第52話「お似合いです!」
尋問の最後にジルは「俺がアレで暴れてる内に、何かしようとしている」と言った。彼らは決して魔獣とは言わない。その呼称はあくまでも騎士団が便宜的につけたものだ。
所詮は使い走りだと自嘲するジルは、それ以上のことを知らないと言った。ルヴィエとジル以外にも人になる剣を持っている者はいるらしいが、人数も名前も聞かされていなかった。
あの様子では嘘を言っているとは思えなかったが、マリムはもう少し聞き出すと言っていた。その後奴がどうなったか、リュールは知りたくもなかった。
現状で残された手がかりは、ルヴィエの剣だけだ。ブレイダによると、この街の先にある戦場跡に数日留まっているようだった。
その情報を受けたマリムは、ルヴィエの調査をリュールに依頼した。騎士団長は「ちょっとやることがあってね、準備が終わったら我々も向かうよ」といつもの笑みを浮かべていた。
リュールは依頼の中で、確かめたいことがあった。ルヴィエはなぜそんなにも人を恨んでいるのか、今から止めることはできないのか。未練に似た感情に、どうしても決着をつけたかった。
リュールが近付いてることを、ルヴィエは気付いているはずだ。まだ話す余地があるのか、それともリュールを待ち構える罠なのか。
どちらにせよ、今は行くしかない。危険は覚悟の上だ。
「そろそろだな」
「はい」
日が落ちる少し前、リュールは大きめの鞄を開く。中には黒く輝く鎧が収められていた。壊れてしまった皮鎧の代わりにマリムが用意させたものだ。
騎士団の中でも限られた者しか身に付けられない、特殊製法の鉄鎧。魔獣の攻撃であれば、大抵耐えてしまう強度を持っているらしい。レピアの剣撃にはほとんど耐えられなかったそうだが、ないよりは遥かに良い。
当初は全身を包む構造であったが、さすがに断った。動きを妨げないように部品を減らし、急所を守る程度に留めた。
「リュール様、お似合いです!」
「そりゃどうも」
鎧の上から黒い袖なしの外套を羽織る。夜に戦うことが多いため、目立たないような色にした。ただの気休めだ。
こんな臨戦態勢では道中怪しまれてしまうため、着用する時は限られる。かなり邪魔であったが、仕方ない。
「行くか、ブレイダ」
『はい!』
緋色の鞘を腰に引っ掛け、リュールは宿を後にした。
門番に金を渡し、壁の外に出る。しばらく歩けば、戦場跡の平原だ。
雲で月明かりは薄い。それでもはっきりと景色を見て取れる。以前よりも夜目が効くようになっていることが自覚できた。
『懐かしいですね』
「覚えているのか?」
『んー、正確には覚えているとは違いますけども』
「初めて話した頃に言っていたな」
ブレイダがブレイダになるまでは、ただの物だった。当然、言葉を発することもなく、意思もない。あの朝、人の姿になった時、過去の出来事を記憶として認識したと言っていた。
『はい。リュール様は私で戦ってくださいました』
リュールはブレイダの気遣いがわかった。少し前までの彼女であれば、違う言葉を使っていたはずだ。
「殺したって言わないんだな」
『もう、意地悪です』
剣としては人を殺すことが本来の用途だ。殺せば殺すほど、存在意義を満たしたことになる。だから、ブレイダは人を殺すことを誇りに感じると言っていた。
人の姿になって以来、その価値観が少し変わってきているとリュールは感じていた。次第に人間の感覚に近付いていくブレイダ。リュールはそれを嬉しいと思っていた。ただし、良い事なのかどうかは、わからない。
「殺すことはそんなに好きじゃない」
『存じておりますよ』
「でも、殺らないといけない時もある」
『はい、それも存じております』
「戦争は、その場にいる者の感情なんて考慮されないからな」
自分が戦場で死んだとしても、たぶん人を恨まなないだろうと思う。殺すのだから殺される可能性もある。リュールは傭兵団が壊滅して以来、自分の命に意味を感じなくなったのかもしれない。
『私はリュール様が亡くなったら嫌ですよ』
「そうか」
『考えたくもありませんが、きっと相手を恨みます』
「そうか」
『それが、リュール様のご友人であっても』
「そうか」
再びリュールは嬉しいと思った。愛用の剣は主人よりも人間的な感情を持っているようだ。
今の自分とブレイダなら、なんとかなるような気がしていた。
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