第9話 悪魔ぁああああああああああああああああああああ!!
空気を鼻から吸い込むと、夜特有のにおいを感じる。
肺一杯にその空気を吸い込むと、身体の内側が何か特別な物で満たされる心地だ。
今、僕はとある建物の屋上から夜の街を見下ろしている。
煌びやかにまるで着飾るかのような眩い街の光。
浮かび上がる建物のその光はまるで、夜空の星のようだ。
以前は好きだったこの光景を見ても、心に何の動きもない。
今はただ墨のように黒く染まった物が胸の内に居座っている。
自らが異様に変化しても何も思う事はなく、僕は無感情のままだ。
振り返ると、屋上に数台並べたドローンが目に入る。
バスケットボールくらいのサイズの黒い球体に蝙蝠のような羽が付いたドローンだ。
あの日から約一カ月。今日まで準備をしてきたそれら。
それを見るとナイフを喉元に突きつけられるかのような、緊張感がこみ上げる。
「これから、僕は取返しのつかない事をするんだ」
呟くと、改めて自分の為そうとしている事の壮大さに身が震えてくる。
(失敗するかもしれない。下手したら作戦をやる前に捕まるかもしれない。最悪死ぬかもしれない。でも、それでも…)
見下ろせば、そこには握りしめた笛がある。
この笛もドローンも、全て僕が作ったこの国を壊すための物。
黒く歪んだ笛。これを吹けば、全てが壊れる。魔物たちに笛の音色が作用し、すぐに寄ってくる。
「この笛を吹けば、魔物たちが寄ってくる。魔物たちは笛に惹かれて、その道中の人間たちを襲うだろう。やつらの好物は人間の恐怖する感情から発せられる魔力だから」
この眩い光の一つ、一つ、そこには確かに生きている人々が存在し、それらが魔物に襲われ食われるだろう。
想像出来る。この町が赤く染まるその瞬間を。
「やったら、後戻り出来ない…。でも」
手のひらを空中に翳し、魔法陣を起動する。
魔法陣の青い光が僕の頬を照らす。
息を、長く吸い込み目をつむり、あの日々の光景を思い出す。
自分を縛り付ける父。誰も味方してくれなかった展示会。親友に見捨てられたあの日。そして夜の森での恐怖と憎悪の数時間。
目を見開くと、この明り全てを消したい衝動に駆られる。
覚悟は決まった。
「これから何があろうと決して止まらない。この国をぶっ潰す」
魔法陣を操作すると、ドローンたちの一つ目玉のようなアイレンズが動き出し、周りをキョロキョロと観察する。
(このドローンたちは僕と視覚共用されている。一つも見逃すことはない)
ドローンたちが一斉に羽ばたき、夜空へと舞う。
「さぁ、手伝ってくれお前たち」
従順なドローンたちは列をなし、高く高く飛んでいく。
ドローンたちが飛んで数十分。最初の目的地についた。
「ついたな」
そこは管制塔に設置されてある監視カメラの確認ルームの真上だ。上空からは中の様子を伺い知ることは出来ないが、ここで監視カメラの映像をチェックしているのはすでに知っている。
ドローンを操作すると、上部分が開き、中からピンポン玉サイズの同じ姿の小型ドローンが出てきた。
小型ドローンは下降すると、アイレンズからレーザーを発射し窓を丸く切り取ると、中に侵入した。
内部の様子は、こじんまりとした部屋の壁に、映されている映像を何人かのスタッフが確認している。
今の所、不審な点はない。
小型ドローンの一機はバレないように、スタッフたちの死角を通り機械に張り付いた。
「ハッキング完了。これで録画した映像、音声が自動的に流れる。さて、次だ」
ここでゆっくりしている暇はない。急がなければ。
上空で待機させているドローンたちを再度動かし、しばらく飛行させる。
そしてすぐについた。
次の目的の場所は管制塔だ。結界を操作するための管理システム。
まずはここだ。
(管制塔にもレーダーはついているが、僕の作ったドローンに抜かりはない。特殊な魔術によってステルス機のように探知しづらい。そしてここに忍び込み、管制塔で操作すれば結界を開いて、魔物たちを呼び込める)
ドローンを操作し、高速で管制塔へ降下させる。
窓へと接近したドローンは、アイレンズから出たレーザーで窓を丸く切り取り、内部へと侵入した。
『何だ⁉』
『うわわっ!』
『ヤバイぞ、これは!』
視覚共用によって、慌てふためく間抜けなスタッフたちが見える。
だが、状況認識などさせない。
ドローンたちのアイレンズレーザーの一斉射撃。
スタッフたちは叫ぶことすら叶わず、地に倒れ伏した。
目を見開いたまま死体となったそれらを見るが、別段何とも思わない。
(人を殺したとしても、こんなものか)
何だか少しがっかりしたような気分だ。
もちろん、他の管制塔にもドローンを侵入させて同じように処理を行う。
続いてドローンたちを操作すると、ドローンたちの下部分からアームが展開し、先ほどまでスタッフたちが使っていた魔法陣を起動する。
アームで魔法陣を遠隔操作し、結界の解除作業を行う。
それと同時に、魔術を仕込む。
(偽の映像を投影する魔術を仕掛けてやる。先ほどの結界が破られたと同時に、魔術が発動する。せっかく結界魔術を解除しても、魔物が国に入らずその手前で迎撃されたら、敵わん。そこでこれを使う)
アームの上に目のマークが描かれた魔法陣が出現する。
(この魔術は国全体を覆い、いつもと変わらない風景を映し出す。魔物が接近しているのにも気づかずに、な。魔力感知もしづらいようにカモフラージュを施す。この魔術に使う魔力は、結界に使われているやつを使う。結界魔術を解除しても、まだ管制塔には魔力は残っているからな)
僕は考えをまとめながら、作業を進行していく。
管制塔内にある魔術もいくつかイジっておかなきゃいけない。特に、結界が消えた後、監視室に来る信号の魔術は色々と改造しておく。
国を守る結界がなくなった事は、魔物たちが侵入してくるまで隠しておかなければいけない。
作業をやっていき最後に、英語分で『本当に解除しますか?はい/いいえ』とでたので迷わず『はい』を押す。
国を覆っていた青白い柔らかな光のドームは瞬時に消え去る。正し僕の目にはだ。僕の目に魔術を仕掛けているから、結界が消えたか確認できる。
他の人間には、いつもの通り結界がそこにあるよう見えるだろう。
「これだけで消えるとはな。国を守る結界が。危機管理意識が乏しいな」
思わず笑みがこぼれてしまう。笑うのはこの国が焦土とかしてからだ。
息を吸い込み、笛を口につけて魔力を息にこめながら長く吹くと、不協和音の音色が辺りに響く。
とりあえず息が切れるまで吹いて、口から離す。
静かだ。何も起こらない。
嫌な予感が風と共に流れる。
ドローンで外の様子を確認する。
やはり見えるのは寝静まった森と山々のみ。
失敗か。そう思い、目をこらす。
やはり何も変わらない。
見えるのは山と森と、蠢く影。
(影…⁉)
影だ。
蠢く影が波のように、押し寄せてくる。
間違いない、魔物だ。
「よしっ!」
魔物たちは獰猛に赤く光る眼には見おぼえがある。
現代アートのような、どれもこれもが意味不明で生物というより、人がよく使う道具に手足が生えたような物ばかりだ。
やつらは、足並み乱さずまっすぐこちらに突撃してくる。
魔物侵入の警報音が国中に鳴り響いたのは、やつらが国内部に侵入してからだ。
「くっくっくっく…。笑うな、まだ笑うな僕」
ひび割れた笑いがこみ上げるが、口を手で塞いでこらえる。
ドローンを操作し、結界に使われているはずの魔力をもう一つの魔術につなげておく。
作業を終えたドローンは、先ほど開けた穴を通って国の外へと飛んでいく。
「衝撃反転魔術。あらゆる攻撃、干渉を跳ね返す。これで管制塔内部には誰も入る事が出来ない」
僕は最後の仕掛けを終え、夜空を見上げた。
「これから、本当に面白い事がおきるんだ」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
突然のサイレンで私は飛び起きた。
「何だ⁉パンダ⁉」
警報音だ。
音に驚いてぷにるが飛び跳ねている。
「こ、この警報音は…。ハザードレベル9。結界の無力化。及び魔物の侵入…⁉」
警報音には、いくつかの種類があり、危険度、その非常時によって音が違う。
だが、少なくとも私が生きている内は聞くことはないだろうと思っていた。結界が起動して100年の間、一度も本当の警報音は聞かなかった。
警報音は義務教育でしか聞く機会がなかった。
それが今鳴った。驚き、焦り、様々な感情が混ざり回転する。
情けない事に私は感情に振り回されて、パニック状態だ。
「ど、どうしよう。本当の緊急事態だなんて…」
『騎士団東学園、第7課程のカリキュラムを終えた物は速やかに、学園中庭に集合せよ。それ以外の学生、民間人は速やかに指定の地下街道に避難せよ。繰り返す…』
緊急避難のアナウンスが聞こえてきた。今、国中に流れているアナウンスだ。
聞いた途端、これまで洗濯機のように回転していた感情の渦が何とか止まった。
「第7課程…。私の事だ。何だろう、でも行かないと」
正直、外に出るのは怖いがそうも言ってられない。アナウンスの内容は強制だ。
「ぷにる!」
ぷにるを呼びつけると、ぷにるはぴょんと飛んで私の胸の中に飛び込んできた。
「お前は危ないから、しばらくこの家に隠れていてくれ」
ぷにるはもぞもぞと動いている。きっと怖いのだろう。でも耐えてもらうしかない。今ぷにるを預けれる人も場所もない。
「ごめんな、少し我慢してくれ」
ぷにるの身体を優しく撫で、なだめる。
床にある扉を開くと、そこにぷにるを放り込む。収集物の為に地下に置いておくことがある。
「この中は頑丈だから、少しは安全の筈だ」
私はぷにるに言い聞かすようにつぶやくと、最低限の荷物だけ持って、家を飛び出した。
飛び出した時、見えた光景に息を飲んだ。
街に住む全員が箒や絨毯で空中を逃げ惑う。その先、ずっとずっとはるか彼方。
僅かに赤々とした炎が見える。
「街が、燃えている。あそこに魔物がいるんだ」
暗黒の夜に血のように赤い炎が大きく揺れている。
結界に最も近い街が襲われいている。次はこの街だろう。
学園もあの燃えている街に近い。
学生、ましてや戦闘班ですらない自分がまさか戦場に駆り出される筈はないと思うが、それでも強い恐怖を感じる。
拳を握って、恐怖に耐え、私は玄関のカギを閉めて、箒に跨った。
空へと飛び立つ際、遠くの方で爆発音を耳にし、この戦慄する厄災の光景と音を生涯忘れる事はないだろうと、確信した。
しばらく箒で飛び、学園に到着するともうほとんどの人数は集まっているようだ。
ほぼ集まっているので、かなりの人数だ。全部で250名近くだろうか。
班ごとに箒を脇に抱えて並んでいるので、私も同じように箒を抱えて列に混ざる。
もしかしたいるかと思って、ルナの姿を目で探すが見当たらない。
男性教員が、緊張した表情で、額に汗を浮かべ列の前に出てきて声を張り上げた。
「ハザードレベル9が発動された!知っての通り、第7課程を終えている者は、これより、全ての物は騎士団の補助に回る!まず、戦闘班は我々教員の指示に従い、低級魔物の排除!更に避難し遅れた民間人の救助!医療班は二手に分かれろ、片方は戦闘班の治療!もう片方は、街に出向いて負傷した民間人の応急処置急げ!残った班は、民間人の避難誘導!負傷、または救助の難しい民間人を見つけた場合、すぐに騎士団、戦闘班、医療班に知らせろ!」
「はっ!」
全員の緊張した声が重なる。周りの顔を見ればかなり強張っている。
(みんな、怖いんだ。そりゃそうだ。訓練しているとはいえ、命かけろなんて言われるんだもの…。私だってすごく怖い)
手が震えるのをズボンでこすって、何とか抑えようとするが震えは全身に回る。
(本当は、本当はこんなことありえないはずだ。全班が騎士団の補助なんて。だけど、今はそこまでの人手を必要とする緊急事態。それがハザードレベル9。『国の危機』…!今は非常時なんだ)
冷や汗が雨のように出てきて、気分まで悪くなってきた。
それでも教員の声は、止まってくれない。矢継ぎ早に班ごとに指示を飛ばしていく。
すると、近くの方で爆発音が轟いた。爆破によって地面が揺れ、複数名、悲鳴を上げる。
見渡せばあちこちで火の手が上がり、煙が夜空を覆い隠している。
男性教員も焦りによって緊迫した表情になる。
「時間がない!急げ!さっき指示した通りだ!訓練通りにやれ!全班、スクランブル!」
「はっ!」
全員、振り返り、校門に向かって班ごとに走っていく。
「よう!」
走っている最中、声をかけてきたのは同じく走っているプロミネンスさんだ。戦闘班である彼女は軽装備の甲冑を身にまとっていた。
その彼女もこの状況にかなり焦っているのか、眉間にしわを寄せている。
「プ、プロミネンスさん!」
「お互い災難だな。こんな形の再会はしたくなかったよ。まぁ、でも仕方ない。今度愚痴り合おうぜ!」
彼女は早口にそういうと、すぐに行ってしまった。
「が、頑張って!」
彼女の背に向かって、大声でそれだけ言うのが精いっぱいだった。でも彼女は振り返らずとも拳を突き上げてくれた。私にはそれだけで十分だった。
全員が生き残れる訳じゃない。この事態に安全な場所など存在しない。そんな事分かっている。明日生きれる保証はない。それでも彼女はそんな事匂わせずに、「また今度」と明るく言ってくれた。
その心意気に感謝すると同時に彼女の騎士団としての精神に、敬服した。
だが、そんな彼女の精神には到底到達する事が出来ないとも思ってしまった。
沈んだ気持ちを胸にしまい込み、私たちは、箒に跨り夜空へと飛びだした。夜の冷たい風が頬を撫でる。
その横目に、戦闘班を乗せた絨毯が炎渦巻く右方向へと飛んでいった。
遠くの方で魔物の鳴き声がする。あの恐ろしい迷い森で聞いた、機械と生物を混ぜたかのような奇怪な声。
それを聞くと恐怖で身が震えた。
だが、同時に思い出す。それらを遠ざける文字通り魔法の笛を。
家に忘れて置いてきてしまったが、もしやあれなら使えるかもしれない。
(あの笛、横笛なら魔物をおっぱらえるかも!あ、でもその前にルナに横笛の効力について聞いてみないと!もしかしたら、横笛以外で良い知恵もあるかもしれない!)
正直、あの時の事もあって話しづらいとか言っている場合じゃない。
早速、私は魔法陣を起動し、魔術で通信をかける。
二回目のコールの後、ルナが出た。
『ライトか…?』
どこか疲れた声のするルナに私は慌てて、応答する。
「うん、そう!あのさルナ!横笛!今これ使って国中の魔物を追いやれないか!」
『すまん、無理だ。あの横笛は、上級魔物には効かないし、何より魔物の群れが多く散らばっている。横笛の効果範囲には収まらない。それにそもそもその横笛はあくまで自分自身を守る力しかない。そこまで大きな効果は想定して作っていない』
ルナは淡々と説明したが、それがいっそ冷たくすらも聞こえた。
私は感情のままにつっかかるように、更に聞く。
「そ、それなら、君こっちにきてくれないか!君の力が必要なんだ!知恵を貸してくれ頼む!このままじゃ、どんどん状況がまずいことになる!なぁ、頼むよ!君は今どこにいるんだ!」
何かためらうような、少ししんどそうな空気が通信越しに伝わってくる。
「ルナ…?」
『ライト…今僕の家が燃えているんだ』
「え…?」
◇
「家に魔物が襲ってきてさ…。クソ。父さんは僕を逃がして奴らの餌食になっちまって…」
『ルナ…』
僕が沈んだ声で話すと、ライトは申し訳なさそうな声で僕の名を呼んだ。
もちろん、僕の話しているのは嘘ではない。
魔法陣に投影されている映像には、僕の家のマンションが音を立てて燃えている。正し、手を下したのは僕だ。
『ごめん、ルナ。そうと知らず私は…』
「…すまないなライト。本当にすまない。そっちに行ってやりたいが僕も負傷していて動けない。だから、そっちは頼む」
僕はそう言って通話を切った。
(同情しやすいあいつの事だ。きっと仕事云々よりも僕の気持ちを優先させて、動くはずさ…。さてと)
僕は懐から銀色の横笛を取り出した。事前にドローンを使ってライトの家から盗み出したのだ。
「これがあれば、僕が一番に殺したいライトが生きてしまうかもしれないからね。悪いが返してもらうよ」
横笛を懐にしまいなおすと、背中に背負っていたリュックを下ろし、チャックを開く。
「予行演習のつもりだったけど、もう良いよね。このままこの国を壊しても。壊しつくしたら何しようか。一科学者としてこの国の再建に携わる?バカバカしい。それよりも、海外でのんびり暮らすか。こんな緊急時だ。僕一人がいなくなった所で、誰も僕一人の事なんて気にしないよね。ねぇ、どう思う父さん?」
リュックの中で血に濡れた、物言わぬ父の顔がじっと僕を見つめていた。
リュックから生首となった父を引っ張り出し、燃え盛る街の光景を見せつける。
「父さん、すごいだろう?全部僕がやったんだぜ?また昔のように褒めてくれるかなぁ。僕がちょっとしたものを作ったら父さんすごい褒めてくれたよね…。でも、それもいつの間にかなくなったよね?」
昔の事を思い出し、穏やかに父に語り掛ける。
ドローンを操作した後、一度家に戻り悲鳴を上げる父をとにかく痛めつけて殺した。
最後まで命乞いもせず「お前はバカだ。出来損ないだ」と喚く父を、静かにさせてやったのはせめてもの子心だ。
出来損ないは父の方だった。気づくのが随分と遅くなったけど。
父には最後までこの景色を見せてやりたかった。自分の間違いを認識してほしかった。でも、そんな僅かな望みさえ潰えた。人は生きている内なら、やり直せると思った自分が馬鹿だった。
どうにもならない人間は存在するんだ。
そうだろう、父さん?
「父さんは、褒めなくなった。学会を追い出され心を病んで無口になった。母さんに手を上げるようになった。僕にもそうだった。母さんは守ってくれたけど出て行っちゃった。父さんは僕に自分の夢を押し付け縛り付けた」
父の頭を優しく撫でながら、昔を思い出していると色々と考えるが最終的にはよかったと思う。久しぶりに父を愛おしいと思える。なんでもなかったんだ。山のように大きかったように思えた父が今は自分の腕の内に収まっている。
殺して初めて、父はただの弱い人だったんだと気づけた。
時間はかかったけど、父の姿がようやくわかって安堵している。
「けどね父さん、僕は父さんを殺して分かったんだ。父さんはこんなに簡単に倒せる人だったんだ。恐れる必要なんてなかったんだね。だから、父さん、そこで見ていて。これからもっと面白くなるよ」
僕は指を鳴らすと、目の前に悪魔の笑みのような顔マークがある青い魔法陣が出現する。
年甲斐もなく興奮する。僕は自由だ。笑顔を浮かべ、名一杯腕を広げ、世界を存分に感じる。
あぁ、どこまで出来るだろう。いや、どこまでもやろう。この広い世界を全て。
「バットエンドにしてやるよ」
魔法陣が応えるように強く光り、そして砕け散った。散らばった魔法陣の欠片がパズルのピースを組み合わせるように合体していき、様々な形を作る。
それは鎧だった。腕、脚、胴体、兜、そして蝙蝠のような翼。
一瞬で形作られたそれらを纏っていく。
全て、装着し終えるととてつもない万能感に包まれる。
身体中から力が漲るようだ。
滾る闘志に反して頭は冷静。表示される項目を確認していく。
「システムオールグリーン。魔力100%。身体共に異常なし。互換性に異常なし」
自分の姿を見下ろして確認するが、かなり凶悪そうなデザインだ。
以前制作したパワードスーツを殺傷用に変更し、様々な武器をとりつけた。
全体的に刺々しいデザインをしており、両手に巨大なカギづめがついている。
ヘッドパーツには、尖ったアンテナが耳のようについている。
何よりも背中にある蝙蝠のような翼。以前にはこんな物はなかったが、飛行距離、飛行速度の向上の為に開発した魔道具だ。
全体的に禍々しくなっておりこの姿は、正に悪魔と呼んでいい出で立ちだろう。
今の僕には、相応しいなんて言ったら流石に中二病すぎるかな?
少し阿保らしい事を考え、夜空を見上げる。この広い世界を自由に壊していけるのを想像するだけで翼が震えだす。
四つのフィンガ周り、身体が少し浮き出す。
振り返ると、地に置いた父と目が合う。
(最後に目を合わせて話したのはいつだっけ?)
分からない。だから言えなかった分もこめて笑顔で言おう。
「行ってきます。父さん」
僕が引っ張られるように天空に飛び出した。
歪な形の笛を取り出し、ゆっくりと吹くと奇怪なメロディーが辺りに響く。
すると、辺りから魔物の獰猛な声が響いてきた。
あの恐ろしかった魔物の声が今はすごく頼もしく感じた。
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