第58話 親というもの
私はログアウトすると共に、久し振りの現実世界に戻って来た。相変わらずの殺風景な我が部屋を見て、思わず溜め息が溢れる。しかし、そんな部屋を私は気に入っている。
夕食の時間だ。今日は家族一同揃っているので、わいわい楽しく食事を行う事が出来るだろう。
ドアに掛けられている鍵を外し、廊下に出る。
吹き抜けの天井から、月の光が降り注ぎ、廊下を幻想的に映す。改めて、我が家の素晴らしさ、両親の懐の暖かさに感銘を受ける。
まあ、そんな事はどうでもいいか。さっさとリビングに移動しよう。
*****
リビングに入ると、濃厚な料理の匂いが私の鼻を突き抜けていった。今日の夕飯はすき焼きらしい。
テーブルに目を向けると、父さんと母さんが仲良さそうに団欒を楽しんでいた。優しく、清く、美しい二人。私は彼らを巻き込んではいけない。そう強く決意を再確認した。
「あら、真理。早いのね」
「うん、する事なかったからねぇ」
「そうか。……イベントやらはどうだったかい?」
「あたしも気になるわ」
「平々凡々な結果だったよぉ」
そう、私にとっては平々凡々な結果だ。嘘は付いていない。だから、心は、家族愛は傷付かない。
そこからは一般家庭のような話をして、わいわいした。私はあまり明るい所を好まない。が、この雰囲気は好きだ。家族だから、なのかもしれない。それくらい私にとって家族とは大切なモノなのだ。だから、私は命を賭けてでも、家族への危害は赦さない。
ガチャ、とリビングに入る為の扉が開く。扉の向こうからは凛とした姉と可愛い兄が現れた。
あちらの世界の姉さんと兄さんもいいが、こちらの姉さんと兄さんの方が私は好きだ。
「あれ?真理の方が早かったんだ。……あぁ、ボッチだからか」
「あ?兄さん、もう一度言ってみて下さいよぉ。ぶん殴りますよぉ」
「はいはい、ストップ!祈里も煽らない。真理も物騒な事は言わないの!」
「「ういっす」」
姉さんはかっこいいな。私とは違って何処までも純粋で、穢れなき善。ああ、だからこそ守らなきゃならない。私が代わりに穢れるから、姉さんは貴女のままで居て。私みたいにはならないで。
「ほら、ご飯の時間よ!さっさと座りなさい!」
おっと、母さんからの拳骨は喰らいたくないから、素早く座ろう。
さあさあ、美味しいご飯だ。この肉が人の肉、白鎧とかのだったら更に美味しくなっただろうな……ここでは無粋か。普通の人が好む肉を味わおう。
「「「「「いただきます!」」」」」
*****
うん、とても美味しかった。人肉もいいが、牛肉も素晴らしいモノだ。
……あ、忘れてた。ヤバい、部活のレポート書いてない。あれはだいぶ時間がかかる。全力でやって大体五日か?残りの夏休み期間は一週間。おーう、頑張んないと。
「真理、後で俺の部屋に来い」
「わかったよぉ、父さん」
父さんの部屋。何年振りになるのだろうか。それに父さんに呼ばれるという事自体久し振りだ。何か、私がやらかしたのだろうか。
リビングを出て、私の部屋に戻る。
変わらずの虚無空間。何もない部屋。部屋は人の心の在り方を示すと聞いた事がある。そう考えると、私の心は空虚なのだろう。いくら驕っても、見下しても、結局は何も感じていない。なんと、寂しい在り方なのだろうか。
だが、それが私。虚勢を張り、空腹を隠すヒトモドキ。誇りも、信念もない存在。聖獣共にも劣る愚物。……それでも私は生きて、生き抜く。
父さんの部屋は8時半くらいに行こうか。
*****
父さんの部屋に入ると、沢山の写真が壁に貼られ、地図が飾られており、フィギュアが置いてある。なんともカオス。昔入った時から変わっていないので、少し笑みを溢してしまう。
父さんはコーヒーを片手に、ある画像を見ている。こちらからは反射していてよく見えない。
「父さん」
「真理、よく来てくれた。最近、真理と二人でゆっくり喋っていなかったからな。折角の休みだから、親睦を深めようか、と思ってね」
本題は違うというのが見て取れたが、父さんとの時間は取れていなかったので、誘いに乗る事にする。
少し、いや、大分嬉しい。
「真理は高校慣れたか?」
「今は夏休みなのですがぁ……まぁ、面白い所ですよぉ?慣れたかはわかりませんが、それなりには楽しめていますよぉ」
「そうか、それはよかった。……真理には心から頼れる友達はいるかい?あまり真理の口からは聞いた事がないからな」
心から信用できる友達。……居たのは居たが。もう居ないからな。今の私にとって他人は取るに足らない存在……それでも、リーシアは友だとは思える。それにクラスメートのアイツも少しは友達とは思える。
「心から、という友は居ません。それでも、気を許せる友達は居ます」
父さんは目を大きく見開くと、顔を優しく歪めた。そして、私の頭をガサツと繊細の中間あたりの加減で撫でた。それは私が私を認識する前の頃のようで、懐かしく感じた。
それからはたわいもない、それでいて日常的な大切なひと時を送った。
そして、父さんの雰囲気が変わった。恐らく本題に入るのだろう。
「よかった。……真理は俺たち、家族の事をどう思っている?」
「大好きで、愛しています。私が私で居られる為の大切な人達です」
「そう、か。なら……いや何でもない」
父さんは辛そうで、暗い顔をしていた。原因は私が絡んでいる事だろう。
私は家族にそんな顔をして欲しくない。私の本性がバレるのだとしても、彼らの陰を取り除いてあげたい。
「父さん、何でもなくないです。私が原因なんでしょう?なら、ズバッと言っちゃってください。それぐらいで私は家族を、父さんを嫌いにはなりません」
「真理……わかった。真理、正直に答えてくれ。真理はリズ=カムニバで間違いないか?」
……やっぱりそういう話だよな。バレたか。バレてしまったか。まあ、親だからな。少し髪と目の色が変化したぐらいではわかってしまうのか。
正直に答えろ、か。もう嘘はつけない。父さんを裏切る事は出来ない。正直に答えよう。
「……そうです」
「そうか。やっぱりそうだったか」
「……あんな、いや、こんな娘は嫌ですよね。父さんが望むのならば、私はこの家を出て行きます。私は家族に迷惑を掛けたくはないですから」
瞳から熱い雫が流れ出る。私の大切な人達を守る為ならば、彼らとは関わらない生き方をする。そういう生き方も昔から考えてきた。しかし、いざ実行に移そうとすると、涙が止まらない。
私には家族しか残っていない。家族がなくなれば、私はただの狂獣にしかなれない。本物の空虚にしかなり得ない。
ぎゅう、と体が締め付けられた。筋肉質の体、暖かい懐かしい、安心する匂い。紛れもなく父さんのモノだった。父さんは私を強く、強く抱き締めていた。
私の頭皮にも熱い雫が落ちるのが感じた。そして、父さんの鼻を啜る音。父さんもまた、泣いているんだと理解した。
「とうさん?」
「真理、そんな事を言うな……ッ!真理がどんな人間であれ、真理は俺の、俺たちの家族だ」
父さんは私から離れると、私の顔をじっと見ながら、自身の気持ちを溢した。
「真理の昔は明るくて、元気溢れる女の子だった。それでも、人と極度に触れ合う事を恐れていたような気がした。そして、あの事件の後、真理は内向的な性格に変わった。……あの事件がどんなモノかは俺は知らない。それでも、俺は色々な真理を見てきた。どれも大切な思い出だ」
「だから、家を出て行くなんて言わないでくれ。俺たち家族は五人揃っての一集団なんだ。出て行く事は俺が許さない!」
「まだ、真理は自分を俺たちに見せる事は出来ないのかもしれない。それでも、俺は待っている。真理は強い子だ。俺は真理を信じている。だから、いつまでも待っている」
「約束だ、真理。もし、真理が本当の真理を見せてくれた時一緒に写真を撮ろう」
……父さん、色々文が繋がっていないよ。でも、ありがとう。いつか私が本当の私で家族の前に立てたなら、写真を撮ろう。
「約束する。私が過去を見つめ直せた時に撮ろう」
「ああ、約束だ」
『指切拳万
嘘ついたら針千本呑ます
指切った』
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