第3話「肉を切り裂くなんともいえない感触」

 森の木々を縫うように、細い街道が続く。しっかりと日が当たり、周囲は明るい。ただし、このご時世、安全だという保証があるというわけではない。

 目指す場所までは少々遠回りだが、リュールは敢えてこのルートを選んだ。当初使っていた道はほぼ獣道で、誰かを連れ歩くには適さない。

 それに、暗い道では良からぬモノが現れるなんて言い伝えもある。子供の躾で語るような昔話を信じているわけではない。しかし、剣が人になるのだ。迷信と言い切ることもできない気がしていた。


「リュール様、太陽とは眩しくて暖かいのですね」


 遠回りの要因となった存在が、空を見上げて微笑んでいる。リュールの外套を体に巻き付けているのは、見目麗しい小柄な少女だ。彼女は今朝突然に現れ、リュールの剣を名乗った。


「剣の時は感じなかったのか?」


 剣が人になるなど、あまりにも信じ難い。それでも、状況から信じざるを得ない。それに、剣であってもなくても、こんな少女を森に放置することはできなかった。


「うーん、そんな余裕がなかったというか、そんな感じです」

「余裕か」

「そうです。ほら、私を鞘から抜いてもらうのって、戦う時とお手入れの時だけですからね」

「なるほどな」


 会話の内容も、彼女の言い分が真実だと裏付ける。リュールはとりあえず、剣だという前提で話を進めることにしていた。

 歩きながら食事として乾パンと干し肉を分けようとしたところ、少女は頑なに拒否をした。最初は遠慮をしているだけかと思ったが、本当にいらないようだった。そんなところも、少女がまともな人間でないことを証明していた。


 少女になってしまったため、剣がない。長年共に過ごしてきた重みが左腰にない事実は、リュールに不安を与えていた。こんな時、野盗にでも出会ったら困ったことになる。


「私が感じていたのは、相手の剣とぶつかり合う衝撃とか、鎧に弾かれて刃こぼれする喪失感とか、肉を切り裂くなんともいえない感触とか」

「おいおい……」


 リュールはふと、初めて大剣を手にした時の事を思い出した。今から十年と少し前のことだ。

 所属していた傭兵団が敗戦で壊滅したのを機に、リュールは単独で行動するようになる。その時はまだ若く、剣術も未熟だった。

 戦場で死なないことに精一杯で、多くの報奨など受け取れるはずもなかった。生活費という意味でも、死なないように精一杯ということだ。

 

 使っていた片手剣も折れてしまい、途方に暮れるしかなかった。そんな姿を哀れんだ武器商人が、捨て値同然で大剣を売ってくれると言った。買い手がつかず、倉庫の奥で埃を被っていたらしい。

 一般的なものと比べて長すぎるその剣は、驚くほど手に馴染んだ。まるで自分のために作られたかのように感じるくらいだった。導かれるように剣術は上達し、多くの敵兵を切り裂いた。

 特別報奨を得ることも増え、一流の傭兵に数えられることにもなった。リュールはそれを自分だけの力だと思ってはいない。武器との相性が自身を高めたのだと理解していた。

 

 しかし、その剣は今リュールの手元にはない。剣を名乗る少女が、にこやかに隣を歩いているだけだ。寂しいような気もするが、所詮は道具だという意識もあり、複雑な気持ちだった。

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