然に防ぐ為だ。


「ところで! その子は?」


 体を傾け、エヴァンの背負っている者を見るヴェルディ。


 気付いてしまった、と少々面倒な表情をするエヴァン。

 とてつもない楽観視で、討伐報告の真面目な雰囲気からするするとやり過ごせることを、あわよくば期待していた心持ちだった。


 声はうるさいながらも、仕事ぶりは大変優秀で、真面目なヴェルディだ。気付かないわけが無いのだ。

 認識阻害の術式も、あくまで人族の子どもに見える程度のものしか掛けていないので、気付くのが当たり前といえば当たり前だが。


「この子は昨日の夜、迷子だったところを保護した。親も一緒に幻生林へ入ったそうだが死別したそうだ」


「おお、そうかそうか……。あまりに無神経だった。これから保護所へ行くのか?」


「いや、鴉に連れて行く。保護所だと何をされるか分かったものじゃないだろ」


「まあ、確かに! 先日も虐待ぎゃくたい騒ぎがあったしな! 鴉なら安心だろ!」


「ああ、だからこの子も疲れてるだろうし、早く行かなきゃ行けないんでな。また飯でも食おう」


「おお! そうだな! 早く行かなきゃ駄目だろう! なんでもっと早く言わないんだ!」


 寝不足も相まって、青年の目付きも一層悪くなる。付き合いきれないとさえ思えてしまったのか、はぁ、と小さく溜息をつくと。


「じゃあまたな」


「おう! 気をつけてな!」


 ヴェルディとすれ違うように、歩みを進めるエヴァン。

 その後ろ姿と、背負われたフードを深深と被った子を立ち止まって、眺めるヴェルディ。

 ある程度、エヴァンとも距離が取れ、エヴァンの聞き耳にも聞こえない程、離れた際に小さく。


「一応、ウレベさんにも伝えとくか」


 と、ポツリ零した。

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