第14話 再びぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいい‼
(遅い…)
学園主催のパーティー会場が行われる体育館の入れ口前で私は待ちぼうけをくらっていた。
パーティーが始まってもう1時間以上も経つというのに、彼は来ない。
合同訓練が行われたあの日、私はライトと一緒にパーティーに参加する約束をした。それが今日。なのに彼は来ない。
何かあったのかと少し心配になるが、彼の連絡先を知らないので今どうしているか分からない。
せっかくのパーティーだからと赤いドレスを着こんでみたが、これなら止めといた方がよさそうだったかもしれない。
私はため息をついて、手鏡を取り出し自分の姿を見る。
金髪のショートヘア―に、気の強そうな釣りあがった赤い瞳。
こんな容姿と男勝りな性格口調もあって、周りからはよく不良っぽいと言われる。
こんな自分にはドレスなど似合わないだろう。
しかし、これを着たのはせっかくパーティーなんだから、それっぽい恰好をしたくなった。けれどもそんな想いも無駄になりそうだ。
後ろのパーティー会場の中を見ると、ほとんどの人がパートナーと楽しんでいる。談笑したり、踊ったり、テーブルに並べられた料理を食べたりしたり楽しんでいる。
(私もあんな風に誰かと楽しめるのかな。いや、無理だな。そもそも戦ってばかりの私じゃこのパーティー会場に私は不釣り合いだし)
何だか馬鹿らしくなってきた。急に気分が冷えていくのを感じる。少し舞い上がっていた自分が恨めしい。
(あいつに誘われた時は嬉しかったんだけどな。大体の友達はこういうパーティーに興味ないか、もしくはパートナーと二人で出たいかのどっちかだし。私自身興味はあったけど何となく気後れして踏み出せなったけど、誰かと一緒なら参加しやすいと思ったのに)
裏切られたような、酷くつまらない気分だ。
もう帰ろう。1時間も待ったんだ。これで帰っても文句は言われまい。
帰路につこうと一歩踏み出したその時、後ろの会場から、爆発音、破壊音。そして複数人の悲鳴が聞こえてきた。
咄嗟に身体が動き、パーティー会場に踏み込んでいた。
見上げると天窓の天井は壊れ、各所が崩れ落ちている。破壊された箇所は燃え、煙を上げており、天窓の向こう側にある空が見えない。
「一体…何が…?」
驚き、思わず呟く。
辺りを見回すと、周囲の学生は混乱して騒然としており、怯えた表情をしている者が多数いる。
「あーっはーっはっはっは!」
突然壊れた天井の向こう側から不気味な高笑いが響いた。
煙を破って、黒い物体が急速に下りてきた。
周囲が驚き、ざわつく。
黒く歪んでいる刺々しい、悪魔を彷彿とさせる鎧騎士。それを私は知っていた。
奴を目の前にすると、魔物と対峙するのとは違う別種の緊張感が湧き上がる。それでも騎士団学園の一員として逃げるわけにはいかない。
息を短く吸うと、私は奴を指さした。
「先生たちから説明があったな。パワードスーツを着た何者かが魔物襲撃の日、暴れていたと。お前だな?」
奴を目の前にすると、魔物と対峙するのとは違う別種の緊張感が湧き上がる。それでも騎士団学園の一員として逃げるわけにはいかない。
私が奴を睨みつけながら問うと、悪魔は笑いながら首を縦に振った。
「おいおい、人を指さすもんじゃあないぜ?まぁその通り、僕はデモンズ。そう呼んでくれたら嬉しいな。さて、早速で悪いが…君には人質となってもらう」
デモンズは蝙蝠じみた翼を広げると、すごい速さで私に迫ってきた。私には見ている事しか出来なかった。
防御する間もなく、デモンズの腰回りから伸びる細長い尻尾に足首を縛られ、私は宙づりになる。
行動の速さ大胆さに冷や汗が噴き出る。
スカートを押さえながら、私は下で呆然としている学生と見張りの教師陣に向かって叫ぶ。
「私は大丈夫だ!騎士団の奴らに知らせてくれ!」
デモンズは私を連れて、先ほど通ってきた天井の穴を通って、空に躍り出た。
足首を引っ張られる痛みに顔をしかめるが、デモンズはお構いなしに空を飛び、学園を出る。
「ふはははは!くはははは!」
デモンズは飛行している間もずっと楽しそうに嗤っていた。その笑い声はどこか壊れているように感じられた。
すぐに学園の傍を飛行する箒の列が見えてくるが、デモンズは構うことなく突っ込んだ。
辺りを飛ぶ箒は高速に飛行する物体から逃れる事も出来ず、突っ込まれた衝撃で次々に悲鳴を上げながら落ちていく。
「当アトラクションは大変な揺れが伴いますのでご注意下さ~い!」
だがその悲鳴すらも、デモンズは面白そうにしていた。
奴は悪趣味な事に、更に箒の列に突っ込み被害を拡大させた。
恐怖よりも悔しさが勝った。何も出来ず目の前で守るべき筈の市民の命が文字通り散り散りになっていく。その事実がたまらなく許せなかった。
狂気的な行動が、何も出来ない自分の無力さに私は怒った。
箒にぶつかり、頬に怪我を負い、ドレスは引き裂かれ敗れるがそんなことはどうでもよかった。今はただこいつが憎かった。
(こいつ…!人の命で遊んでやがる…!)
正に悪魔そのものだった。
歯向かえない悔しさで私の握った拳は、空しく震えるばかりだった。
デモンズは旋回、降下、屋根にギリギリに迫る飛行を繰り返した。目まぐるしく景色が変わりながらも、デモンズはどこか人のいない所へと移動しているのが分かった。
やがてデモンズの飛ぶスピードが緩まると周囲の景色が鮮明に見えるようになってきた。
そこは全体的に不穏な空気が漂う街中だった。空中に浮かぶ建物じたいがの色がグレーか黒色で落書きがあちこちで見かけられている。その癖怪しげな誘い文句の看板が立ち並んでおり、その所為か人通りも全くない。治安の悪い街であることが一目で分かる。
デモンズはその街の一角に聳え立つ建設中の高い建物に移動した。
まだ鉄骨で組まれた状態の建物だ。
その鉄骨の上に奴は私を放り捨てた。
鉄骨に受け身をとって何とか着地した。
辺りを見回しても人通りはなく、助けを呼んでも来てくれるかどうか怪しい。
上を見ればデモンズが翼を広げ、空中にとどまり私を見下ろしている。
「そこから見える景色はさぞ綺麗だろうな。今のうちによく見ておけ。お前がシャバで見る最後の景色になるだろうからな」
私が笑みを浮かべて奴を挑発してやると、デモンズは楽しそうに手を叩いた。
「そうだな、よく見ておくよ。地獄に落ちても忘れないよう脳裏に刻んでおくさ。同じ地獄で会えたら今日見た景色について語り合おうじゃないか」
私はデモンズのその言葉に、奴が本気で地獄に落ちても構わないと言っているのが分かった。
「お前、死んでも構わないってのか?お前の目的は何だ?」
デモンズは笑うように顔を上に向けると人差し指を立てた。
「復讐。この世界。そして元友達に」
平坦で抑揚がないまるで当たり前の動作かのように言ったその一言に、それがこいつの全てなんだと察した。
何の復讐かは知らないが、並々ならぬ事情がありそうだ。もしくはとんでもなく下らない理由かもしれんが。
でもそんな事はどうでもよかった。言動からこいつが狂っているのはよく分かる。
だから、簡単に人を殺せたんだ。
今ここでこいつに話し合って、こんなこと止めるよう説得としても無駄であろう。ならば、やはり実力行使しかない。
デモンズはゆっくり降下すると翼を折りたたみ、私の立つ鉄骨の上に舞い降りた。
奴は牛歩の如き足並みで近づいて聞いてくる。
「ここで逃げて騎士団に通報しないのか?」
「一旦、お前から逃げて通報したとしても、それを逃してくれなさそうだな。お前は狂っているけれど、どうも雑な奴には見えない。大胆な行動をしても必ず何かしらの策を用意する。そんなタイプだ」
「根拠は?」
「ここだ」
私はつま先を上下させ、軽く地面を叩く。
「人のいない所をあえて選んだな?ここなら大暴れしても問題ないってわけだ。それにここは足場が少ない。箒がないんじゃ逃げる事も難しい。見事だよ、これじゃ私はお前をぶん殴って倒すしかないって訳だ」
私が肩を竦めてそう言うとデモンズは突然噴き出した。
「おいおい、僕に勝とうってのか?魔法陣を使う為の杖も武器ももっていないってのに。笑わせるなよ。君はここで僕と踊るしかないんだよ」
デモンズは、笑いながら私の左肩に右手を置いた。
突如、私の中にある炎の如き怒りが、氷のような殺意に変化した。
「…るな」
「え、何だって?」
小さい私の声に耳を傾けてくるデモンズ。その奴の顔面に私は魔力を込めた右手で力いっぱい殴った。
「ぐぅはっ!」
奴の兜は割れ、勢いそのままに思い切り飛び、後ろに立つ鉄骨に激突した。
「ドブのように来たねぇ手で私に触るなっつったんだ。このタコ」
デモンズは身体を震わしながら、素早く立つ。
「ば、馬鹿な。衝撃反転魔術がかけてあるんだぞ。どうして…?」
うわ言のように呟くその言葉に私は、髪をかき上げ答えてやる。
「お前、戦いは素人だな?衝撃反転魔術は一回の攻撃で跳ね返せれる量は決まっているんだよ。当然、魔力が多ければ多いほど、返せる攻撃も多くなる。だが、お前の魔力量見たところ、私と同等くらいだ。それならちょっと無茶すりゃ単純な魔力強化だけで…」
私は両拳を打ち付けて見せ、ドスの聞いた声を出す。
「お前を壊せるよ」
「なる…ほど。僕とした事が失念していたな。だが、何としても君にはここにいてもらう。今日はダンスパーティーだろう。君の踊りの相手は僕が務めるよ」
「一人でやっていろ。私は先約がいるんでね!」
私は全身に魔力を巡らせ、奴に向かっていった。
◇
結界解除及び魔物侵入の警報がなった。ルナ、いやデモンズか。彼が私の目の前に現れてから30分か、もっと経ったか。
騎士団側の対応があまりにも遅すぎる。きっと何かあったんだ。
犯人であるデモンズは先ほど窓から飛びさり、私は今彼が残していったドローンに捕縛されている。
ドローンから伸びるアームに両腕をガッチリ捕まれ身動きが取れない。
おまけに先ほど毒霧まで浴びせられ、更には散々殴られ、身体はボロボロだ。
(ドラグーンの力は一度使い切ると、また使えるまで時間がかかる。しかも、こんなダメージを負った状態じゃロクに動けやしない…。どうして、どうしてこんな事に)
涙が溢れ、床に落ちた。
ずっと後悔していた。あの時、見捨てた事を。でも愚かにも私はどこかでやり直せると思ったんだ。きっとあの頃のように笑わえる日が来ると。でも、そんなのは私の願望だ。結局は彼の言う通りだ。
私は許されるに値しない男だったのだ。
その事が悲しくて辛かったが、それよりも今この時が怖くて怖くて仕方ない。一秒一秒、が重く、そして時を刻むごとに計り知れない程、恐怖を増していく。
彼の匙加減一つで私の首が飛ぶのだ。彼に命を握られている。
今は捕縛されているだけだが、いずれは私を殺すのだろう。
死刑執行はいつなのか。それはきっとこの国が終わるその時だ。
絶望の中、私は殺される。
震えが止まらない。目は地面の一点のみを見つめ動かず、動悸が激しい。
「誰か…早く、助けて」
声を絞り出すが、誰も来ない。
デモンズが部屋にかけた魔術で音は消してあるから、助けを呼んでも聞こえないので誰も来れない。
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっても私は泣き続けた。一人静かに声を殺して泣いた。
当然の報いだ。
友を裏切ったんだから。逃げたのだから。でも今はどうしようもなく我が身が可愛くて仕方ない。死にたくない。生きたい。
身勝手かもしれないけれど、私は生きたいのだ。こんな形での最後なんて嫌だ。
その思いが膨れ上がり、私は声の限り叫んだ。
「誰かぁ!ここです!誰か、助けて!誰かー!」
デモンズがドローンから聞いているから、苛立って私を殺してしまうかもとか、そもそも魔術の所為で声は聞こえないだろう、とか。
後から考えれば気づけるそんな簡単な所に、私は目をつむった。
パニック状態になっていた。だから叫んだ。
思考回路はもう滅茶苦茶で、冷静な判断なんて出来なかった。
情けなくても、私にはもう叫ぶ事しか出来なかった。龍人となっても私の本質はなんら変わりない。ただの弱い奴だった。
(これがもし違った人物に力が渡っていたら、いや、私がもっと強い心をもっていたら何かしら変わったんだろうか。それなら、ルナを守ることが出来たのかな)
どこか頭の片隅でそんな事を考えてしまった。分かっている。本当は分かっているんだ。こんな事しても意味ないと。でも、後悔と嘆きの自分を見たくなくて、憧れの妄想の自分を思い描いて、現実逃避したかった。
私は遂に現実と向き合う事すらも放棄したのだ。
喉が壊れそうになるぐらい、私は叫びのけぞった。
涙で滲む視界の端で、窓の外に何か光って見えた。
「エアロ・スラッシュ!」
技名発生と共に訪れた突然の強風と、二つの三日月形の魔力。
三日月形魔力はドローンを切り裂き、爆破させた。
「な、何とか間にあった~。君、大丈夫か!」
窓から入ってきた人物は一人の騎士だ。
右手に持った剣から察するに、先ほどの攻撃でドローンを切り私を救ってくれたのだ。
あまりの衝撃で涙が止まった。
騎士が駆け付け、顔を覗き込んでくる。
「よかった。怪我はなさそうだな」
騎士が右手を差し出してきたので、彼の手を借りよろめきながらも立ち上がる。
騎士は私のボロボロの恰好を見て、心配そうに眼を見開いた。
「君、酷い様子だが、何があったんだ?あのドローンにやられたのか?」
だが、私は上手く答えられず視線をさ迷わせ、口をもごもごするばかりだ。
騎士はその様子を見て何か察したように頷き、治癒魔術をかけてくれた。。
「いやすまない。きっと酷い目にあっただろうに、思い出させるような質問をしてしまったな。さぁ行こう。もう避難は始まっている」
応急処置が終わると、騎士の肩を借り私たちは教室を出た。
「電波ジャックされていてな。通信手段が使えないんだ。唯一使用できるのは固定電話のみだから。今、関係各所に掛け合って避難指示を出している。学園側の生徒にも手伝ってもらうけれど君は怪我をしているからな。このまま避難所に直行だ」
廊下を走っていると、教室にも廊下にも人がいない事に気づく。
「みんなは、どこですか?」
「パーティーをしていたよな?体育館で。学園のほとんどの人はそこに集まっていたから、動ける者には避難誘導、魔物退治の仕事を与え、残りは避難してもらった」
階段を降りると、その先に二組の教員がいた。
教員たちがこちらに気づくと駆け寄ってくる。
「あぁ、ようやく来てくれた!早速追って下さい!この子は我らで預かりますから」
騎士がそれを聞いて、目を丸くしている。
「一体何の話しです?」
もう片方の教員が、私に肩を貸しながら騎士に聞いてくる。
「え⁉要請されて来てくれた騎士じゃないんですか⁉」
「自分は、ここの救助活動命じられて来ただけですが、何かあったんですか?」
騎士が聞くと教員の顔は青ざめた。
「せ、生徒の一人がデモンズにさらわれたんです。その為、救出の要請をしようとしたんですが…」
騎士がそれを聞いて眉を吊り上げた。
「デモンズが?どっちに行きましたか?」
「南西の方角に飛んでいったと生徒が証言しています」
「分かりました。出来るだけ、最善を尽くします」
すぐに助けると言わない騎士の辛そうな顔に、私は今、デモンズに集中出来るだけの戦力がない事が分かった。それは教員の方も同じようだ。
だが、教員は大人だ。あからさまに動揺している私と違い、唇を引き結んで、頭を下げた。
「お願いします」
「…はい。貴方方はそのまま生徒の指示を」
騎士団はそう言うと同時に、階段を降り廊下を駆け抜けていった。
「きっと、増援を呼んでくれるだろう」
騎士と話していた教員がそう言うと、私に肩を貸す教員がため息を吐いた。
「こんな状況で誰が来てくれるか。こうしている間にもプロミネンス君は…」
瞬間、私の思考は止まった。
今、何と言った、この人?
今、誰の名を呼んだんだ?
「おい、生徒の前でそんな事言うな!ほら、肩を貸そう。避難所まで一緒に行こう」
もう一人の教員が肩を貸してくるが、私はそれを振り払った。
教員が不思議そうな顔をしてくる。
「どうした?」
「先生、デモンズに捕まったのがプロミネンスさんって、それ本当なんですか?」
嘘であってほしい。間違っていてほしい。そう望んでの問いかけだったが、教員二人はバツの悪そうな顔を浮かべた。
それだけで、事実なんだと分かった。
足元がぐらつくような感覚に襲われ、私はその場に座り込んでしまう。
あまりの驚きに現実感が湧かず、理解が追い付かない。
教員二人が私の顔を覗き、何か言ってきているが声が耳に入らない。
ふらつく頭でパズルのピースが組み合わさるように一つの結論が出来上がる。
(私の所為だ…!)
私がパーティーに誘ったから。彼女は連れ去られた。
また、私の所為で。
私が逃げた所為でルナは悪魔に変貌し、私が誘った所為で彼女はデモンズに連れ去られた。
(全部、私の所為だ。こうなった事態は全て私が元凶なのだ…!)
私は頭を抱え込み、うずくまった。
自らがしでかした罪の重さに耐えきれなかった。
友が、彼女が、国が、こんな大変な事になっているのに。私は未だに無事。そして、また私は逃げ出そうとしている。
私の所為でこうなったというのに。
教員二人がしびれをきらしたのか、私の両腕を無理やり引っ張り立ち上がらせる。
教員に連れられ、走る最中、私の脳内で様々な出来事がフラッシュバックした。
最初はルナと一緒にやった展示会。私はそこでマーズの圧力に負け、孤独な彼を助けなかった。
次に魔物観察の時、上級魔物に襲われ、絨毯が沈みそうになった時、私は彼を見捨てて逃げ出した。
あれが決めてだった。あれで全てが変わった。
龍の力を授かり、奇しくもそのおかげでプロミネンスさんと、接点が出来て浮かれていた。
ルナはデモンズとなり、私の目の前に現れた。国を壊すために。
しかしそれは失敗に終わり、彼は一度去った。
私はルナがデモンズと知らず、彼に龍の力について相談した。
だが、彼は私の目の前でデモンズになった。
そして、デモンズは私を殺そうとしてきて…。
出来事どれもが濃厚でそして重かった。処理しきれず私の頭は悲鳴を上げていた。
だが、それでも現実は容赦なく襲ってくる。
教員と共に外に出ると、学園の上空に魔物の大群が空を埋め尽くそうとしていた。
教員は唖然としていた。私もそうだ。
魔物の大群の先、私を襲ったドローンが先導している。ドローンから妖しい音色が奏でられ、魔物たちはそれに引き寄せられているようだ。
(そうか、以前は魔物たちのペースに任せていたから、今回はドローンを使ってコントロールしようとしているのか)
絶望的な状況で、壊れかけた頭で、それだけは理解出来た。理解出来たからと言ってどうしようもないが。
(どうしようもない。こんな状況。もう何もかも、終わりだ)
私は俯き、虚空を見つめた。
今度はもう結界は回復出来ず、騎士団も連携出来ず、終わるだろう。この国はここに終了するのだ。
老若男女、全ての者に等しく絶望の死が与えられる。
心が真っ黒になった気分だ。光を飲み込む暗闇一色。
私は何もかもを放棄したくなった。全てを諦めたかった。絶望的状況で心は折れ、希望を捨てたくなったのだ。
(もう、どうでも良い。何もかも、どうせ全て消えてなくなるんだ)
そう思って空を見上げた。
すると、魔物の大群を誰かが箒に乗って高速飛行しながら切り裂いた。
銀の尾を引く箒。それは一人の騎士だ。あの強さを見る限り恐らく隊長クラスだろうか。
彼はたった一人で立ち向かいながら、魔物を薙ぎ払っていく。
空を暗黒にしようとばかりに埋め尽くしていた魔物の群れは彼の活躍によって、ほぼ切り裂かれ、空は元の青い空を取り戻していた。
(すごい…)
滞空する彼の元に部下らしき騎士たちが数名集まってくる。
「ベガ隊長!こちらは無事終わりました!」
「こちらもです!次はどうしますか⁉」
どうやら拡声器を使って話しているらしく、こちらにも声が届く。通信手段が使えないから、その対策のようだ。
ベガ隊長と呼ばれた彼はドローンを剣で一突きし、剣に刺さったドローンを部下たちに見せる。
「このドローンに魔物たちは引き寄せられている!信号でも拡声器でも何でもよい、全団員に知らせろ!ドローンを壊せ!」
「招致しました!」
団員は声を揃えて叫ぶとベガ隊長が離れていく。
「予定通りならこれから、副隊長が信号弾を使い団員に指示を出す!赤い信号弾が見えたら、そこに迎え!それまでは、お前たちは先ほど同様魔物殲滅に当たれ!」
「はい!」
部下たちがそう返事すると、ベガ隊長は空に舞い上がっていく。次の戦場に行くのだろう。
部下たちも彼とは逆方向に飛んでいく。
(何て強い人だ。いや人たちなんだ。すごい…!)
心の中に覆う闇が切り裂かれ、光が差し込んできたかのようだ。私の虚ろだった瞳が輝きを取り戻していくのが分かる。
何かの発射音が聞こえ、周りを見渡すと地上のあちこちから信号弾が上がっている。それがまるで反撃の狼煙のように私には見えた。
(これは、…そうか。通信手段が使えないから、信号弾を使っているんだ。これを見て先ほどの副隊長とやらが拡声器で指示を出しているんだ。こんな窮地に追い込まれてもまだ、対策を絶て戦うなんて!すごい、みんなすごい!)
これが自分の目指した騎士団なのだ。どんな困難でも決して諦めずに戦う。勇敢なる戦士たち。
誇らしい気分と共に高揚感が湧き上がってきた。
「まだ、まだ、諦めていない人たちがこんなにいるんだ」
それを知ると嬉しかった。不思議と拳が震え、私は信号弾の上がる空から目を離せなかった。
「私は、一体何をしているんだ…?」
嬉しさの後に急激な恥ずかしさが襲ってきた。
全部、自分の所為なのに。こうなったのは私の責任なのに。一体私は何をしようとした。
諦める?許されるものか。そんなもの。まだ戦っている人たちが、諦めていない人たちがこんなにも沢山いるというのに、私のみが諦めてとっとと死ぬ?
「こんな事している場合じゃない…。みんな、頑張っているんだ。それなのに、私だけ。諦めるべきじゃない」
教員二人がぶつくさ言う私に、訝し気な目を向けているが今はあまり気にならない。
正直、怖い。今、この状況下が。窮地なのは変わらない。命を狙われているのも。
圧倒的不利な状況、でも、それでも、私の中に生まれた闘志は揺るがなかった。
「今度は逃げない。私が逃げた所為でこうなったんだから。だから」
私は教員の両手を振り払って、一気に駆けだした。
「止まりなさい!」
「待て!」
教員たちの声が背中にぶつかるが、私は足を止めず正門を通り、立てかけてあった箒を手に取った。
魔力瓶を取り付け、箒を動かす。
空に舞い上がった私は、自宅へと一直線に向かっていった。
「プロミネンスさん、巻き込んでごめんね。今助けるから。そして」
私はデモンズと決着をつける覚悟を決めた。
「待っていて、デモンズ。今迎えにいくよ!」
今度はもう逃げないから。
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