第2話「リュール様の剣は私だけです」

 輝く長い銀髪に、朱色の大きな瞳。透けるような白い肌は、どこか神秘的な雰囲気を持っていた。普通の人間でないと明らかにわかる色彩だ。

 歳の頃十五くらいだろうか。どこからどう見ても少女だ。それもとびきり美しい。


「剣?」


 護身のためにと、眠る際に抱えていた剣がなくなっている。その代わりに、腕の中には剣を名乗る少女の姿。

 外套の中は二人の体温で温かい。まるで同衾をしていたようだった。


「うおっ!」


 我に返ったリュールは、慌てて少女から離れる。当の少女は、その様子を不思議そうに眺めていた。


「どうされましたか?」

「いや、どうもこうも、君は誰だ? 俺の剣は?」

「私ですけど……」


 少女は愛らしい仕草で首を傾げた。リュールは、彼女が何を言っているのか全くわからなかった。


「んー、困りました」

「俺も困ってる」


 爽やかな朝は、妙な沈黙に支配された。遠くから小鳥の鳴き声が響く。


「あっ、そうだ!」

「うん?」


 少女は着ていた服をつまみ上げる。袖のない、簡単な作りのものだ。


「ほら、これ、ご愛用の鞘の色ですよ」


 確かに、その緋色はリュールの趣味の色だった。あまり外見は気にしないが、鞘の色だけは気に入っていた。


「と、言われてもなぁ」


 ただの色では、これといって納得できない。そもそも、剣が人になるなど信じられるわけもなかった。


「あ、じゃあ、昨日私で斬り殺した人の特徴言いますね」

「えぇ……」


 可憐な少女が物騒なことを言い出した。何人も殺してきたリュールだったが、少なからず抵抗を受けてしまう。


「えっと、まず焚き火を囲って食事をしていた髪の薄いおじさんを肩口からバッサリ。その次はまだ反応できていない髭面のおじさんの首をサクッと。それから、ようやく立ち上がった背の高いおじさんの脇腹にブスリ」

「わかったもうやめてくれ」

「あ、信じてもらえましたか?」


 自分のやってきたことを無邪気に語られるのは、それなりに堪える。慣れてしまっているが、リュールは人殺しが好きというわけではない。

 盗賊団を殺して回った時のことを知る者は、リュール以外にいないはずだ。全員に息がないのは確認した。捕らえられている者もいなかった。

 これは本当に剣なのかもしれない。


「仮に、君が俺の剣だとして、なぜ人間の姿に?」

「いやー、それが私もわからないんですよ」

「わからん?」

「そうなんです。意思? みたいなものができたのもさっきなんですよ。記憶? みたいなものは思い浮かぶんですけどね」


 少女の言葉に、リュールはますます混乱する。


「何にもわからないのか」

「はい! でも剣なのは確かです!」

「剣に戻れたり、しない?」

「はい! できません!」


 元気よく頷く少女を見ても、困惑以外の感情が湧かなかった。


「とりあえず、どこか落ち着ける場所に向かわないとな」


 契約の手切れ金があるため、贅沢しなければ暫く生活費に困ることはない。ただし、それは一人での話だ。

 とはいえ、年端もいかない少女を放っていくこともできない。どこかの町で受け入れてもらうのがいいだろう。


「はい、お供します」


 立ち上がったリュールに、少女が続く。


「剣も新調しないとな……」

「え、だめですよ。リュール様の剣は私だけですよ。他の剣なんて許せません」

「は?」


 リュールは首を傾げるしかなかった。

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