第8話 訓練んんんんんんんんんんんんんんんんんんんんん!!

 「何で、魔物研究班の僕が戦闘班と一緒に訓練せにゃ、いかんのだ…。僕は理系派の人間だっちゅーに」


 ぶつくさ小声で文句言っても状況は変わらない。

 ガラス張りの天井から射す日の光に照らされるホール。展示会としても使われた体育館で、今戦闘訓練が行われている。


 光によって煌めく埃を見ながら、着たくもない防具を身にまとい体育座りしている僕はため息をついた。

 

 「魔物に襲われた時の訓練のため、全班合同の訓練って…。こないだエビル・カーンに襲われたから用心したいんだろうけど…。だからってなぁ、僕のような人間までやらせて…。帰りたいなぁ。帰ってぷにるの全身に顔をうずめたい。っていうかルナみたいに仮病使えばよかったなぁ」


 悪癖の独り言の所為で周りから距離を取らているが、今日ばかりは気に留める余裕はなかった。

 僕は身体を動かすのはあまり得意な方ではないけれど、それともう一つ憂鬱なのは、龍の力の事だ。


 (あの龍の力があるおかげで身体能力爆上がりしちゃったし、普段の生活面においては意識しなくても力のコントーロールが出来ているけれど…)


 自分の手のひらを握って開いてみる。やはり普段は力を受け取る前と変わりなく過ごせている。しかし一度使いたいと強く思えば、たちまち強力になる。

 力の存在がバレたらどうなるか分からない以上、普段は力を隠しておくしかない。


 その事を考えれば、今からでも教員に告げて仮病で保健室に逃げ込むという手を使えなくもない。ただそれをすると、この強制授業の単位を落としてしまう。

 病気で休んだ学生には後日、回避策として面倒なプリントの片づけを命じられるが、それをやるくらいなら最初から参加した方が良いと判断した訳だ。

 ちなみにルナは仮病を選んだ。

 本人曰く、ちょっとやりたい事があるらしい。


 (まぁ、流石に今回は大丈夫かな…)


 力さえ使わなければ大丈夫。そう思い、僕は授業にそろそろ集中する事にした。

 そこで初めて周りがやたらと騒がしい事に気が付く。応援が激しい。

 応援の先にある前方を見れば、一人の女学生に対し、三人の男学生が囲むように輪になって長い棒で構えをとっている。

集団戦の訓練試合だ。三人の方は知らないが、中心になっている一人はしっている。


 「プロミネンスさんだぁ…」


 金髪のショートカット。間違いない彼女だ。

 彼女は長い棒を持ち、後ろ手に構えている。

 鋭い瞳で三人を一瞥し、空いた片手でかかってこいと挑発している。


 挑発に乗った三人はアイコンタクトを取り、まずプロミネンスさんの後ろに回った男が、棒でついてきた。すぐさま反応し、振り返ったプロミネンスさんが棒を振り上げ弾き、鳩尾に一撃を食らわした。

 それを見計らって、二人が彼女に向かって走ってきた。


 (なるほど。彼女が攻撃を防いだ一瞬の隙。そこを狙って二人が飛び出すそういう作戦か…。今、彼女は無防備な状態。例え、防げたとしても同時攻撃では一人が限界だろう。一体どうするんだ⁉)


 たった一瞬でそこまで考えた自分自身に寒気がした。

 

 (何故だ。何故、私はここまで考えられる⁉この一瞬で⁉)


 何か悪寒がするが、それについて考える暇もなく、プロミネンスさんの背に二人の棒が迫る。

 するとすぐに彼女は振り返り、前に出ると右から迫る棒を棒を蹴り上げて弾き、左から迫る相手の腹を棒で鋭く突いた。


 一気に周りから歓声が上がる。いつのまにか自分も歓声を上げていた。。

 プロミネンスさんは更に、棒を蹴り上げられ攻撃を防がれた相手の横腹に、先ほど突き立てた棒を横なぎに当てた。


 三人が倒れ伏し、彼女は満足そうに棒を振り回し地面に突き立てた。審判が終了の合図を出すと、またもや歓声が上がり、次々に男子学生や彼女を称える言葉が投げられる。


 「すっごぉい!今の何⁉」

 「私も分からない!ねぇ見えていた?あの攻撃⁉」


 「いやぁ、三人相手、しかも男によく勝てたなぁ」

 「三人もよく頑張ったけど、あいつには勝てたよなすっげぇよなぁ」

 「あの三人が可哀そうだな。あの女の子の動き、見えなかったぜ」


 「すげぇよな、あの歳でもう救出活動参加しているんだって?」

 「優秀過ぎるから、もう第9課程のカリキュラムを終えているんだってさ。確か戦闘行為も許可されているって」

 「エース・オブ・エースじゃないか!俺たちとは違うねー!」


 プロミネンスさんの周りに周囲の人間がむらがり、彼女はこそばゆそうな顔をしながらそれに応対する。

 私はその輪に入る勇気もなく、漠然と見ていたが、一つ気になる事があった。


 (みんなさっきの攻撃が見えなかったのか…?)


 私にははっきり見えていたのに、またさっきの不吉な予感がする。顎に手を当て、この要因について考えようとする。


 「なぁ、おい!」


 下品な声がホールに響き、全員の視線が声がした方に向く。

 いたのは、マーズだ。

 

 「いつまでやってんだよ。もう良いだろう!次は俺にやらせろよ!」


 奴は手下二人を連れて、下卑た笑みを浮かべて拳の骨を鳴らしている。大方プロミネンスさんに注目されているのが気に食わないのだろう。

 

 「俺だって早く訓練したいんだからさ!」


 奴はあろうことか私の方に指さしてきた。


 「なぁ、おい、ライト来いよ!俺たちの相手しろよ!」


 「えぇっ⁉」

 (こ、こいつ、何故私に指名を⁉いや、こいつは多分戦闘班の連中と試合するのが怖いんだ。弱い私を標的に選んで、ぼこぼこにする気だ…!)


 あくまでも私の予想ではあるが、あの人を見下すような視線から奴の思惑を感じ取れる。本当に嫌なやつだ。素人相手に多勢に無勢とは。


 「ライト、まさかビビっているわけじゃないよなぁ!」


 マーズは私ににじり寄ってくる。いつも止めてくれるルナがいないから今日のこいつはやたらと強気だ。


 「おい、ちょっと待てよ」


 プロミネンスさんが突然、私とマーズの間に割って入ってきた。


 「な、なんだよ」


 すごむプロミネンスさんの迫力に怯え、マーズがやや弱気な態度になる。


 「こいつは魔物研究班だろう?いきなり集団戦はきつ過ぎる。他のやつにしろよ。私とか手、空いているぜ?」


 「い、いや、その必要はない。俺たちが戦闘班の手をかりたんじゃあ意味ない。まずは同じレベルぐらいのやつと戦わないと」


 「素人同士よりも熟練者が教えてやった方が効率良い」


 プロミネンスさんの迫力に押されてマーズがやや早口になる。いつも権力にどっぷり使ってい折るあいつでも直接的な戦闘力の差は、怖いらしい。


 「い、いやでも、やっぱり戦闘班の手を煩わせるわけにはいかないな!ねぇ先生!」

 

 慌ててマーズが監督官である教員にそういうと、マーズの父親の権力に怯える教員は素早く首を縦にふってしまう。


 「そ、そうだね。ここは私も素人同士でやった方がよいと思う。プロミネンス君、下がりなさい」


 「先生、しかし…」


 「プロミネンス君!ここはマーズ君たちに任せよう!」


 教員がヒステリック気味に叫び、彼女もそれに押されて黙ってしまう。さっきまで湧いていたホール内も静まりかえり、長い物には巻かれろという雰囲気が漂っている。

 しかし彼女だけは私の方を鋭い眼差しで見てきた。


 「あんたは、それでよいのか?」


 端的な言葉に様々な意味が含まれているのは声音で分かる。

 私は彼女から見て、きっと怯えた表情をしているのだろう。やはり怖い物は怖いのだ。

 いっそ助けを求めて楽になろうか。そう考えるがマーズがじろりと私を見据える。


 蛇に睨まれたカエルのように私は硬直し、思考が瞬時に固まる。


 「だ、大丈夫だよ。私は体力がないのでちょうどやっておきたかったし」


 引きつった笑みを浮かべているのが自分でも分かる。だが、どうしようもない。

 彼女は表情を変えず、私と目を合わせ続けていたが、少しすると後ろに下がった。


 「無理だけはすんなよ。なんかあったら止めるからな」


 プロミネンスさんはそう言葉を残して奥にひっこんだ。

 どこまでもお人好しで素晴らしい人だ。彼女には悪い事をした。私の事情に巻き込んだようなもんだ。

 そして、それに甘んじた自分にもうんざりする。


 「よし、立てよ」


 邪魔者がいなくなって安心したマーズと手下二人は横柄な態度に逆戻りし、私に挑発的な笑みを見せる。


 (こうなったら、なんとかダメージが少ないように上手く逃げよう)


 私は諦めの覚悟を決めて、立ち上がった。

 私たちが人の輪の中心まで移動すると、木刀が渡される。マーズたちも同じ物をもっている。今度はさっきと違い、木刀同士の戦いのようだ。


 もちろん私に剣の使い方など知らない。それは相手も同じだがこの状況下では数の理で向こうが勝つのは分かる。

 周りを眺めると、私に同情的、もしくは申し訳なさそうな視線をなげているものがほとんどだ。

 サンも、私を見ているがそれはまるで、本当にそれで良いのかと投げかけている視線だ。


 (あぁ、あの時と一緒だ。あの展示会と同じように全部こいつらの手のひらの上で。誰もどうする事も出来ないんだ)


 私の前に三人揃って同じような構えをとって並ぶ。


 「へっへっへ…いつもうるせぇあいつもいねぇから、思いっきりやれそうだ」


 マーズの僅かな小声が耳に届き、陰鬱な気持ちになる。

 心に重りが圧し掛かるような気分だ。


 教員が前に出てきて話し出す。


 「えー。顔面、その他、防具のない急所への攻撃は禁止。攻撃が一回でも当たればその者の負け。四人ともよいな?」


 防具は頭部、肩、胸、腕、脚しかされていないので結構当てようと思えば当てれる。もし当たっても、ミスだと言えば通るだろう。

 反吐が出そうだ。


 三人とも教員には聞こえづらい小声で、私のどこを上手く攻撃するかで相談しあっている。こんな時ばかりは、龍の力で強化された聴覚を恨んだ。


 (龍の力があるとはいえ、攻撃に当たれば痛いだろう。何とか逃げ切るしかない)


 私は震える両手で木刀を強く握りしめた。

 恐怖と不安によって呼吸が浅くなり、心臓が破裂しそうなぐらい脈打つ。


 空気が限界まで研ぎ澄まされていくのを肌で感じる。

 教員が息を吸い込んだのと同時に、生唾を飲み込む。


 「始めっ!」


 教員の声がホールに響くと同時に、手下2人が駆けだした。

 私の身体がこわばり、動けなくなる。


 手下2人が獰猛な目で私の身体のどこを狙うか見定め、そして同時に剣を振り上げてきた。


 怖くて目を閉じたいのに何故か閉じれない。不思議なことに心臓の鼓動が段々とゆっくりになっていくのが分かる。すると、先ほどまで自分の頭を狙っていた剣の動きがのろくなる。


 ありえない筈の光景に驚けない。まるで自分が心の奥に引っ込み、何か別の物が外に出て代わりに自分の身体を動かしているような、そんな奇妙な感覚だ。

 それに動じる事もなく、私は駆けだすと同時に二人の頭を剣で叩いた。


 後ろで2人が呻く声を聴きながら、私はマーズと向き合った。マーズの方は何があったか分からず驚いている。


 周りのどよめきもかすかに感じるが、今はさして気にもとめない。


 私が剣を上段で構えると、マーズも放心から一転して慌てて剣を同じく上段に構える。

 私は一瞬で距離をつめ、勢いそのままに剣を振り下ろした。マーズの方の方も合わせてきて、そのまま鍔迫り合いになる。

 

 木刀が軋み、私たち2人の顔が近づく。彼の何か恐れと憤慨が混じった顔がよく見えるが、まるでなんとも思わない。自分が機械か何かに変身しているようだ。

 私がこうして思考していても、どこか他人事のように感じており、先ほどまで強張っていた顔は無表情になってしまっている。

 

 しかし、それがマーズには気に食わなかったようだ。顔をみるみるうちに真っ赤にしていく。いつも私を下に見る彼からすれば、この展開は嬉しくないだろう。人の嫌がる事をする好む彼の好物の獲物が、今無表情で切りかかってきているのだから。

 

 「ふっざけるなよぉ!」


 マーズが剣に力をこめ、私の剣を弾く。

 刹那、私は思考し、そしてその思考した事を実行するため剣を振りかぶった。


 剣が二度、三度、ぶつかるが、その度にマーズの手がぶれるのを私は見過ごさなかった。

 マーズは魔道具制作班。故に剣については素人。力を加えた剣をいなせず、そのまま負荷を受けてしまっている。

 

 (ここだ。私の攻撃に耐えかねてマーズの剣が握る手が、一瞬ゆるんだ)


 私は素早く剣を下段に構えなおし、振り上げマーズの両手を弾いた。


 「ぐっ!」


 苦痛に歪む顔を見せるマーズ。弾かれ宙を舞う剣。

 私は跳躍し、弾かれた剣を空いた手に取ると、両剣を構え、落下と同時にマーズの脳天に振り下ろした。


 吸い込まれるように、剣はマーズの頭に直撃した。

 直撃された当人は、何回か身体がゆれ、そのまま倒れた。

 それを確認した私は長く息を吐き、両剣を静かに下ろした。

 一瞬の静寂がホール内をつつみこむ。

 

 「しょ、…勝者、ライト!」


 教員の宣言と同時に私は弾けるような感覚と共に、調子が元に戻った。まるで夢から急に覚めるような感じだ。


 「あ、え、何が」


 私が辺りを見渡すと、周りがもの凄い湧いている。


 「すっげー!あいつぶっとばしやがった!」

 「あいつ、あんな動き出来たのか!まるで騎士そのものじゃないか!」


 「やばいやばい!マーズたちを倒しちゃったよ!」

 「ねぇ、今の動き、全然分からなかったんだけど!」


 「今の見えた?つうか、あいつ倒したの?一瞬すぎて分からん」


 周りが盛り上がる様子と、先ほどまでの自分を思い出してようやく理解する。


 「私、…の身体が、勝手に…動いた」


 龍の力の項目には更に付け加える事があった。


 (自動反撃機能付きだったとは…!)


 頭を抱えて唸りたい気分だ。もしくは今すぐここから逃げ出したい。現実を見たくない。これを私がやったなんて信じられない。

 けれど周りの歓声が否応なく現実を殴りつけてくる。やめて痛い。

 

 (こんなの私は望んでいない!身体が勝手に動くと分かっていれば、何が何でも逃げたのに!龍の力があるから目立ちたくないのに!ど、どうすればよいんだ⁉これから!)


 心の内の叫びは誰に聞こえるはずもなく、虚しく散った。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「国を襲撃するとき、邪魔になりそうなやつをリストアップした方が良いと考え直して来てみれば…どういう事だ?これは?」


 ホールの入り口、ライトたちからは死角になるこの場所で、僕は全てを見ていた。

 

 先ほどの戦い。一通り見ていたら、ライトがトラブルに巻き込まれ、ここで高見の見物を決め込んでいたら、なんとライトは反撃。そしてあっさり3人を撃退してしまった。


 僕は知っている。ライトはあんな動きが出来るやつじゃない。

 幼い頃より病弱で運動音痴。それゆえ戦闘班に入れなかった。

 

 「何か、おかしいな。それにさっきまで事も無げに戦っていたのに顔が青ざめている…?」


 すると、ライトが周りの声を振り切って、こちらに向かってくる。

 面倒ごとはごめんな僕はとりあえず支柱の影に隠れた。


 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「あ~あ、あんなにことになるなんて思わなかった。本当、まずいなあれは。これからは戦闘訓練は全部、仮病で…いや、嘘がそこまで通じるはずもないしな…」


 頭をわしゃわしゃかいて、大きなため息をついてしまう。

 戦いが終わった途端に冷や水を被ったかのように、冷静になり事態の重さを痛感しているので、なんというかやってしまった感がすごい。


 「今すぐ全員の記憶を消したい…」


 私がどうにもならぬ事を呟くと、地面を踏み鳴らす音が後方から聞こえた。

 驚いて振り返ると、マーズが怒りの形相で地面を踏み鳴らしながらまっすぐこっちに向かってきている。


 「ひぃっ!」


 思わず、情けない声が出て身体が恐怖ですくむが、マーズはお構いなしに私の胸倉を掴んできた。

 かなり、顔の距離が近くなり、はっきり言って怖い。先ほどまでの事がウソのようだ。


 「お前、さっきのアレはどういう事だ⁉よくも俺に恥をかかせてくれたな!何かズルしていたんじゃないのか!それともその力を隠して、ずっと心の中で俺を笑っていたのかテメェは!」


 「そ、そんなこと…」

 (怖くって上手く舌が回らず喋れない!こ、こうなると分かっていたから力を隠しておいたのに!どうしよう!)


 私が上手く弁解出来ず焦っていると、マーズは更に眉を吊り上げ、怒りの滲んだ笑みを浮かべた。


 「お前、俺をそうやって馬鹿にしているんだろう!今も俺の事を本当は笑っているんだろう!いいぜ、やれよ!でも、お前は今後学園で生きづらくなるぞ!俺の親の家系は学園設立からの仲だからな。孤児院育ちのお前なんぞ、頼る所なんてないし。俺が一声上げれば、お前はどうなるかな?」


 マーズの睨みに耐えきれず、私は俯いた。

 完全に自尊心をへし折られた。


 (マーズの言う通りだ。ここは土下座してでも許してもらおう…)


 「ちょっと待てよ」


 私が地面に頭をこすりつけようとしたその時。

 横から誰かが声をかけてきた。

 私はこの声の主を知っている。このやや低いハスキーな美しい声は…。


 「邪魔するなよ、戦闘班のエース」


 マーズが代わりにその者の名を呼んだ。

 声をかけてきたのはプロミネンスさんだ。

 彼女は先ほどマーズが入ってきた入り口で仁王立ちしている。

 

 マーズの権力に臆する事なく、獲物を逃さないとでも言うような鋭い瞳でマーズを睨みつけている。

 プロミネンスさんはポケットから携帯端末を取り出しつきつけるかのように見せた。


 「先ほどまでは授業だったため口出しはしなかったが、流石にこれはやりすぎだ。さっきのやりとり録画させてもらった。もしも、これがSNSに流れたら、どうなるか分からない筈はないよな?お前の父親の立場だって危ういぞ」


 マーズは歯ぎしりした。流石に彼女の行為がどれほどの効力か分からない奴ではない。

 私にはプロミネンスさんが天からの救いのように感じられた。これまで出入口をふさいでいた大岩が一瞬で吹き飛ばされるような爽快感がそこにあった。

 もっとも、マーズにとっては逆であろうが。


 「クソっ!」


 マーズはそう吐き捨てると、私も地面に叩きつけるように胸倉を離した。

 

 「お前も覚えてろよ。顔と名前、覚えたからな」


 マーズはプロミネンスさんを指さすと、背を向け苛立ちを表すように地面を踏み鳴らしながら通路の奥へと去っていった。

 

 「こ、怖かった」


 安心して息を吐きだすとプロミネンスさんが、尻餅をついた私に手を差し伸べてきた。


 「あ、ありがとう。その助けてくれて」


 礼を言って手に取るとすごい力で引っ張られた。割と痛い。

 近くで見ると、本当に美人な人だ。


 「いや、騎士を目指す者なら当然の事だ。それよりも災難だったな。あんな事は日常的に起きているのか?」

 

 「え、えっと何ていうか、その」


 「起きているんだな。そして教師に知らせても無駄っぽいな、その様子だと」


 私が上手くしゃべれずオタオタしていると、彼女は全てを察した。

 

 (な、情けない。女の子に助けられて。挙句こんな所まで見破られるとは…)

 

 彼女は、少し肩をすくめてこちらの瞳を覗き込むように見ている。


 「な、何か?」


 「全く分からないやつだ。あんなにもすごい戦いをしてみせたのに、それが終わるとこんなにも人が変わったようになるとは…」


 「本当、別人状態だったからな…」とは言えず私は頭をかいた。


 「あの時のは何というか偶然でして…」


 「偶然?そうは見えなかったな。まるで機械のように正確に動き、無駄なく処理をするかのように敵を片付けた。あれはたゆまない訓練か、それか余程の才覚を持っていなければ出来ない技だ」


 彼女は褒めてくれているが、こっちは冷や汗が止まらない。

 

 (龍の力の事を悟られたらヤバイ!)


 彼女はこちらの焦りなど全く気付かず、私の身体を値踏みするかのようにじっくり観察している。


 「確かに筋肉はついていないなその体つきは。ということはやはり隠れた才能の持ち主か?いや、それなら何故戦闘班に入っていない?」


 「ちょっと、色々ありまして。私病弱なもんで、普段は力なくて…それであの時だけは調子よかったから…」


 彼女が徐々に真相を近づいてくるので怖さが増してきて、声が小さくなる。

 プロミネンスさんはまだ納得出来ないようで、眉間にしわをよせている。


 「そう…なのか?うーん、なら、何であの時勝とうとしたんだ?」


 「いや、なんか、あの時は、その咄嗟に動いちゃって…」


 そこまで言うとプロミネンスさんは少し表情を緩めてくれた。


 「そうか、まぁ今はこれ以上聞くのはやめておくよ。でも、お前の力はすごい。気に入った。もし気が向いたら戦闘班を見学に来てくれ。歓迎するぜ」


 彼女はそう言い残し、背を向け歩き出した。

 その逞しい背中を見ていると、心臓が跳ね上がるような感覚がした。

 

 ”僕が最優秀賞をとったら、お前も勇気を出す。例え告白じゃなくてもよい。お前も僕に背中を押されることなく、一歩踏み出してみろ”


 突然、脳裏にルナから以前言われた言葉を思い出した。

 あの時、色々あってルナは最優秀賞をとれなかったけど、もしかしたら今がチャンスなんじゃないか。今度、学園で開催されるダンスパーティー、あれに誘おう。

 あの時言われたように、今ここで勇気を振り絞るべきじゃないか。


 瞬間的にそう思うと、ほとんど迷いなく私は彼女に声をかけていた。


 「あ、あの!」


 プロミネンスさんは顔だけ振り向いてくる。

 

 「何だ?」


 思わず生唾を飲むが、ここで弱気になってしまえば私の性格上、次は二度と勇気が出せない。


 「え、えっと。その」


 私は弱虫な自分を無理やり心の奥底に封じ、声を絞り出した。


 「こ、今度、ダンスパーティーあるじゃん。プロミネンスさんは、どうする?あれ?」


 プロミネンスさんは、少し考えるように眉をひそめ、宙を見た。


 「う~ん、私は、どうすっかな。特に予定はないけれど。出るかどうか迷うな。私踊れないし。でも興味はあるんだよなぁ」


 「そ、そうなんだ。よかったら、その、ダンスパーティー一緒に行かない?わ、私もダンスパーティー迷っていてさ。一回どんなのか見ておきたいんだけど、一人だとなんか気まずくてさ。ほらみんな一緒に踊るパートナーがいるから」


 顔を真っ赤にしながら早口にそうまくし立てると、彼女は納得したように頷いた。


 「あぁ、なるほど。そういう事か。私もどんな事やんのか見ておきたいし。良いぜ」


 平然と言った彼女の言葉に、私は心の中で狂喜乱舞した。だいぶ情けなかったが、とりあえず誘えたので良しとしよう。


 「じゃあ、確か午後の1時から~夜の9時までだったな?じゃあ私、昼は予定あるから、6時に門の前で待ち合わせはどうだ?」


 「う、うん。それでよいよ!完璧!大丈夫」


 私が高速で首を縦に振るので彼女は少し驚いた顔つきになるが、すぐに表情をゆるめてくれた。


 「はしゃぎすぎるなよ?それじゃあ、また今度な」


 彼女はそう言って駆けていった。


 「ま、また今度!」


 駆ける彼女の背に向かって声をかけた。

 私はしばらく放心状態で先ほどのまでの出来事を頭の中で反芻していた。


 そして、気持ちがようやく収まると、私は喜びのあまり両手を上に突き出した。


 「やったー!ありがとうルナ!上手くいったよー!君のおかげだ!とりあえず誘えたぞー!」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 「どういたしまして」


 支柱の影から成り行きを観察していたが、妙な事になったな。あのプロミネンスさんはあいつの想いに気づいているのかね。

 

 「にしてもよくプロミネンスもOKしたね。今の所プロミネンスさんアイツの事助けてやっているだけの仲でしかないのに」


 まぁどうでも良いか。僕はそう思ってライトにバレないようその場を後にした。

 にしても、パーティーか。

 それは開催されそうにないかな。



 

 


 



 

 


 


 


 


 

 

 

 

 

 


 


 


 


 


 




 

 


 



 


 


 


 

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