第54話『私以外はだめですよ!』

 体を軽く捻り、飛来する矢を回避した。今のリュールでなければ、こうも容易く避けられなかっただろう。狙いの正確さも、矢をつがえる速度も人間離れしていた。それだけで魔獣と断定できるほどの異常さだ。


 今まで見た魔獣はどれも、元にした生き物から見た目に変化がみられた。特に影響が顕著なのが、体の大きさだった。

 ただし、人間を元にした魔獣はどうやら例外のようだ。リュールは自分が殺した相手を、なるべく忘れないようにしている。人の命を奪うならば、せめてそれくらいの責任は持ちたいと考えていた。

 リュールに向け矢を放つ男は、あの日のまま小柄だった。他の者も、大きく変わっている印象はない。


「だけどな」

『また死んでもらいます!』


 片手でブレイダを振り下ろす。右端にいた弓矢の男は、縦に真っ二つとなった。

 仲間が惨殺されても、全く動じる様子はみせない。怨嗟に満ちて濁った瞳で、リュールを見つめるだけだ。


「魔獣だ。やるぞ」

『はいっ!』


 戦いの場では、感情というものは不要だ。判断が鈍れば、身体も鈍る。それは死への近道だ。

 左から短剣、右からは長剣を持った人型魔獣が迫る。身のこなしは隙だらけで、まるで素人だ。しかし、その速さはまともではない。


『リュール様!』

「大丈夫だ」


 まともではないのは、リュールも同じだった。それどころか、人型魔獣以上に人を超えていた。

 

 長剣と短剣の攻撃は、真っ当な人間ならば、簡単に両断されてしまいそうな激しさだった。しかし、リュールとブレイダにはその程度、通用しない。

 右から左に、重さを増したブレイダを振り抜く。

 二体の魔獣はそれぞれ、胴から分断される。ふたつの上半身が、血と腸を撒き散らしながら吹き飛んだ。


 一瞬動きを止めたリュールに向かって、矢が迫る。弓矢を持つ魔獣は、もう一体いる。

 軽く上半身を逸らし、矢を掴み取る。そのまま弓矢の魔獣に投げ返そうと、リュールは振りかぶった。


『だめですよ!』

「ああ、そうか」

『私以外はだめですよ!』

「はいよ」


 矢を地面に落としたリュールの後方から、手斧の魔獣が襲いかかる。見えてはいなかったが、その行動は手に取るように把握できていた。

 振り向くことなく、ブレイダを背中越しに突き出す。次の瞬間、予想通りの手応え。


「おら!」


 そのままブレイダを縦に振った。腹を突き刺された手斧の魔獣がリュールの頭上を経由し、前方に投げ飛ばされる。その先では、弓矢の魔獣が再度矢を放とうとしていた。


「これで」

『終わりです!』


 魔獣同士が衝突した所を目がけ、ブレイダを右上から斜めに振り下ろす。白銀の刃は、なんの抵抗もなく魔獣を斬り裂いた。


「ふう」

『さすがリュール様です!』


 リュールを襲った五体の魔獣は全滅した。人であった頃と同じく、リュールとブレイダの手によって。

 転がる死骸を見て、リュールは恐ろしさを感じていた。さしたる苦戦はしなかったが、それは今の自分達だからだ。ブレイダが人になったばかりの時であれば、全く逆の立場になっていたはずだ。


「人、か……」

『人でしたね』

「こいつは、悪趣味だ」


 魔獣ということは、黒紫の武具を持った者が作り出したということだ。リュールに恨みを持っているであろう五人の野盗を材料にしたのも、それらをリュールに向けたことも、目的があってのことだろう。


 他にも人型魔獣が襲ってこないとは限らない。リュールは再度、周囲への警戒を強めた。


「そうか、そうなるか」

『他にもいた、ということですね』


 リュールが投げかける視線の先には、ふたつの人影があった。ずんぐりとした筋肉質の男と、それに寄り添う幼い少女。


「久しぶりだな、リュール」


 男の放つ言葉は、それなりに離れた場所にもよく響いた。懐かしいその声に、リュールは顔をしかめた。

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