2.5章 裏世界

とある機密文書

 白に包まれた神聖さ溢れる部屋に存在する厳重に管理された一つの手記。その文書を読んだ人間は漏れなく精神崩壊、死亡してしまうという噂がある。


 コツコツと革靴がタイルを踏み鳴らす音が無人の部屋に響く。


 そして、現れたのは黒のコートと黒のマスク、黒のサングラスを掛けた見るからに怪しい男。影が揺るぎ、気配も人ではない。ぶつぶつと何かを呟いている。まさに怪しいを体現する人物であった。


 彼は足を止めることなく、記事が管理されているガラスケースへと進む。


 手記の前に立つと、彼の目が妖しく光ったような気がした。マスクが歪み、恐らく、笑っているのだろうという推測できた。

 それの時の彼はリズ、人形 真理やリーシア、神宮寺 愛佳などのニャルラトホテプのようだった。


 彼の手をガラスに触れさせると、ずぶずぶと中に腕が吸い込まれていき、手記を掴み取る。そして、手記を引き抜き、満足げに頷く。


 本来ならば、警報音が鳴り響くのだが、何故か鳴らない。まず、ここに来る為にはレザー感知を突破しなければならない。異常、不明、そんな言葉が似合う状況だった。

 そして、真理がここに居るのならば、気付いただろう。彼が自身の同類だと。常識外な存在、狂気そのものだと。


 彼は緩慢ない動きで手記に目を落とす。何語で書いているのかわからなかった文が、彼が読み進めようとすると、日本語に変化した。

 文書の名は【ニャルラトホテプ神話 一巻】と。


 手記にはこう書かれていた。



*****

1.混沌様について


 最初に言っておく事がある。

 見るな。知るな。考えるな。狂うな。識るな。捧げるな。信じるな。

 それでも知りたいのならば、続きを見るといい。



 先ずは、混沌様、ニャルラトホテプ神について綴る。

 混沌様は宇宙の創造者にして、絶対なるモノである。原初よりも昔、始まりの始まり。そんな人智が及ばない存在である。

 混沌様は何処で生まれたのかは分かっていない。何故なら混沌様が私に教えてくださらなかったからだ。混沌様は私にだけ、自身の情報を教えると仰っていた。その為、混沌様の生まれた時の事は教えて下さらないだろう。

 混沌様は退屈していた。故に、望んだのだ。娯楽という名の混沌を。

 混沌様は自身の神格を分け、分霊を創造した。そして、地球などの生命が存在する惑星に解き放った。

 混沌様は私を含めた分霊が紡ぐ物語を視聴しているのだ。昔も、今も、未来も。永遠に見ているのだ。混沌様が退屈しない限り。

 混沌様は誰にも止められない。誰にも侵されない。まさに、神。いや、神なんだが、それ以上の存在だ。この世界に存在する神話の神全てが、混沌様の一側面に過ぎない。私が著した『コズミック・ホラー』もだ。

 忘れていたが、混沌様、ニャルラトホテプも真名ではない。本当の名は【膩FÜジ✖︎坐q@§ö】……書けないようだ。



2.分霊について


 分霊についての章だ。もし、これを読んでいる君が分霊ならば、よく読むといい。大事な事が書いてある。

 分霊は前項で説明した通り、混沌様の神格から出来ている。その為、人ならざる力を少なからず持っている。私の場合は【予知夢】だ。

 まあ、それは置いておこう。混沌様か生まれた存在である分霊には一つ欠点であり、象徴するモノがある。狂気である。

 狂気には沢山の種類があり、生物としての格を上げている。が、狂気は本来持ってはいけないものである。何故なら、狂気は秩序の妨げ、混沌に属するモノだからである。生物の性上、狂気とは一線を引いている。

 しかし、私たちは生まれながらにして、狂気を持っている。それ故、社会から排除される事が多くある。それらをなくす為に、ある組織が生まれたのだが、それは次の巻で紹介しよう。

 分霊は生まれながら持つ狂気とどう付き合っていくのかが、大切になる。例えば、他者を陥れる事に激しく興奮するという狂気。名付けるならば、【瞞着の狂気】を持つ分霊は如何にバレずにやるという事が重要になる。最早、私たちは犯罪を犯さず生きる事は出来ない。バレずに行う事が必要になる。

 私たちには力がある。だが、それ以外は一般人になるように創られている。如何に人外であっても、自信過剰になってはならない。わかったかい、私?

 混沌様が如何とかは、考えなくていい。生きる事だけを考えろ。死んだら、人類とは違い、私たちは廻らない。戻るだけだ。



3.宇宙の理、世界の真実


 いきなりだが、この世界、この宇宙は偽りだ。

 何故か、とは答えられないが、本当の世界ではない。宇宙や世界、星は混沌様が御創りになられた。しかし、その混沌様を創った存在も確かに存在する。そして、その存在によって命じられ、混沌様が本当の世界を愉しませる為に御創りになられたのが、この世界。

 故に、どうやっても私たちは人形なのだ。混沌様を、本当の世界の住民と真なる創造主を愉しませる為だけに生まれた存在なのだ。


 ……私は許せない。

 私が、彼らが、あの子が愉しませるだけに生まれた事を認めたくない。だが、私には世界を肯定することが出来なかった。

 故に、もし私の願いを聞き届けた分霊が居たら、叶えて欲しい。混沌様に、創造主に反抗を、反乱を、反逆を。私たちが生きているという事を示してほしい。



著. H・P・ラヴクラフト

*****



 世界の理、混沌様ニャルラトホテプについて書かれている書記。

 クトゥルフ神話の著者たるラヴクラフトが書いた日記には、彼の切実な想いが込められていた。


 黒ずくめの男は天を見上げると、笑い出した。

 その声は……酷く悲哀に包まれたモノだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る