第45話「剣でも学習するんですよ」

 宛てがわれた天幕の中、あまり眠れなかったリュールは、ひとつの選択をしようとしていた。ただし、決断や決心というほど強い意志はない。

 だから、少々卑怯な方法で自分を動かそうと考えた。対外的には情けない話だが、自分達の間柄ならば許されるだろう。


「なぁ、いいか?」

「はい! おはようございます!」


 寝転んだまま、隣の愛剣に声をかける。ブレイダは勢いよく上半身を起こし、リュールに微笑みかけた。

 相変わらず寝付きも寝起きも素早い。まだ日は昇り始めていないような時間でも、まったく動じていなかった。


「聞いてほしいことがある」

「なんなりと!」


 元気に返事をしつつ、赤い髪紐で銀髪を括る。ブレイダの目覚めの儀式のようなものだ。


「俺は、戦場以外で人が死ぬのを、あまり良いとは思わないみたいだ」

「はい」

「だから、魔獣を狩ってきた」

「はい」

「これからも、そうしたいと思う」

「わかりました!」


 ブレイダが大きく頷いた。頭の動きに合わせて、馬の尾のように括られた髪が揺れる。


「ん? では、あの人とは」

「できれば戦いたくない。でも、戦わないといけないかもしれない」

「わかりました! ならば、殺さずに止めましょう! ついでに魔獣のことなど、いろいろ聞き出しましょう!」


 その発言に、リュールは目を丸くした。まさかそんな言葉が返ってくるとは思わなかったのだ。

 結果として求めていた答えは、まさしくそれだった。しかし、リュールが想定していた経緯とは大きく異なっていた。


「殺すって言うと思った」

「ふふふ、剣でも学習するんですよ」

「そうか」

「少しはリュール様のお考えに近付けたでしょうか」

「ああ、拍子抜けだけどな」

「それは、ひどいです」


 殺すと言うブレイダを諌める形で、止めるという結論にしようと考えていた。そんな浅い目論見を見透かしたように、ブレイダはリュールの欲しい回答を出してくれた。

 剣に甘える自分と、主人を察する剣。互いの変化にリュールは思わず吹き出してしまった。


「リュール様がこんなにも笑うの、初めてです」

「そうか?」

「そうですよ」


 ひとしきり笑ったリュールは、再びブレイダに向き直る。


「しかし、ジルはともかくルヴィエには対抗できる気がしない」

「大丈夫ですよ! リュール様と私なら」

「なんだそれ」


 ブレイダの根拠のない自信は、リュールにも伝播していた。今の自分達ならなんとかできると思えてしまう。


「じゃあ、マリムにもそう伝えよう。いくら騎士団長でも文句は言わせない」

「わかりました。それと、あの、ひとつお願いが」

「なんだ?」


 ブレイダはこれまでの笑顔を消し、真剣な面持ちを見せた。


「リュール様が止めようとしても駄目だった時は、どうかご自身の命を優先としてください」


 リュールはブレイダの言わんとしていることが理解できた。止められなかったら容赦するな、ということだ。

 愛剣は主人の躊躇いさえも斬り裂くらしい。ここはリュールが折れるしかないと思えた。


「ああ、わかったよ」

「はいっ!」


 返事と共にリュールは立ち上がった。まずはマリムに報告と宣言だ。騎士団の協力なしには、リュールの目的は達成できそうにない。

 あっちは魔獣を駆除する。こっちは元仲間を止める。利害の一致とはこういうことだ。


「あっ……」

「どうした? 行くぞ」


 天幕から出たところで、ブレイダは動きを止めていた。目を閉じ、町の方を指さす。


「おい、もしかして」

「はい、来ました。向こうから」

「どっちだ?」

「たぶん、細長い方です」

「そうか」


 こちらが奴らの場所を把握できるなら、その逆があっても不思議ではない。思っていたより早いものの、こうなることは想定の範囲内でもある。

 正直なところ、リュールは少し安堵していた。奴ならば遠慮することはない。叩き潰して知っている情報を吐かせてしまおう。


「ブレイダ、走るぞ」

『はい!』


 リュールは愛剣を手に駆け出した。これまでより身体が軽くなっているような気がしていた。

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