第11話 戦慄ぅううううううううううううううううううう‼

 自分は何をしているのだろう。

 そう自問せずにはいられなかった。

 ベガ隊長の部下であり騎士団員である自分は、本来なら隊長と同じ戦場にいるはずなのに何故か今はその任務から外され、別任務を与えられている。


 ここは管制塔の内部。ドアの前。

 自分の前に、一人の騎士団学園の女子学生がおり、彼女がドアの前で謎の装置を設置している。

 丸い眼鏡を押し上げ、作業を続ける彼女はとても可愛らしい顔つきをしている。

 特徴的なのは雪を思わせる真っ白な髪色の長髪。手入れがあまりされずボサボサしており、せっかくの可愛らしい顔つきがもったいなく感じる。


 そんな彼女は私の心中など知らずにせっせと、装置の何やら準備作業をしている。

 今、戦闘中だというのに。


 「これっで、最後!」


 私が魔力をこめた剣を振り下ろし、ようやく最後のドローンを撃破する。

 この管制塔内部に彼女と共に侵入してから、ずっと襲ってきたこの黒いドローン。私に与えられた任務は彼女を守りつつ、管制塔に案内する事にあった。しかし、この魔物じみたデザインをしたドローンを相手にするとは思わなかった。

黒い球体に蝙蝠のような翼。実に不気味だ。


 地面を見下ろせば、辺りに散乱するドローンの残骸がそこにある。この多さが戦いの激しさを物語っていた。

 少し一息つけるかと思って、息を吐くと。


 「もう二機来ますよ~」


 彼女ののんびりした声が響いた。


 「えっ?」


 私が理解できず、聞き返すと奥の曲がり角から二体ドローンが飛び出してきた。

 

 「うわっ!」


 自分が驚きつつも、ドローン相手に剣を構えると、やつらは単眼のようなアイレンズからレーザー光線を発射してきた。

 レーザーを魔力で剣で切り払い、今度は至近距離をつめてきたドローンに剣を振るう。ドローンもレーザーで自分を焼き切ろうとしてくる。


 「後、二分で終わりそうで~す」


 そんな緊迫した状況でも彼女はのんびりとした口調で作業状況を申告してくる。


 「君よくこんな状況で作業出来るな!一応こいつらに命狙われているんだが!」


 あまりにもその声がのんびりとしているので、思わずツッコんでしまう。


 「まぁ仕事ですし~。あ、ごめんなさい。やっぱ四分かも」

 

 「チクショウ!なんか!なんか不安だ!この子すっごく適当な感じがする!すごく不安だ!おい、君、本当に大丈夫なんだろうな⁉」


 私が剣をふりつつ文句を言いながらも、彼女は顔色一つ変えず口笛吹きながら作業している。


 「うるさいですね~。ちゃっちゃとその気持ち悪いの片付けて下さいよ~。あ~あ、ベガさんにもうちょっと優秀な人をつけてほしかったな~。あの堅物クソ真面目眼鏡。融通きかせてくれても良いのに」


 「君ぃぃぃぃ!色々と失礼すぎるだろー!ベガ隊長も自分も身体はって頑張っているんだが!」


 「確かにそうですね。じゃあ、サポートしましょう。次、右、きます」


 「えっ⁉あ、ぐえっ!」


 彼女の声を聞いた途端、ドローンから展開されたアームによる右の殴打に顔面を殴られ、倒れてしまう。


 「こ、こんちくしょう!」


 魔力を全開にして、素早く起き上がり、ようやく一体目を切り倒す。

 この最後に残ったドローンを彼女に近づかせないよう、細心の注意を払ってドローンに向かっていく。


 「作業は後どれくらいかかる⁉」


 「もう終わりますよ~」


 「わかった!」


 最後力を振り絞って、自分はドローンを突き刺した。

 完全に停止した事を確認し、ドローンから剣を引き抜く。

 敵がまだ来る事を予感し、剣を構えなおす。


 「もう来ませんよ。今ので終わりです。ありがとうございました」


 「へっ?」


 彼女の言葉に思わず間抜けな声が出てしまう。

 後ろを振り向くと、彼女はドアの前で魔法陣を展開していた。

 しばらくそうしていたかと思うと、ドアが開いた。

 

 「おぉっ!終わったのか!」


 彼女に駆け寄ると、当の本人はすました顔をしている。


 「結構時間かかっちゃいました。ベガ隊長の言う通り、この部屋に衝撃反転魔術が仕掛けられていました。それを解除する装置をもってしても、30分かかるとは…。これを用意した人は随分と優秀ですね~」


 「待て待て。衝撃反転魔術を?あれはあらゆる干渉をはねのける代物だぞ?それを解除する装置なんて、騎士団にいた自分でも聞いた事ない。一体どうやって…?」


 「まぁ、さっき作ったんで」


 彼女は平然と言った。


 「作った⁉」


 「えぇ、正確には作り終わったですけど…。前々から上層部に言われて、用意していた代物なんですよね。敵に奪われた場合の備えだとか」


 空いた口が塞がらない。自分は彼女の事をベガ隊長から頼りになる人材としか聞いていない。こんな学生がと、にわかには信じがたかったが、どうやら本物のようだ。

 とりあえず、別の話題を話し気持ちを切り替えよう。


 「そ、それにしても衝撃反転魔術か…。第一級危険魔術じゃないか。一体誰がどこからこんな物を…」


 「まぁ後回しにしましょう。それは」


 彼女はそう言うと、中へと躊躇せず入っていこうとする。


 「お、おい待て!」


 彼女の肩を掴み、行こうとするのを止める。


 「中に入るな!もしかしたら中にいるスタッフは、全員殺されているかもしれないぞ!」


 彼女は私の手を振り払い、背を向け歩き出す。


 「私がそれ見てショックを受けるとでも?お気遣いどうも。でも、それで泣きわめくほど純粋じゃないので」


 彼女は部屋に入り、辺りを観察する。

 私はため息をついて、同じく中に入る。


 中は悲惨だった。ドローンはそこになかったが、辺りは死体だらけだ。頭部に丸い穴がある。あのドローンのレーザーで殺されたのだろう。なんて酷い。

 

 「一撃ですね。争った形跡もなし。さて…結界魔術の方は…」


 彼女はこの状況を見ても、顔色一つ変えることなく行動している。自分も騎士団員に選ばれ、まだ日も浅いのに…。

 彼女は戦闘班でもないし、そもそも死体なんて見慣れていない筈なのに、何故こうも平然としていられるのか。

 それが分からず、自分は背筋が凍った。彼女に恐怖心を抱いた。


 「君は…何者なんだ?」


 結界魔術を動かす装置を操作する彼女に、自分は震える声で問いかけた。


 「ただの学生ですよ。魔道具班、魔術班。掛け持ちのね」


 「なっ…⁉掛け持ち?二つの授業を、同時にやったというのか⁉君は!」


 ありえない。通常、学園の授業は班によって、授業内容が違い、そしていつも班ごとに同時に授業は開始される。故に同時掛け持ちは不可能。

 なのにやったというのだ、彼女は。


 「えぇ、私は優秀なので」


 彼女は振り向きもせず、操作し続けている。


 「全く国を守る結界の作動装置が一つしかないとか。リスクマネジメントが全くとれていない。だから、あれほど管制塔は複数用意すべきと進言したのに…」


 彼女は何やらブツブツ言いながら、魔法陣を起動した。

 魔法陣の光に照らされ、浮かぶ彼女の横顔は実に可愛かったが、その瞳はどこまでも冷たかった。


 「さて、と。これで良し」


 魔法陣を操作すると部屋全体に装置の作動音が響いた。


 「おぉ…!これで、これで結界が戻るのか!」


 私が安堵して声を漏らすと、彼女が首を横にする。


 「いや、残念ながらそこまで上手くいきません。後一時間くらいでようやく結界が戻ります。この管制塔に侵入した人物の手腕には、驚きますよ。結界魔法陣をだいぶ弄ってありましたね。おかげで元の状態に直すのにかなり時間がかかります」


「そ、そうなのか。しかし、それをやってのける君もすごい。本当にありがとう。君のおかげで国が救われる」


 彼女の事は正直、怖いが礼だけは騎士団員として言っておきたかった。礼を言われた彼女は無表情だ。


 「まぁ、私に礼を言われてもって感じですね。国を救うのは私だけじゃくて、貴方方騎士団ですよ。さぁ行きましょう、ここの犠牲者のような人を増やしてはいけません」


 彼女は一度目をつむり、死体に向かって両手を合わせると、すぐに出口に向かって歩いていった。

 この一言、この行動一つで自分は彼女の中身が少しだけ分かった気がした。彼女は冷徹ではなく冷静なのだ。現場において、必要な判断を下す。故に冷たい印象を覚えるが、人としての情があるからこそ、彼女は的確に物事を処理するのだ。


 出口からの光を受けて、輝く彼女の背を見て、自分は重大な事実に気づいた。


 「あ、待て。まだ君の名前を聞いてなかった。君の名を教えてくれるか?」


 彼女は振り向いた。初めて目があった気がする。


 「私は、アロ。アロ・ヴィレッジです」


 その名を聞いた途端、戦慄した。その名前を、その人物を自分はよく知っていたからだ。騎士団でも有名な人物。


 「なっ…⁉ということは、君は結界に代わる新たな魔物除け装置の開発者…!」


 そこで初めて彼女が歯を見せ、笑った。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「ぐっうぅううう!だ、誰かぁああ!」

 

 私は今、悪魔に夜空に天高く飛ばされており、この地獄から脱出せんと足掻いている。


 「おいおい、暴れていると危ないぜ?爪がどんどん食い込むぞ?」


 悪魔はまるで友達に話しかけるように、穏やかに語り掛けてくる。それが心底怖くて不気味で私は泣きながら、誰かに助けを求める事しか出来ない。

 無力な事を悔しがる余裕などなかった。ただ醜くもがくこと。それが今の私に出来る精いっぱいだ。


 (どうして!どうして!力が発動しない。自動反撃機能が!どうして!)


 私は子供が駄々をこねるように腕を振り回し奴を叩いているが、それすらも効いていない。腕に力が入っていない。

 悪夢のようだ。あれだけ恐れた力が、あれだけの危険性を秘めた力が、今、無力なのだ。何もこいつには効いていないのだ。

 私は再びパニック状態に陥っていた。冷静になどなれなかった。

 しかし、その混乱する思考の中でパズルのピースがはまるように、一つの結論に至る。


 (も、もしやこの力は私の精神状態に起因するのでは…⁉)


 「そろそろウザイな。下ろすぞ」


 私の思考を破るように、悪魔は垂直に急降下した。

 いきなり身体にかかるGに叫び声すら出ない。

 下に見える建物の屋根がどんどん近づく。

 衝撃音とと共に、身体全体が弾かれるような感覚がする。

 建物の屋根に激突、そのまま中まで落下したのだ。


 だが、それでもあまりダメージは受けなかった。まだ爪からの攻撃の方が痛い。

 せき込み、何とか衝撃のショックから回復し立ち上がると、悪魔が私の目の前で仁王立ちしていた。


 「へぇ、あれでまだ死なないなんてな。驚いた。なら、これはどうだ!」

 

 悪魔が叫ぶと同時に腹に蹴りを入れてくる。

 衝撃を受け止めきれず、そのまま私は壁に突っ込み、穴をあける。

 それでも勢い止まらず二回くらい、壁を破壊しながら突き進み、ようやく三回目の壁に身体を打ち付け止まる。


 倒れこんでしまうがやはりダメージは少ない。

 奴は、それを察したのか、瞬時にこちらに文字通り飛んできた。


 奴の腰回りから、細い何かが伸びるのを横目に捉えた。

 それは尻尾だ。細く長い尻尾が私の足首を捕まえ、そのまま私を持ち上げ地面や壁に何度も叩きつける。


 幼児がおもちゃを振り回し、遊ぶかのようだ。

 

 悪魔は私を尻尾で何度か振り回すと、飽きたかのように、乱暴に私を投げた。

 投げられた窓ガラスにぶち当たり、そのまま外に放り出される。回る視界の中、割れたガラスの破片が光って見える。

 もう限界だ。

 だが、悪魔は追撃を逃さない。

 

 悪魔はすぐさま現れると今度は私の首に尻尾をまきつけ、空を飛ぶ。

 息が出来ず、苦しい。何とか尻尾を引きはがそうとするが、その前に空中に浮かぶ建物の壁に叩きつけられる。


 叩きつけられたことで崩れ落ちていく外壁を見ながら、また身体を引っ張られる。

 飛び、叩きつけられ、また飛び、叩きつけられる。

 ムササビのように、建物の間を行き来しながら私は壁に叩きつけられている。


 壁に叩きつけられる最中、私を声高々に笑い続ける悪魔を見て私はようやく気付いたこいつの思惑を。


 (こいつ、遊んでいるんだ。人の痛みで笑っているのだ。こいつにとって私は絶好のおもちゃなのだろう。きっと、中々死なない私を見つけて楽しいんだ)


 悪魔は笑い声を堪える事なく、私で遊んでいる。

 振り回される衝撃よりも、この狂気的な人物が肝が冷えるほどに怖かった。

 逃げ出したい。そう思ってもどうする事も出来ない。パニック状態に陥っていて龍の力もロクに使えない。


 力を手にした所で何かが変わる訳でもない。私はどこまでいっても臆病者の情けない私なのだ。

 悔しいと思う事すら出来ない。見返してやろうという気概のない自分が私は心底嫌だった。


 悪魔は私の心中など知らずに、自由気ままに飛び続けると、突然、橋の上に私を乱暴に放り投げた。

 橋に激突し、その衝撃で身体が跳ねる。

 衝撃と振り回された所為で眩暈がする。

 悪魔は首をゆっくり回しながら、獲物を見定める目で私を見下ろしている。

 空中から、翼を広げ舞い降りてくるその姿は、悪魔と呼ぶに相応しい出で立ちだ。遠くの方で炎に燃え行く街の光に照らされ、夜の暗闇に浮かび上がるその姿に私は怯えた。


 (こ、このままでは、殺される…!)


 私は怯えて、尻餅をついた状態で後ずさりする。

 悪魔は地上に降り立つとわざと、足音を鳴らしてゆっくりと大股で近づいてくる。


 「おいおい、もう逃げるのか?寂しいじゃないか。せっかくこんな所で会えたから、お友達になろうと思ったのにさぁ…。なぁまだまだ遊び足りないよ。もっともっと遊ぼうぜ…?」


 奴は顔を近づけ、文字通り悪魔の囁きをしてくる。

 私はその瞬間、パニック状態が頂点に達した。


 「く、来るなぁああ!」


 気が付いた時には、私は情けない大声を上げながら口から火炎を放っていた。

 不安定だが奴を包み込む程の火炎。

 

 「うぉお!」


 奴は驚いた声を上げ、そのまま火炎に飲み込まれた。

 いける、このまま。一瞬そう思う。

 この火炎で奴を焼き尽くせる。


 しかし悪魔はどこまでも私の考えを、越えてくる。

 悪魔は火炎の中を突っ切ってきた。

 炎に焼かれながら、一瞬でこちらの懐に飛び込むと、そのまま左の掌打で私の顎を打ち付ける。

 それにより強制的に口は閉じ、炎も止められてしまう。


 奴に腹を殴られ、その勢いにより10メートルぐらい後方に吹っ飛んでしまう。

 再び地面に身体を打ち付け、転がる。

 揺らぐ視界の中、悪魔はまだ立っているのを見た。弱っていたとは言え龍の火炎を間近で受けていたのに、奴は生きていた。

 

 パワード―スーツは焼け焦げ、あちこち損傷しており内部の機械が露出している所もある。

 悪魔がふらつきながらも右腕を上に掲げる。

 その意味をすぐに私は悟った。


 「ライトニング・パニッシャー!」


 悪魔の絶叫共に腕が振り下ろされると、曇天から青い雷が私に降り注いだ。

 轟音。耳で奇跡的に捉える事に成功したその音は、雷のそれだ。普段耳にしているのとは違う。

 鼓膜が破れるのでないかと思う爆裂音。

 そして衝撃。全身に流れる雷撃。身体の骨が全て縦に割れたのではないかと思うほどの痛み。


 私はその場に付した。

 もう一歩も動けなかった。私は心が竦み上がり、そして負けた。

 恐怖した。これから奴に蹂躙されるかもしれないという恐怖で心が支配された。

 だが、動けない。痛みと衝撃で叫ぶ事すら私には出来ない。

 ただ倒れ、死を待つしか出来ない。


 奴は笑っていた。

 外装が剥がれ、落ちていっているのに奴は座り込み天を仰いで、大声で笑っているのだ。


 「酷い事するじゃねぇか…。全くよぉ。あぁもう戦えそうにねぇ。あの一発でこのスーツのシステム全部ダウンとか、マジチートかよ…。ていうか、システムが自動的に魔力で防御壁を施していたにも関わらず、それすらも焼き尽くすとか…。頭おかしすぎるだろ」


 悪魔はそうやって笑っていたが、しばらくすると顔をいきなりこちらに向けてきた。

 

 「遊んでいたかったけど、やっぱ止める。お前殺すわ。まじ危なすぎるその力」


 悪魔はすぐに立ち上がり、こちらに歩いてくる。右腕に魔力を込めているのだろう、青黒いオーラを纏っている。

 何とか指先一本でも動かしたかったが、出来ない。身体がしばりつけられているかのように動かす事が出来ない。それが恐怖によるものか。それとも痛みによるものか。あるいは両方か、私には分からない。


 ただ一つ分かるのは、こいつは私を確実に殺しに来る。それだけだ。


 「お前を殺した男の名前、憶えておけよ。僕は…デモンズ。この国を壊す者だ」


 デモンズ、そう名乗った悪魔は拳を振り上げ、飛び掛かってきた。

 私は思わず目をつむる。

 すると、身体の力が急激に抜けていくのを感じる。驚いて目を見開くと身体全身から蒸気を放ちながら、元の人間の姿に戻っていっている。

 デモンズの方も驚いた様子で、攻撃を止めじっと私を見ている。

 

 「ま、まずい、制限時間の事を、忘れていた…」


 私の龍の力は一定の時間、或いは体力を消費しすぎると元の人間の姿に戻るという弱点が存在する。

 それにしても、この状況はまずい。正体不明の相手にこちらの素顔がバレたら、考えるまでもなく、大変な事態になる。


 しかし、身体の変化は避けられない。

 僅か3秒で元の弱々しい自分に戻ってしまい、私の素顔はあっけなくデモンズに見られてしまった。

 顔を両手で覆って隠したかったが、やはり身体全身が動かない。

 私は地面に這いつくばりながら、自分の愚かさとこの恐ろしさに身を震わすしか出来ない。

  

 今の私は魔力も尽き、龍の力もしばらくは使えない。

 身に着けているのは、変身する際服がはじけ飛んだので、ボロボロのズボンのみ。

 無防備、そして無力。あまりにも状況は絶望的。いやどうせ死ぬのだから、そんなに状況は変わっていないかもしれない。


 デモンズの方は先ほどから動かず、私の方をずっと注視している。

 沈黙が二人の間に降り、私たちはしばらく見つめあっていた。

 

 『全市民、全騎士団に告ぐ。結界は復旧。国内にいる魔物は退治完了した。市民はそのまま避難地区にとどまり、騎士団は対応に当たれ。繰り返す…』


 突然、アナウンスがなり響いた。

 目線を僅かに動かし空を見上げれば、いつの間にか魔物はいなくなっている。

 騎士団の皆が頑張ったのだ。何人かはマーズ達の護衛に駆り出されたが、他の人たちがきっとうまくやってくれたのだろう。


 私は少しだけこの危機的状況下で安堵した。

 デモンズは私と反応が違い、最初の方は驚いた様子で固まっていたが、段々と苛立ちを露にしてきている。

 首を数回回し、荒っぽい溜息を吐いている。


 「そういう事かよ…」


 デモンズはうわ言のように呟くと、南西の方に顔を向けた。私もそちらに目をやると騎士団の連中が箒に跨り、急速にこちらに接近してきている。

 涙が溢れそうだ。助かるかもしれないという喜びで、私は目が潤んだ。

 

 デモンズは一度こちらを見ると指さしてきた。

 瞬間的に、今度こそ殺されるかと身構えると、奴は私に向かって指さしてきた。


 「予定外だ」

 

 奴はそういうと、橋の向こう側へと走り出した。

 デモンズの背中はすぐに見えなくなった。奴にとっても騎士団は今、敵に回したくないのだろう。

 その騎士団の連中の内、一人、二人がこちらにやってくる。きっと私を助けにやってきたのだろう。

 遠くを見れば、太陽が地平線から顔を出しその光が夜の闇を遠ざけている。

 輝くその光の眩しさに目を細めながら、私は重く暗い不安と向き合う事になる。


 自分の命を狙う何者か、デモンズ。

 彼に正体を知られてしまった。

 これから私は逃げられない。それを薄々感じていた。

 

 

 


 

 


 

 


 

 

 

 


 

 

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